12.予期せぬ再開
激遅更新すみません……
12.
屋敷につけば、キースとエルシィは何も言えなくなっていた。
理由は簡単、極度の緊張だ。
大通りを少し進み、所謂貴族街と呼ばれる場所に出る。景色も簡単な造りだった街並みから、意匠の凝った門扉や広大な敷地の住宅街に変わる。
この時点でキースとエルシィは目を回していたが、実際にフォーサイス家の屋敷に着いた瞬間、思わず二人は倒れかけた。
まずキースたちの乗る馬車を出迎えるのは、初老の男性。皺の多い顔は柔和だが、その立ち姿は非常に芯の通ったものであり、凛々しさを感じさせる。
その後ろにはメイド服に身を包んだ若い女性が数人立っており、顔を少し下げ静かに立っている。
「おいおいおい、まじかよ」
「キースさん……場違いすぎますよこれ」
もちろん単なる冒険者が関われる家格ではない。護衛の依頼ということもあり、礼服など持ってきていない2人は、貴族の屋敷を前にして皮鎧の姿だ。
おかしい。どう考えてもおかしい。
「キース様、エルシィ様。フォーサイス家の屋敷に到着致しました。馬車から降りましょう。ではお嬢様──」
心の準備もままならない2人に声をかけたヴリードは、馬車の扉を開けるとイヴに手を差し出し、降車の補助をする。
「ありがとう、ヴリード」
イヴが馬車から降りると、門に控えていた男性が近寄り、何事か耳打ちをする。
話し声は聞こえないが、明るい表情であることから、悪い話ではないようだ。
そんな風にキースが盗み見をしていると、メイドが2人馬車に近づいてくる。
キースたちが馬車から降りると、メイドは透き通るような声で声をかけてくる。
「キース様、エルシィ様。お話は伺っております。屋敷に滞在中は私たちがお世話をさせて頂きます。何かありましたら私たちメイドになんなりとお申し付けくださいませ」
焦るキースは、事の性急さについていけない。自分の想像以上の光景、待遇を前にして、その思考はうまく働かない。
「あ、えと……よろしくお願いします」
「私たちに敬語など使わなくて構いませんが……」
「いやそう言われましても……なぁ?」
「そうですそうです! ちょっと慣れてなさすぎて無理です!」
メイドの女性は少し困った様な顔を見せたが、キースたちの言い分も理解出来たのだろう。
それ以上は何も言わず、2人の傍に控えるだけにする。
「ではキースさん、申し訳ないのですが早速お願いについて叶えていただきたいと思います」
「……俺に会いたい人がいるって話でしたか。それでどうすればいいでしょう?」
馬車や荷物をメイドたちに引き継いだヴリードが、キースへと声をかける。
エルシィが呼ばれないことから、どこかでキースのことを知って会いたいと言っているのだろうが、その理由がよく分からない。
ただの銀冒険者に過ぎないキースと同じような実力を持つ者など、幾らでもいる。
その中でもキースを名指しにしているということだけが、不可解だった。
「そう構えないでください。件の人物は、キース様のことを知っているそうですから、取って食おうというわけでもないと思いますよ」
知らず顔に出ていたのだろう。ヴリードがその顔を少し柔らかくさせる。
ここまで険悪でもなくやってきたのだ。冗談や嘘ではなく、本当にただ会いたいという話なのだと、キースは思うことにした。
「すみません。職業柄、なんでも信じるわけにはいかなくて……」
「ええ、わかっています。そしてそれが大切だということも」
隣のエルシィが難しい話についていけず、退屈そうに尻尾をゆらゆらとさせている。
「まぁお話はこの程度にして、キース様はメイドに応接室の方へ案内してもらって下さい。件の人物にはそこで待っていてもらってます」
「わかりました」
「エルシィさんは……そうですね、お嬢様と一緒に旦那様のほうへ挨拶をしてはどうでしょうか?」
「……えっ! 私がですか!?」
驚きついでに尻尾がボン、と膨らむ。
まだまだ新米冒険者のエルシィ、貴族との面会などしたことがない。
マナーも分からなければ、まともに喋れるかすら怪しい。
