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10.距離感

遅くなってすみません。

ようやくの更新です。

 

 周囲を警戒しながら、茂みに入っていく。特に注意するのは盗賊や、隠れている魔物だ。

 野営というのはそれなりに危険がある。夜は視界が闇に潰される。そんな状況で夜目の効く魔物に襲われれば一大事だ。

 もちろん暗闇に乗じて盗賊に誰かが不意打ちされる可能性もある。



 とにかく、夜というのはキースたちに不利なのだ。



「何か不審なことがあったらすぐ言えよ。」

「了解ですっ!」



 エルシィに自分とは反対側の警戒を任せ、キースは野営する地の周辺を、円を描くようにして歩いて回る。

 結局は何も怪しいところは見つからず、ある程度は安心できるだろうとキースは結論づける。



「……大丈夫そうだな。戻るぞエルシィ」

「ちょっと待って下さい。あそこにゴブリンが……」



 キースが帰ろうとすると、険しい顔をしたエルシィに止められる。

 弓使いなこともあって、エルシィはキースよりも目がいいらしい。

 視線の先には数匹のゴブリンがおり、野営地へと近づいてきていた。

 恐らく単純に歩いているだけなのだろうが、このままではイヴたちに気づいてしまうだろう。



「まだ距離はあるが、進路がまずいか……」

「倒しておきます?」

「ああ、そうしよう」



 2人は不安要素を無くしておくため、ゴブリンたちの排除を決める。

 幸いにもキースたちが気づかれていないため、エルシィの弓で一方的な先制攻撃ができるだろう。



「前と同じで、クリティカルサイトからの奇襲でいくぞ」

「……いつでもいけます」



 ギリッと弓を引き絞りながら返すエルシィ。クリティカルサイトで強化された必殺の一撃は、先制攻撃としては十分である。

 キースは長剣を抜き、腰を落とす。悠長に構えていては、ゴブリンたちに射線が通らなくなってしまう。



「……いくぞ!」



 短く息を吐き、エルシィが矢を放つ。

 空気を裂きながら進む矢は、あっという間にゴブリンの頭に突き刺さる。

 それを見届ける前に、キースは走り出していた。



「ゴギャ!」

「おせぇんだよ!」



 先制攻撃で仕留められたのは1匹、走り出すキースの目に映るのは残り2匹であった。走る勢いをそのままに胴を斬りつけると、短い悲鳴とともにゴブリンが倒れる。



「ギャギャッ!」



 残った1匹はそれなりに経験があるようで、倒された仲間に目もくれず、キースに向かって棍棒を打ち付けてくる。



「くっ!」



 剣を斜めに構えて受け流しを試みるが、ずっしりとくる重い衝撃に手が痺れる。ギリギリの所で踏ん張り、なんとか鍔迫り合いに持ち込むが、キースは元々力がある方ではない。すぐに押し込まれ始める。



「やれ! エルシィ!」



 だが、鍔迫り合いの最中は足が止まる。目まぐるしい戦闘の最中が難しくても、止まった相手を狙撃するのは、エルシィにとって簡単なことだ。

 トスッと軽い音がして、剣を押し込んでいたゴブリンから、急激に力が抜ける。頭蓋に横から矢を突き刺されれば、普通は生きていられない。



「いい援護だ、エルシィ!」

「……はい!」



 離れた距離でも、褒められて尻尾を振り回すエルシィの様子は、よく分かった。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 戦闘は1度だけで、周囲を探索し終えたキースたちは、イヴたちの待つ野営地へと戻った。



「おかえりなさいキースさん。周辺の警戒、お疲れ様です」

「わざわざありがうございますイヴ様」



 出迎えてくれたのはイヴだ。穏やかな笑顔を浮かべた彼女は、濡れた布を手渡してくる。

 貴族のお嬢様であるイヴだが、横柄な態度を取ることもなく、こうしてキースたちを労わってくれる。それができる人物は、貴族の中ではかなり少ない。

 幼いが、やはり名門貴族というべきか。年齢に対して教育はかなり行き届いているようだ。



「ああ、キース様。周辺の状況はどうでしたでしょうか?」



 屈託のない笑顔と聞き心地のいい声にキースが癒されていると、無機質な声がかけられる。

 メイド服に身を包んだアイシャだ。



「アイシャさん。途中でゴブリンを3匹見つけましたが、怪我もなく討伐しました。他は特に警戒すべきことはありませんでしたね」

「あら、うちのヴリードと見立ては同じですのね……。流石です、キース様」

「……え?」



 アイシャは無表情の奥にかすかな驚きを滲ませながら、頷いている。

 しかし、それを聞いたキースからしては、自分の警戒などいらなかったのではないかと思う。

 それが顔に出てしまったのだろうか、アイシャは少し慌てたようになる。



「あ、えと……うちのヴリードは確かに魔物の気配を探ることはできますが、それだけです。もしも隠れることに秀でた魔物がいるならば、実際に索敵に赴いて頂いた方が確実性が高いのです」

