63 二人だけの結婚式
「やあ、リリア!」
「こんにちは、兄さん」
リリアとセルの国をあげての結婚式から数週間後。この日、王城にあるリリアの執務室にガイザーが来ていた。
「俺まで呼びつけて、何かあったのか?」
ガイザーから二人に話しがあると言われ、セルも執務室を訪れている。真剣な顔で聞かれたカイザーは微笑みながら否定するように首を振った。
「難しい話じゃないよ。ただ、結婚式の時は話をすることもできなかっただろう。二人には兄としてちゃんと結婚のお祝いを言いたいと思っていたんだ。二人とも、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
リリアが嬉しそうに頬を赤らめながら微笑む。それを見てガイザーも嬉しそうに微笑むが、すぐに真剣な顔でセルを見る。
「セル、リリアを大切に思い、一緒になってくれてありがとう。俺は最初セルのことを誤解していた。何かリリアの弱みを握って無理矢理リリアと婚約したとばかり思っていたんだ」
(一部分はあながち間違ってもいないんだけど……)
リリアは思わず顔が引きつるが、セルは表情を変えずにガイザーを見つめている。
「でも、セルがリリアをどれだけ大切に思っているかを思い知らされたし、二人がお互いに思い合っていることを知って、リリアの相手がセルでよかったと今では心の底から思ってる。本当は俺がリリアの一番の理解者になりたかったけど、セルには絶対に敵わないと実感したよ」
眉を下げて苦笑すると、ガイザーはリリアへ視線を向ける。
「リリア、俺は最初リリアと一緒にいるべきなのは兄である俺だと思っていた。離れていた期間、リリアに苦労させてしまったから俺がリリアを幸せにするんだとずっと思っていた。でも、リリアにはセルがいる。それに、聖女という大切な仕事もある。俺は聖女の仕事についても誤解していたから、リリアのことをとても傷つけてしまったよね……本当にすまないと思っている」
そう言って、ガイザーはそっとリリアの両手を掴んだ。それを見て、セルが一瞬眉をピクリと動かす。ガイザーは兄なのだから問題ないだろうと言う思いと同時に、リリアに触れていいのは自分だけだという独占欲が混じり合っているのだ。そんな内面を一切見せることなく、セルは黙って二人を見ていた。
「兄さん……」
「俺はまだまだ兄として頼りないし、全然ダメだと思う。自覚はしてるよ。でも、これだけは言わせてほしい。俺は兄としてリリアの幸せを心から願っているよ。リリアが幸せなら、それが俺の幸せだ」
ガイザーのリリアの手を掴む力がグッと強くなった。そして、ガイザーはまたセルへ視線を向ける。
「セル、どうかこれからもリリアのことをよろしく頼む。たった一人の、大切な妹なんだ」
「……ああ、絶対に幸せにする。だから安心してくれ、兄さん」
セルの言葉に、ガイザーはグッと何かをこらえるようにして俯くと、すぐにリリアへ視線を向けてにっこりと微笑んだ。その目には、うっすらとだが水の膜が張っているように見える。
「そういえば、先日の結婚式の時に久々に議会の人たちと会ったら、俺とリリアが似ていると言われたよ。まあ、同じ銀髪に同じ紫水晶色の瞳だ、そう言われてもおかしくない。とりあえずその時はごまかしておいたけどね」
この国では珍しい髪色に同じ瞳の色、しかも二人とも見た目が驚くほど美しい。似ていると言われても当然だろう。それを聞いて、セルが口を開いた。
「へインドル卿はまだ議員の座を剥奪されているから、王城へ来ることも少ない。リリアと揃うこともないから当分ごまかしは効くだろう。だが、いずれは公表しなければいけない時がくるだろうと国王もおっしゃっていた」
「そうか。それならいつまでごまかせるかはわからないね。いつか俺とリリアが兄妹だと公表できる時が来るなら、その時までに俺は聖女リリアの兄として誇れるような立派な領主になれるよう努力するよ」
「ああ、期待している」
セルにそう言われ、ガイザーは真剣な表情でしっかりと頷いた。その顔はいつもの穏やかな顔とは違い、頼りがいのある顔だ。その顔を見て、リリアは嬉しさと同時にほんの少しだけ切なく感じてしまう。
