第二二三話 かつて贈られたモノ
不変の想いと思わぬ解決法。
衝動を抑え込むに大切な最後のピースとは。
「……なるほど。墓参り中にカグヤの様子が急変──鬼族の衝動によって、あわや命の危機という状況にムヂナが現れた、と」
「そこから彼の身の上話と本来の目的を聞き、協力を持ち掛けられました。こうしてオキナさんの裏取りがあった以上、信じるしかないし、死刻病の源泉を断ち切れるなら手を貸すつもりです」
「ムヂナにとっては長年の本懐を成し遂げられる、またとない機会という訳だからな。……同様の力を持つ君に接近するのも、内情を打ち明けるのも納得だ」
夕陽が深く傾き、暗がりに沈もうとする竹林の花園。
周囲の魔素に応じて自然発光する花々によって、ツグミさんの墓や辺りが淡く照らされ始めた。
流れに流れて、他所の複雑な家庭環境に首どころか半身を突っ込み、既に抜け出せない部分にまで及んだ自覚はある。
それでも、たった一人で溜め込んだ情報を共有できてよかった。
レオ達がいても、立て続けに事態が進んで整理するのに必死だったからな。
「そうして、より詳細を語ろうとした所に他の面々がやってきて中断された。……ムヂナは不器用ではあるが、頭が回るし事の区別も容易につく。それこそ悩みさえしたが、カグヤを私達に預ける選択を取ったほどには……彼の内情を鑑みるに、かなり君を信頼しているらしい」
「好印象を抱かせた記憶は無いんですけどね。それより聞いてもいいですか? 俺にとってはこっちが本題というか」
「分かっている。鬼族の衝動を克服する方法、だろう?」
既に互いの腹を探り合って、隠すようなものも無い状態だ。
何を欲しているかも想像がついたオキナさんは、顎に手を当て口を開く。
「実の所を言うと私はムヂナに言われた通り、というより家族として当たり前の行為しかしてこなかった自負がある。ツグミも同じだ……その上で、俗な言い方になってしまうが」
オキナさんの頬がわずかに朱を帯びて、恥ずかしげに。
「人を愛し、愛され、与えて、与えられるようになればいいそうだ」
「……なんというか、抽象的じゃないです? 逸脱していない、ちゃんとした性格と人間性を持った女性に育てばいい、と?」
「具体的に言うと、愛した人と支え合うことによって理性を保ち、内なる衝動を抑え込めるようになる。そうなれば、以降は食人衝動に呑まれなくなるそうだ」
「……家族愛なら、十二分にお互い受け取っているように見えますけど」
「君がそう言ってくれるのは嬉しいが、どうも恋人、ようは将来の夫。夫婦という形を取ってくれる人物が必要らしい」
「──ん、ん?」
あれ、ずいぶん話のレベルが高いな……?
『口を挟むのは良くないと考え、黙していたが、些か想定していた内容と異なる条件が聞こえてきたな』
『オレとて門外漢な事象に関しては知識が疎い。だが歴代の国王、もちろんミカドでさえ他のアヤカシ族と同等程度にしか認識していないのは確かだ』
『シノノメ家の情報収集能力は信頼性が高い。加えてムヂナ本人の言い分であれば疑う余地はないと言える。ない、のだが……』
『カグヤさんを悪しげに言う訳ではありませんが、もっと血生臭くて凄惨かと予想でしてましたからね』
レオ達との脳内会話では血や人肉を与えてなくてはならない、とか。身動きがとれないように拘束して衝動に慣れさせる、とか。
安易な犠牲に、カグヤの怪力では実行も困難な解決法を考案していた。
そこにジャンル違いの手法で斬り込まれたのだ。頭に疑問符が浮かぶのは仕方がないと言える。
「君の困惑は痛いほど分かる、私も当時は信じられなかった。だが医学的にも、鬼のアヤカシ族としても実証されていると聞いた。こちらの調査でも、過去に他の鬼のアヤカシ族がムヂナの発言通りに衝動を乗り越えた実績が確認された」
人間でも危篤、意識不明の状態から、文字通り奇跡的に復活する者がいる。
そういった成分か物質か素養か、なんにせよ、それらに近しい事象が発生する要因。鬼のアヤカシ族が持つ特異体質に起因する解決法なのだろう。でも、にわかには信じがたい。
……思えば、ムヂナも特に重要視してるような素振りじゃなかったな。
もしかして確信してたのか? カグヤが衝動を克服できる環境にあると?