「なるほど。そういうことですか」



 理路整然とした話にキースは頷かされる。

 ただ、どうにも実力を見るために動かされたような気分は抜けず、アイシャとヴリードからはあまり信頼されていないのでは、と感じた。



「野営の準備は整っています。あちらがお2人のテントになりますが、同じテントでも構わなかったでしょうか?」

「え?」

「は?」



 しかし、そんな気持ちもすぐに吹き飛ばされる。アイシャの示す方向には、小さめのテントが張られている。

 確かに寝るとなると馬車は手狭だ。馬車の他にテントを張るのは分かる。馬車は狭いが小柄なイヴであれば十分快適に寝ることが出来るだろう。



「え、俺と……エルシィがですか?」

「はい、そうですが。何か問題がありましたか?」



 ────ありまくりだ!

 なんて叫べればどれだけ簡単か。彼女たちからすれば、キースとエルシィは同じ冒険者の仲間。特に疑問もなく同じテントにあてがったのだろう。

 男女でパーティーを組む冒険者の噂なんてものは、いくらでもある。つまりはそういうことだ。



「アイシャさん、少しこちらへ……」

「はい、なんでしょうか……?」



 キースはアイシャを呼んで、エルシィから少し離れた所で勘違いを正すべく耳打ちする。

 自分たちは交際しているわけでもなく、清いパーティーなのだと。



「あらあら、まぁ……」



 それを聞いたアイシャは口元に手を当て、目を丸くさせる。本当にキースたちがそういう関係だと考えていたらしい。

 キースは心の中で嘆息しながら、肩を落とす。



「お分かりいただけましたか?」

「ええ、それはもう、はい……。となると、同じテントというのは少々まずいですね」

「そうです。俺は良いですがエルシィは俺なんかと同じテントでは眠れないでしょう」



 交際相手でもない異性と寝床を共にするというのは、かなり危険な行為だ。

 キースからすれば相手は女性であっても自分が自制すればいいだけだ。それに対してエルシィは、いつ襲われるか分からない恐怖を抱えることになる。



「まぁエルシィさんなら……」

「何か言いましたか?」

「いえいえ、なんでもありません。しかしテントはもう無いのですよ……」



 アイシャは、眉根を寄せて言う。

 話を聞くに、アイシャとヴリードはイヴの寝る馬車周辺で交代で警戒をするらしい。持ってきたテントは1つだけであり、キースとエルシィの様子から、それで問題がないと思っていたようだ。

 このままではまずい。そう思ってキースとアイシャは話し合うのだが結局いい案は浮かばず、エルシィに事情を説明する他ないという結論になるのだった。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈






 野営地での食事は、非常に美味であった。

 冒険者たちが節約して買う保存食などではなく、公爵家だからこそ食べられる高級なものだったのだ。

 キースとエルシィにもそれは振る舞われ、涙を流して食事に夢中になった。

 食後に告げられた、実家ではもっと豪勢になりますから、期待していてください。との言葉に2人は単純ではあるがやる気を漲らせた。



 そしてそこからも吸血鬼なんてものは現れず、穏やかに時間が過ぎていく。

 オレンジ色の空が黒く塗りつぶされる頃にはイヴが船を漕ぎ出し、少し早いが就寝という流れになる。



 夜の警戒の順番を取り決め、各々の寝床へと移る。

 イヴは馬車へ、アイシャとヴリードがそれに付いていく中、キースたちは自分のテントへと向かう。

 実際にテントを見てみれば案外中は狭くなく、2人が寝るには十分な広さであった。

 だが、荷物を置く必要もあるため寝床は圧迫される。やはりキースとエルシィは身を寄せ合うようにして寝ることになりそうだった。



「き、きき……キースさん。ちっ、ちか! 近くないですか!?」

「あぁ? んなことねぇだろ。寝る前から何緊張してんだ」



 荷物を置き、狭まったテント内を見てエルシィが慌てるが、キースは落ち着いていた。

 内心でどれだけ焦っていようが、それを悟られてしまえば下心があると思われる。あえて何でもないように振る舞い、エルシィの不安を取り除こうという魂胆だ。



「それとも何か? 俺と同じテントで何か困るのか?」

「や、それは……でも、えーと……」

「何も無いならいいじゃねぇか。最初の番はアイシャさんだろ? ちゃんと寝ておかねぇと明日に響くぞ」

「うー、わかりました」



 なんとか言いくるめ、2人は寝転がる。

 僅かに肩が触れ合う程度の距離感。エルシィはなんとか寝ついたようだった。



「まぁ無理だよな」



 勿論、キースは寝ることなんて出来なかったが。

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