①
椋原の家に事実上の居候を始めて早四日が経っていた。
六月に入り、だんだんと気候も上がってくる今日この頃。
俺は早くもアルバイトに採用されていた。
これはもう運がいいとしか言いようが無い。
あれは五月の最終日のことだった。
早々に住む場所が決まってしまったため、逆に外に出辛くなっていた俺は、平日の昼真っからプレハブ小屋で昼寝をしながら今後について考えるという、言い訳ばかりのひきこもり同然の三日間を過ごしていた。
言い訳をさせて貰いたい。俺は稀代の方向音痴なのだ。
電車などは目的地が自動的に近づいていくが、ややこしい住宅街なんか迷宮だ。
じゃあなぜここに来たとき、街中を自由に歩けたかって?
目的地なんてなかったからさ。
だが今は帰ってこれるところがある。もし俺が一人でうろなの町に繰り出していたとしたら、きっと帰り道がわからなくなって再び路頭に迷っていたことだろう。
椋原家の連絡先は聞いているから、万が一があれば迎えに来てくれるのだろう。とてもいい人たちだから。しかしこれ以上迷惑をかけるわけにいかない。逃げ癖のあるペットじゃあるまいし、そう何度も拾われてたまるものか。
そんなわけで今週の日曜に、真帆に町中を案内してもらうことにしたのだ。そのついでに仕事ができそうなところにツバを付けておこうなどと目論んでいたのだが、その期待はいい意味で裏切られた。
ちょうど詩織さんと昼飯を食べていたときだった。昼の情報番組が流れる食卓に電話の着信音が割り込んだ。
「はいはーい」
ぱたぱたと詩織さんが駆け出して、サイドボードの上に置いてある子機を取って電話にでた。
「はい椋原ですー。ああどうも~、ご無沙汰ですー! ……ええ、……はい、……あら本当に? ええじゃあちょっと代わりますね」
愛想良く話していたと思ったら、急に矛先が俺のほうに来た。
「え? 誰ですか?」
「久島さんって言ってペットショップの店主をしてる方なんだけど、今アルバイトを募集中みたいなんだって。それで、風の噂でウチに男の子が来たーって聞いたらしくてどうかって」
それは願っても無いことだった。待てば甘露の日和ありとはまさにこのことだ。
俺はすぐに詩織さんから電話を受け取った。
「はい、お電話変わりました」
『あら、どーもー! えーっと確か……?』
「日比野正宗といいます」
『そうそう、日比野くん! まーくんね!』
ま、まーくん?
「そ、それでアルバイト募集中という話を聞いたのですが、具体的にはどのようなことを?」
『そんなガチガチに堅くならなくていいのにー。とりあえず会ってお話したいんだけど、今から来れるかな?』
「あ、もちろん大丈夫なんですが、ちょっと俺方向音痴で……」
『椋原さんに地図を書いてもらってー? 大丈夫、そんなに遠くないからー』
どう考えてもまだ会話の途中だったのに電話が切られてしまった。
思わず漫画のように「あ、ちょ!」とか言ってしまった自分が恥ずかしい。
それにしても風の噂とは恐ろしいものだ。あまり表立って行動しないようにしないとどんな情報が流れるかわかったもんじゃないな。
……別に表立って行動してなかったんだけどな。
そんなわけで、その後ペットショップ『Love ふぁみりあ』に面接に行き、あれよあれよという内に採用を頂いた。
仕事内容は犬の散歩である。最初聞いたときはそんな楽な仕事があっていいのかとも思ったが、話を聞いていくと意外とハードみたいだ。だが一組三千円。無一文の俺にとっては多すぎるくらいだ。
そして店主である久島梨沙さんはおっとりとしていて癒し系。懇切丁寧に仕事内容を教えてくれて、仕事が合わなければ他の仕事を紹介するとまで言ってくれた。すごく良い人だ。これは期待に応えなければならないな。月曜日からは気合い入れて散歩するぞ!
「マサムネが散歩されるお仕事?」
その夜、プレハブ小屋に以前に拾ったらしいトラ猫のにくきゅーを連れて遊びに来た真帆が非常に失礼な間違い方をしてきた。
「俺が散歩するに決まってるだろ!」
「えー。でもマサムネ言ったじゃん。道に迷うから日曜日俺を散歩につれてってくれーって。ね、にくきゅー?」
真帆がにくきゅーに同意を求めると、目を細めて「うにゃー」と鳴いた。
「そんな言い方はしてねぇ!? ちょっと町案内してくれって言っただけだろ?」
「まー、そうともいうけど」
「そうとしかいわねぇよ」
「それにマサムネは『Love ふぁみりあ』って顔じゃないもん」
「じゃあどんな顔だよ」
「『Devil ファミリー』って感じ?」
「ひでぇ!」
にやにやと含み笑いを浮かべている真帆を見て、俺は盛大にため息をつく。
「でもマサムネも動物好きなんだね」
気を取り直してといった感じに真帆が首をかしげる。
「そうだな。動物は全般好きだな」
「じゃあ日曜日いいとこ連れてってあげよっか?」
「いいとこ?」
「うん、ウチからすぐ近くで、動物園みたいなとこ。よくそこから豆柴がが逃げてくるから拾ってあげてる」
そんな所で真帆の拾い癖が役立っているとは。
すると真帆は閃いたように、小型塾だった名残である低めの本棚からノートを一冊取って、シャーペンを手に真帆が何やら描き始めた。
「えっとー、ねこさんと……いぬさんは……当然として、ちっちゃいのだとかめさん……もいるし、ペンギンさん……だっているんだよー」
……のところでその動物を描いた真帆。しかしこれは……、
「これは何?」
「どれ?」
「聞き方が悪かったわ。これ全部何星人?」
「むー! どういう意味だっ」
破裂せんばかりに頬を膨らました真帆にはぽかりとノートで叩かれ、ついでににくきゅーも膝を噛み付いてきた。
ま、どれだけこの絵と似ているのか、確かめに行くのも悪くないよな。
とにあさんの久島梨沙さんと、裏山おもてさんの草薙家を会話に出させていただきました!
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