62 二人の夜
「うわあああ疲れたあああ」
結婚パレードと結婚式、そしてウェディングフォト撮影が終わり、屋敷に戻って来たリリアはソファになだれ込むようにして倒れた。両手両足を伸ばし、ソファへぐでーっと伸びきっている。
「お疲れ様。みんなの前で、完璧な聖女リリアを保っているのは疲れただろう。しかもいつもとは違い、パレードや式だったんだ。そうとう気を張っただろうな」
優しい眼差しでリリアを見つめ、セルがそう言うと、リリアはハッととして起き上がる。
「セルも、本当にお疲れさまでした!」
(疲れているのは私だけじゃない、セルだって同じだわ)
パレードの最中も騎士としてリリアの警護を怠らず常に周囲へ警戒し、式の最中も常にリリアの気持ちを優先してくれていた。むしろ、セルの方が色々と疲れているだろう。
「ありがとう。だがこれくらい大丈夫だよ。そんなことより……」
リビングの一角にこれでもかというほど山積みされた結婚祝いを見てセルは苦笑する。リリアも、それに気づいて目を丸くした。
「すごいですね」
「正式に結婚したからな、懇意にしている貴族から祝いの品が一気に送られてきた」
祝いの品を手に取り、ふむと眺めている。花束やペアグラス、高級な皿など様々な品が山積みになっている。その中に、お酒もあることに気付いてセルは口の端に弧を描いた。
「ウィスキーにスパークリングワイン、米や麦で作った異国の酒か……どうやら酒も多いな。聖女が飲めないと知っていて送って来るのは正直あまりいい気がしないが……まあ、どうせ隠れて飲んでいるんだ、貰えるものはありがたく貰っておこう。高級で上質な酒が多い。飲むのが楽しみだな、リリア」
セルの言葉に、リリアは目を輝かせた。最近は忙しくてお酒が飲めていない。しかも高級なお酒と聞いて期待も高まる。だが、昔ほどお酒を飲みたいと思わなくなっている自分に気が付いて、リリアは首を傾げた。
「高いお酒はすごく興味があります。でも、なぜでしょう、昔は何かあるごとにお酒が飲みたくて仕方なかったのに、今は昔ほどどうしても飲みたい!飲まなきゃやってらんない!っていう気持ちが無いと言いますか……」
「そうなのか。不審者の正体がわかったし、もうあのお気に入りの森にも行けるようになった。別に一人でまた隠れて飲みに行っても問題ないんだが。……もちろん心配だから追跡魔法はつけさせてもらうけどな」
リリアが一人で隠れてお酒を飲みに行っていた、リリアのお気に入りの場所。不審者が往来していたため調査が終わるまで出入りを禁止されていたが、不審者の正体がまさかのガイザーだったとわかった以上、リリアはもう森に行っても問題ないのだ。
「あの場所はお気に入りの場所だからまた行きたいなとは思うんですけど。……でも、セルと一緒に住むようになってから、気持ちが安定しているのかもしれません。たぶん、セルに完璧じゃない、どうしようもない私を知られてしまっているからなのかも。セルがそれを受け入れてくれているから、私も安心してしまっているのかもしれませんね」
お酒に逃げる必要がなくなったということなのだろう。そもそも、お酒に詳しいわけでもなく、ただ手ごろなお酒を隠れてひっかけて憂さ晴らしをし、満足していただけなのだ。
「あ、でも、セルにお酒のことを教わるのはとても楽しいですよ。お酒にいろいろなものがあって、いろいろな飲み方があるって知らなかったですから」
「お互い忙しくて、まだほんの少ししか教えることができていないけどな。貰ったお酒でまた色々と飲み比べをしてみよう」
「はい、ぜひ!」
リリアが嬉しそうに笑うと、セルは祝いの品から手を離し、ソファまで歩いてきてリリアの隣に座る。セルの顔は先ほどまでの穏やかな顔とは打って変わり、真剣な眼差しをしている。
「セル?」
「リリア、今日は結婚式の日だ。そして、俺たちにとっては今夜が初夜に当たる」
「……初夜」
(しょ、初夜!)
その言葉の意味に気付いて、リリアは目を大きく見開いてすぐに顔を真っ赤にした。初夜といえば、新婚夫婦にとって初めての夜、そういうことをする日らしいというのは初心なリリアでも知っていることだ。
(そうだ、パレードや結婚式でいっぱいいっぱいだったけど、今日が初夜……)
「俺は、リリアの心の準備が整うまで待つと言っていた。それは、今でも変わらない。いつまでだって待てる。だが」
そう言って、リリアの頬に片手を添え、額を合わせる。
「こうして正式に夫婦になったんだ。少しずつ、遠慮するのを止めようと思う」
今度は頬に頬を近づけ、優しく摺り寄せた。セルが動くたびに、リリアの心臓がバクバクと速く鳴る。
「本当なら今夜リリアの全てを奪ってしまいたい。だが、リリアは疲れているだろう。きっとそれどころじゃないはずだ。きっと心の準備だって整っていない。だから、今日は何もしない。だが、今後は遠慮しないよ。以前、リリアから俺を求めてくれたことがあっただろう。あの時のリリアは自分の言動にパニックになっていたけれど、これからは隙があればリリアの心の準備を整えさせたいと思っている」
(なっ、そんな宣言……!)
セルの言葉を聞いて、リリアの顔は真っ赤になる。だが、以前のように慌てたり動揺はしていない。セルと触れ合いが多くなったことでリリアも少しずつ慣れてきたし、何よりもリリア自身、セルにもっと触れてほしいと願っているからだ。
セルが頬を離しリリアの瞳を見ると、リリアは視線を逸らすことなくセルの瞳をジッと見つめ返した。その瞳を見て、セルは嬉しそうに微笑む。
「覚悟しておいてくれ、と言いたいところだが、その様子だと大丈夫そうだな」
その時は意外と早く訪れるかもしれない。楽しみだとセルは思い、リリアの唇にそっと自分の唇を重ねた。




