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13 少女アイリス

「このあたりまでくれば大丈夫なはずですの」

「へえ、やっぱりこのあたりの道には詳しいんですね」

「ええ、もちろんですわ。よく逃げるときに使いますもの」


少女はニコリと笑う。つられて私も笑った。


今私たちは、とある屋敷の裏に来ていた。この屋敷はどう見ても既に誰も住んでいない洋館だ。お化けが出ると言っても疑わないだろう。しかし、彼女はその屋敷に躊躇いなく入っていく。

屋敷の裏には、勝手口のような入り口がある。その扉は施錠されておらず、難なく侵入することができた。


「この屋敷はかつて私の叔父が使っていたものですの。今はもう誰も住んでおりませんわ」

「貴方ってもしかしてお金持ちの貴族様だったりするんですか?」

「……、そんなことはありませんわ。既に没落したと言っても差し支えの無い下級貴族ですの」


それでも貴族であるのは確かだ。この世界にも貴族というのは存在したんだね。前世では外国くらいでしかその言葉を聞いたことがなかった。やっぱり貴族というと偉いのかな。


「そういえば、まだ名前を聞いておりませんでしたの。私はアイリス。家名は恥ずかしいので言えませんの」

「私はフラム。ただのフラムです。ここまで逃げれたのはアイリス様のおかげです」

「様付けだなんてやめてくださいませ、フラム様。私こそ貴女様のおかげでここまでこれたのですから。お互い呼び捨てにいたしませんか?」


彼女――アイリスはそのフードをめくった。やはり、誰もが見惚れるほどの美少女であった。

ミディアムにカットされた金髪は緩やかにカールしており、その大きくて丸っこい翡翠色の瞳がこちらを覗いている。背は私と同じくらいだろうか。年齢も一緒とみて間違いないだろう。

アイリスは私の顔をじっと見つめてくる。真剣な表情だ。ここで「呼び捨て」を断るのは難しいかもしれない。


「わかりました、アイリス。これでいい?」

「ええ、そうですの! フラム」


アイリスは飛び跳ねる勢いで喜んでいる。何が彼女の琴線に触れたのだろう。私は呼び捨てにしただけなのに。


「私、友達がいなかったんですの。ですから、こうして呼び捨てをするような方は今までいなかったのですわ。フラムのような可愛らしいお友達が出来て、私すごくうれしゅうございます」

「それは……どうも」


どうやら彼女は、ここまでの道中の昂奮で私に親近感を抱いてしまったようだ。確かに、一緒に誰かから逃げるのってどこか楽しい。私に関しては本当に犯罪者だから、捕まったら即アウトだけど。

そういえば、アイリスは一体何から逃げているのだろうか。


「ねえ、アイリスはなんであの人達から追われていたの?」

「……知りたいんですの?」

「うん……まあ」


彼女がせっかくこの隠れ家に案内してくれたのだ。しばらく使わせていただくとしても、彼女の素性に関してはある程度知っておきたい。家名ははぐらかされてしまったけど、追われてる理由くらいなら教えてくれるかもしれない。


「知っても私を置いて行ったりしないですの?」

「大丈夫だよ」

「そう……それなら」


彼女は、屋敷の奥にある階段を上り始めた。話をするのに部屋に案内してくれるらしい。

こんな埃だらけの家に、座れるような場所はあるのだろうかと疑問に思ったが、彼女が連れて行ってくれた二階の一室は、誰かが掃除をしていたのか綺麗だった。

豪奢な調度品こそ置いてはいないが、長椅子と天蓋付きベッドはその存在を主張していた。

アイリスは、長椅子に腰掛けるよう促し、自身はベッドに座った。


「私、先ほど下級貴族といいましたね」


もしかして、貴族という身分のせいで盗賊か何かに命を狙われているとか!?

それは一大事過ぎる。正直なところ、私に助ける義理はないのだけど、既に親近感を抱きつつある仲だ。見て見ぬふりはできない。

しかし、どうやらそういう話ではなかった。


「私、家出しましたの。窮屈な生活が嫌になってしまったんですもの」

「家出かーい」


思わず突っ込んでしまった。そりゃそうだ。家出ならこのくらいの子供でもするときはする。前世の私も家出をしたことは一度や二度じゃない。まあ大抵は近所の公園でひとしきり泣いた後、その日のうちに帰ったんだけどね。彼女のもそういった類の物だろう。


「そうですの! もうあんな家は嫌ですわ! 私をお人形さんみたいに毎日毎日可愛がって……。私だってちゃんとした人間ですのに! んもう!」


かわいい理由だなあ。というか溺愛されてんじゃん。そんなに溺愛されてるならわざわざ家出することないのに……。しかし私は自身も今半ば家出しているようなものだと思い出す。

そうだよ、私だってサキュバスになりたくなくて一人でここまで来ちゃったんだった。

人の事いえないじゃーん。


「私も似たようなものなんだ。お母さんがサキュバスなんだけど、娘の私もサキュバスになりなさいっていうもんだから、飛び出してきちゃったの」

「なんと、そうでしたの。それでは私たち本当にお似合いですのね」


なぜかアイリスの瞳がキラキラとしている。なんだろう、彼女は純粋すぎる気がする。まるで初めての友達が出来たみたいだ。いや、実際に私が初めてなんだっけ。

なんだか悪い気がするなあ。初めての友達、犯罪者なんですけど。きっと親御さんも泣いちゃうよ。


「じゃあ、さっき追いかけてきたのは、家出中の娘を追いかける兵か何かなのかな」

「そうですわ。彼らは騎士団ですの」


騎士団!?

つまりあれか?

サンクシオンの所属しているアヴリルの騎士ってこと?

私、その人たちを敵に回してることになってない?

というか犯罪じゃない?

私、殺人罪に加え貴族のご令嬢の誘拐もしちゃってるじゃん。情状酌量の余地もないじゃん。

即刻死刑コースじゃーん。


本来なら冒険者として頑張る予定が、重犯罪者として本格的に追われる未来が確定した私は、頭がくらくらする気分に襲われた。

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