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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【七ノ章】日輪が示す道の先に
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第二二四話 目覚めの不穏

無知であり、無垢であろうと。

己の宿命を知れずにいられない。

「うっ……?」


 全身に重苦しい違和感を抱きながら、カグヤは瞼を開く。

 まず視界に飛び込んできたのは深い暗闇。どこも、何も見通せない程に暗いはずなのに、なぜか明瞭に自身の身体だけは認識できる。

 しかし、動かせない。

 見下ろした脚や腕、胴体に黒いモヤが、(いまし)めるように巻き付いてる。


 そもそも、どうして、こんな状況になっているのか。

 クロトと行動を共にし、シラビの息子が眠る墓前に(おもむ)き、そこから語り合って──彼が美味しそうだと感じて。

 自覚している異常行動。止めようにも、止まらない衝動。

 身体の底から湧いてくる奇妙な感覚を思い出し、不意に湧いてきた吐き気を払うように、カグヤは頭を振るう。


「何を、バカな……なんで、私はあんなことを……」

『ねえ、いつまで寝てるの』

「っ!?」


 浮ついた思考での現状確認を終えた直後、耳障りの良くない声がした。

 ざらついた、砂嵐のような加工の付いた女性の、抑揚が無い無垢な声音。純粋な疑問をぶつけるが如く、暗闇の空間にこだまして耳朶を叩く。

 声がする方へ目を向ければ、赤と青の光に包まれるナニカがいた。

 わずかに確認できる陰影を見るに、それは人型だった。


「貴女は、誰……?」

『そんなのどうだっていいでしょう? それよりアナタが目覚めてくれないと、ワタシも表に出られないの。だから早く起きて』


 カグヤの事情など意にも介さず、光の人型は強引に畳みかけてくる。

 その度に黒いモヤがきつく縛り上げた。肉が悲鳴を上げ、断続的に骨が軋み、苦悶の呻きが漏れる。


「ぐ、っ……!」

『痛いよね、苦しいよね、つらいよね。分かるよ』


 食い込み、圧迫され、赤らんだ皮膚を撫でるように共感の言葉が吹き付ける。


『でも、自覚しているでしょう? 見て見ぬ振りを続けていけば、いつかは自分が壊れてしまう。気持ちを、思いを、理解しているのに強く言えない』

「どう、いう……」

『渇望しているのに、求められない。願っているのに、叶わない。今が終わってしまうと、変わってしまうと分かっているから』


 苦し紛れの疑問に、淡々と無機質な声は響いていく。


『焦がれたモノを失う悲壮なんて、二度と経験したくない。それでも、アナタは変化を受け入れないといけないの。既にかつての幸福に答えを得て、関心は移ろっている……これからを誰かと望んでいくのなら。この記憶が泡沫(うたかた)と失われてしまっても、自分に正直でいられるように』

「意味が、分からな……」

『早く、手遅れになる前に──ワタシを受け入れて』


 乱れる呼吸。滲んでいく視界。

 狭まりつつある世界に、差し込んできた白磁の手を最後に。

 カグヤの意識は現実へと戻っていった。


 ◆◇◆◇◆


「……ぅ」


 瞼を開く。頭の奥で鳴動する痛みに顔をしかめ、しかし視界は晴れていく。

 日輪の国(アマテラス)風の装飾が施された結晶灯。細々とした家財のみで形成された、物寂しい空間。

 障子越しに入り込む月光が照らすのは、シノノメ家にあるカグヤの自室だ。


「……わた、しは」


 上体を起こし、前髪が垂れる。

 次いで、寝間着に着替えられている自身の身体を見下ろす。全身を締め付けるような倦怠感があったはずだが、袖口からは何の変哲もない素肌が覗いていた。

 見た目に変化はない。されど、わずかに圧迫感が残り、熱を持つ肌は先程まで見ていた夢を思い起こさせるようだ。

 だが、カグヤはそこに辿り着けない。

 自身の身体に起こる不調としか思えない。

 それよりも先に巡って来るのは、集合墓地での一件。


「──ッ」


 突然、意識が薄れて、何も考えられなくなって。

 喉奥から焼けるような飢えと渇きが、急激にやってきて。

 抑えられぬままにクロトを襲い、あろう事か口にしようとした。


 常識では考えられない異常。未知でありながら本能的な行動。

 最後に記憶として認識しているのは、必死で凶行を止めるクロトの表情。

 奪われ、遠ざかり、あの場に無いはずの鈴の音色。

 薄れゆく意識に残った、誰かの声。


「は、っ……ハッ、う……!」


 不規則な鼓動に押され、えづくように背を丸め、震える手で膝を抱える。

 一連の流れに含まれた、人道を容易に踏み越える理性なき獣の如き(さが)

 自身の身に起きた不明の現象が気持ち悪い。ただただ、気持ち悪い。


 力無く、幽鬼のように立ち上がる。

 胸中をざわつかせる異変の残滓を感じながら、部屋の外に出ようとした。

 自分では何も分からない。どうしようもない程に、薄ら寒い怖気に(さいな)まれながらも、愚直なまでに……とにかくクロトへ謝らなければ、と。

 先の狂気的な行動を謝罪しなくてはいけないという、その一心で。


 その際、おもむろに室内へ設置された姿見が視界に入る。

 何の気も無しに、カグヤの全身を収めた鏡面が映すのは──赤と青の光を灯した両目と、額から伸びる半透明な突起物……角。

 目に見えて分かる異変の象徴だった。


「っ!?」


 ガタン、と。

 大きな音を立てて尻餅をつき、鏡に映る自身を見つめる。

 震える手で額に触れるも、そこには何もない。漠然と見合う鏡写しのカグヤは、次第に光が薄れ、角も霧散していく。

 異変の消失につれて身体の違和感も無くなり、正常に戻ったと理解する。


「なんなの……私は、一体……」


 呆然と呟いた言葉を聞き届けたかのように、部屋の(ふすま)を叩かれる。

 大きな物音を聞いてやってきた女中。

 夕食の時間を過ぎても起きない、カグヤの様子を見に来たであろうオキナ。

 付き添いとして、そしてカグヤへの説明をどうするべきか悩み続けるクロト。


 見慣れた者達……特に、顔を合わせづらいクロトと向き合っても、何も起こらない自身の身体に安堵を抱く。

 ようやく、詰まっていた息を吐いて。

 胸のつっかえが取れたかのように。

 カグヤは心の底から破顔し、心配そうに顔を覗き込む者達へ声を掛けた。

人と鬼の境界線を揺れ動く、少女の運命の行く末。

行き着く先に光はあるのか。楽しみですね。


次回、たとえ獣に身をやつしても。

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