「……つまり、真っ当な恋愛が出来れば衝動に苛まれることはない?」
「あまりにも簡単に言えば、そうなるな」
「…………ですが、シノノメ家のお相手を探す決まりは?」
「自分の眼で見極め、相応しいと感じた相手に攻めていく。私も、ツグミに猛烈で熱烈な誘いを受けてシノノメ家に婿として取られたからな」
「カグヤにそんな相手いませんよ? 聞いたこともないです」
全くもって予想外な解決法が飛び込んできたが、実際のところ問題なのだ。
カグヤが恋愛して衝動を抑制する? 誰を相手に? いねぇぞ、そんなの。
しかも先刻の状態を見るに、鬼としての本能が限りなく引き出されているのは確実だ。少彦の鈴留めを返却され、改めて着けてもらうとしても、一度発現した衝動が強まって表に出る可能性がある。
なのに、ムヂナはカグヤの衝動に重きを置いていなかった。笑みすら浮かべ、余裕の表情に見えたのだ。アイツ、実の娘の苦労をなんだと思ってる?
恥ずかしくも冗談を言う性質でない二人なのは重々承知している。だからこそ、頭を抱える事態となっているのだが。
「これは、私の予想なのだが──」
両手で顔を覆い、どうすれば、と嘆いていた俺に。
オキナさんは意を決したような面持ちで。
「ムヂナは君がカグヤの恋人であると勘違いしているのかもしれない」
「嘘やろ」
頭に浮かんではいたが除外した部分を指摘してくる。
思わず飛び出たツッコミを誰が咎められようか。
「考えてもみてくれ、君が初めてムヂナと対面した時のことだ。近くにいたとはいえカグヤを助け、少彦の鈴留めを奪取した彼に対し、烈火の如く憤った」
「はい」
「ムヂナは知らず、私も後になって聞いたことだが、君が少彦の鈴留めを必ず取り返す約束をしてくれたとカグヤに聞いた。……仲間といえど他人に対してそこまで親身に動く者など、そうそういないと感心したものだ」
「はい」
「そこに公開裁判、王家の損失した信頼の復権。そして他者の墓参りといえど二人で赴き、共に時間を過ごし、寄り添うような姿勢を見せた。…………父親の立場として言わせてもらうと、何故アレで付き合ってないのか疑問でしかない。より少ない時間しか見聞きしていないムヂナが誤解するのも理解できる」
「なんでそれで恋人的な動きだと思われてんの……? 人として当然の行為に収まる範疇の内容ですよ……?」
「先も言ったが、身を粉にしてまで他人に尽くすマネは容易く出来んのだ、普通は。打算的な思考の介在があろうが無かろうがな」
続々と、心当たりのある行動を想起されて、関係性を間違われても文句が言えない立場にあることを自覚する。
「うぇー!? 嘘だぁ! それだったら、もっと特別な感じになるよ!?」
「君が当たり前として取る普通は、誰かにとっての特別なのだよ」
「はぁぁあああああああ……? ただでさえ、いきなり俺を食いかけた事実があって混乱するだろうに、目を覚ましたカグヤになんて説明すりゃいいんだよ、これ。わけ分からん……」
誤認に誤認を重ねた上で、関係性の複雑骨折が事態を悪化させていた。
ムヂナが妙に嬉しそうにしていたのも、そういうことだと分かれば納得だ。
いや、だとしてもだよ? せめて確認ぐらい取らないか? 本当に恋人同士の間柄なのかどうかをさ。
「とても、厄介な事態になった……根本的な解決になってない」
「まあ、だろうな。……私も君がそうであれば快く受け入れるのだが、二人を見るに、どうにもそういう空気でないしなぁ」
「そりゃあ俺はともかくカグヤに選ぶ権利はありますよ。しかし、今から好きでもない相手と恋をしろなんて無茶をおっしゃる……他にやり方が無いか、問いただす必要があるかもな」
「人を言えた義理ではないが、君は意外に節穴なのか?」
「どういう意味です?」
「なんでもない」
実現困難な解決法に加え、焔山に潜む病の源泉を叩き、黒の魔剣を譲り受ける。
謎が解ければ、また新たな難関がやってくるものだ。タスクが増えに増えまくって大変だ……当事者である分、尚更そう感じる。
肺に溜まった酸素をぶちまけるように、深くため息を吐いた。
ツグミさんの墓前にて、語り明かされた真実の数々。
呑み込むには少し重いものもあり、頭の痛い話だったが、なんとかしていくしかないだろう。知りたいと選んだのは、俺の意思なのだから。
ひとまず、ムヂナから始まった秘密の追及は終わったとして。
暗くなってきたことだし屋敷に戻ろう、と。再びオキナさんを先頭に竹林の迷路を抜けた。
ポケモンが楽しくて投稿が遅れました。すみません。
地味に日輪の国編も終盤に差し掛かってきました。クロトとカグヤの熟年夫婦的な関係性の変化を描く為にどうすればいいか、を主軸にして、ラストバトルまで持っていくつもりです。
次回、目を覚ましたカグヤの異変。