「でも、兄さんもちゃんと幸せになってくださいね。私のことばかり考えないで、ちゃんと自分の幸せも考えて。これは、妹としてのお願いです」
きゅっとリリアが両手を握り返すと、ガイザーは目を大きく見開いてからまた満面の笑みを浮かべて頷いた。
*
ガイザーがリリアとセルへ結婚祝いを述べた日から数日後。リリアとセルは、リリアが一人で隠れて飲酒をしていた森に来ていた。夜明け近くのまだ薄暗い中、木の上に二人で立っている。いつものようにステルス魔法をかけ、周囲には結界魔法をかけて厳重に守りを固めている。
「二人きりの結婚式が、ここでよかったのか?実質本当に二人きりだから、結婚式という感じでもないが」
セルがそう言うと、リリアはセルを見上げて嬉しそうに微笑んだ。
「はい、ここがよかったんです」
リリアはシンプルだが美しいラインの婚礼衣装用のドレスに身を包み、セルは男性の婚礼衣装に身を包んでいた。二人の目の前には、見慣れた街が一面に広がっている。
「ここから見える街の景色が好きなんです。夜明けの光や空、のぼってくる太陽に照らされる街も、全部が宝石みたいにキラキラして綺麗で、そんな宝石みたいな世界のために私はいていいんだと、そう思える。そんなこの場所を、セルと一緒に見たかったんです」
次第に空の色が深い青から明けの色へと変化していく。太陽がゆっくりとのぼり始めるその様子を、二人はジッと眺めていた。
「本当に宝石みたいに綺麗だな。この景色を見せてくれてありがとう」
セルがそう言って微笑むと、リリアも嬉しそうに頷いて微笑む。
「景色も綺麗だが、リリアも本当に綺麗だ」
そう言って、セルはリリアの手を取り、手の甲にそっとキスを落す。
「リリア、俺と一緒になってくれてありがとう。最初はリリアの弱みに付け込む形だったが、俺の気持ちはずっと本気だ。リリアを愛している。この気持ちは未来永劫変わらない。だから、ずっと一緒にいてくれ」
「私も、セルのことが大好きで……愛してます。飲酒が見つかった時はもう終わったと思いましたし、ばらさない代わりに婚約してくれと言われたときは驚きましたけど……。でも、セルが実はずっと見守っていてくれていたと知って、嬉しかったんです。私にはもったいない人だとも思いました。それでも、セルは私を本当に思ってくれている。だから、それに答えたいです。本当はダメダメで完璧とは程遠い私ですけど、どうかこれからもよろしくお願いします」
そう言って、頬をほんのり赤らめながら微笑むリリアを見て、セルの胸には愛が溢れはちきれんばかりだった。
「完璧な聖女を演じるリリアも好きだし、完璧じゃないダメダメなリリアも好きだ。どちらも俺にとっては大切で、愛おしいよ」
そう言って、セルはリリアの腰に手を回し、ゆっくりと顔を近づけた。それに合わせて、リリアも静かに瞳を閉じる。セルの唇がリリアの唇に触れると、そのままセルは何度もリリアへキスをする。
「……!」
急に、体が一瞬浮いたような感覚になり、リリアが驚いて目を開くと、体がボスン!と何かに埋もれた。驚いて視線だけ横へ向けると、どうやらベッドの上にいるらしい。
「え?」
「転移魔法で俺の部屋まで移動した。すまない、もう我慢できそうにないんだ」
目の前には、リリアに覆いかぶさるようにしてセルがいる。セルがちゅっちゅっとリリアの頬や首、耳にキスを落すと、リリアはくすぐったさに身じろぐ。
「リリア、……いいだろ?」
心地よい低音が耳元をかすめる。その切羽詰まったような色っぽい声に、リリアは体の奥から何かが沸き上がって来るのを感じて思わず身震いする。だが、それは嫌な感覚ではなく、セルを求めているのだとわかっていた。
「セルは、ズルいです」
「ズルい?そうか?」
何がズルいのかわからないと言う顔をするセルに、リリアはえいっと顔を近づけて自分からキスをした。突然のことにセルは一瞬固まるが、すぐにフッと不敵な笑みを浮かべる。
「これはいいってことだと都合よく解釈するぞ」
そう言って、セルはリリアの唇を奪う。強引なのに優しくて、リリアはもうすでに脳が溶け始めていた。こうして、セルはようやく、リリアへありったけの愛を注げることになった。
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