「旦那様はお嬢様を深く愛しています。お友達ができた際には、すぐに挨拶をしたいと旦那様が常々申しておりますので」
「うー……わかりました」
「ではエルシィ様はお嬢様と一緒にいて下さいね。案内はそこのメイドがしてくれると思います」
イヴが平民に差別的な考えを持っていないのは、どうやら父親譲りのようだ。
例え娘の友人だとしても、どんな人物か分からない内から対面しようなどとは、余程自身の警備に自信があるのだろう。
慌てて目を回しているエルシィとは違い、キースは冷静に判断していた。
ただ、結局のところ対面するのはエルシィだけなのだから、そこまで気にする必要はないだろう。
キースの思考は、自分を呼び出した誰かへと向けられていく。
「それではキース様、私が案内をさせて頂きます」
「ええ、よろしくお願いします」
キースに栗色の髪が愛らしいメイドが声をかけてくる。
折り目正しい礼をして、チラリと様子を窺えば、それきり目を合わせることもなく静かに歩き出す。
冒険者とはいえ貴族の客人に、一介のメイド風情が声をかけるのは無礼になると考えているのだろう。何も語らず、鼻をくすぐる甘い匂いに誘われるようにして、キースは屋敷の中へと足を踏み入れるのだった。
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屋敷に入り、応接室へと案内されたキースは意外な人物と再開した。
「あら、遅かったのね。久しぶり……いいえ、会ったのは最近だったかしら?」
奇妙な物言いでキースの目の前にいたのは、高級そうなソファに身を沈めるオルティスだった。手に持っているのは白磁のティーカップで、テーブルの上に置かれたソーサーの近くに開封されたシュガースティックが置いてあることから、甘党なんだな、なんて無駄な考えをする。
「会ったのは最近だろうが。そんなことよりなんでここに? ここは公爵家のお屋敷だぜ?」
驚きと不自然さにキースの言葉はやや棘のあるものになる。
メイドは静かに礼をして扉の側に控えた。つまり、会わせたい人物とやらはオルティスだったということになる。
「ええ、知ってるわ。ここがフォーサイス家、一般の人が入ることができないことも、貴方が招かれた理由も……ね」
「随分と物知りなんだな」
「ええ、知っていることなら、なんでも」
オルティスは不敵に笑いながらカップを置く。軽く視線を動かし、反対側のソファに座るよう促される。立っているままというのもおかしいのでキースは頭の中に疑問を浮かべながら渋々座った。
「……で、俺に会いたがっていたのはお前なのか?」
「そうね。貴方がいないとどうにもならない事があるのよ」
「俺がいないと……?」
キースは思わず目を細める。話がどうにもきな臭くなってきたからだ。
公爵家の応接室で優雅に紅茶を飲むような人物が、一般人なはずもない。そんな人から自分がいないとどうにもならないなんて言われるのは、面倒事以外の何でもない。
心の中でため息をひとつ零し、キースは先を促す。
「私はこれでも占い師なのよ。未来に起きる出来事が予めわかるの。そして私は明日、公爵家のご令嬢が殺されてしまうという未来を視たわ」
「そいつは穏やかじゃないな」
「ええ、そうなのよ。そして未来は変えることができるわ。未来を視た私と、要因となる人物がいれば……今回は貴方ね」
静かに突拍子もない話をするオルティスに、キースはついていくのがやっとだ。
「あー、つまりは俺とお前がいればイヴ様が殺されるっていう最悪な未来を回避できる────そういう事なんだよな?」
「まぁ細かい事を言うとキリがないのだけれど、取り敢えずその認識で構わないわ」
オルティスは澄まし顔で頷く。
真紅の瞳は呆れを含み、説明を放棄する。
「貴方には色々とやってもらうことがあるわ。大変かもしれないけれど、頑張りなさい」
「いやなんで上から目線なんだよ」
胡乱げな眼差しをオルティスに送るが、それを気にした様子もなく涼しげな顔をしている。
何を言っても無駄だと悟ったキースは、脱力し、それで────と前置きをし、身を乗り出す。
「俺は何をすればいいんだ?」




