契約婚ですね、ご安心くださいバッチリです!
エシュター侯爵家の若き当主であるスレインは、執務室で頭を抱えていた。
現在己の過去の言動を絶賛大後悔中である。
こんな事になると知っていたなら、そもそも言わなかった。
そんな風に思っても今更すぎる後悔をしているのである。
事の発端は、両親が領地へ向かう途中、急な悪天候に見舞われ通っていた道のすぐ近くにあった山が土砂崩れを起こし、馬車が潰れてしまいどちらも助からなかったところ、だろう。
早すぎる両親の死にスレインは気持ちが追い付かず茫然自失となってしまっていた。
何故、どうして。
そんな風に問いかけたところで誰が答えてくれるでもない疑問を延々と頭の中で巡らせていたのは憶えている。
せめて領地に向かうのがあと一日遅かったら。もしくは早ければ。
あの日でなければ、両親が死ぬことはきっとなかっただろうに。
そんな風に思ったところでどうしようもなかったのだけは悲しいくらいに事実で。
誰憚る事なく泣きわめきたい衝動に駆られても、しかし侯爵家の人間が周囲にそのような姿をさらすわけにはいかぬ、というプライドでもって葬儀を行い、予定よりも早くに自らが侯爵となる形となってしまった。
跡継ぎであったので父からは色々と教わっていたものの、しかしまだまだ教わりたい事は沢山あった。それでも、もうその望みは叶わない。わかっている。
いつまでも幼子のように泣いていられるわけもない。両親が愛した領地を悲しみに暮れて廃れさせるわけにはいかなかった。
幸いにしてスレインを支えてくれる者は大勢いたからこそ、多少拙い部分があってもどうにかなっていた。
領民たちも、突然の先代領主夫妻の死に大いに嘆き悲しんでいた。
悪徳領主であったなら死んだ事できっと宴が開催されていたかもしれないが、そんな事にはならなかった。
領民たちはスレインにも、何か困った事があったら気軽になんでも言ってほしい、と彼を支える決意を見せていた。
父よりもまだ頼りないスレインが領主となって、領民たちも不安があるだろうに……そう思ったスレインは、だからこそ彼らに不要な心配をかける事のないように、と気持ちを新たに臨んだのである。
ところがそこへ、スレインですら思ってもいなかった面倒事が舞い込んできた。
王女が結婚相手を探し始めたのである。
確かに王女は年頃でそろそろ結婚を考えていてもおかしくはない。
父である国王が溺愛していたがために、政略結婚を幼い頃に結ぶ事がなく、どころか婚約者すらまだいなかった。
けれども、娘可愛さで婚約を結ばずとも、このままでは可愛い娘は行き遅れである。
そういった現実がようやく見えてきた国王もまた、王女の結婚相手を探し始めた。
年頃で、王女とそう年齢が離れていなくて……その他諸々の好条件を挙げたらキリがないほどではあったが、ともあれ国内にはそういった将来有望とされている男はそれなりにいたし、そういう意味ではまだそこまで焦るような事でもなかったのである。
ところがだ。
そんな王女の結婚相手候補にスレインの名が挙がってしまったのだ。
最初その話を聞いた時、スレインは「何言ってんだ」と真顔で呟いてしまった程だ。
王配を、というわけではなく降嫁するわけなので確かにうちが候補に挙がったとして、それはそこまで問題のあるものではない。
けれども、こちらは急な事故で両親を失って領地経営も若干手探りな部分があって、とにもかくにも忙しいのだ。
そんなところに、甘やかされて溺愛されてきた王女が嫁ぐ?
冗談ではない。生憎スレインのキャパシティはそこまで大きくもないので、現状で割と手一杯なのにそこに王女の世話なんぞできるはずもなかった。
王女が有能だと言う話が聞こえていたのであれば考えたかもしれない。だが、ただでさえ大変な状況を更に面倒が増えるかもしれない状態にするだなんて、とてもじゃないがスレインは自分の手に負えるはずがないとわかっていたのである。
領民たちだって、愛すべき先代領主とその妻が消えて嘆いている。けれども、そんな先代を失って一番悲しいのは子であるスレイン様だよな、と今、皆が一丸となって頑張ろうとなっているのだ。
そこに甘やかされただけの我侭王女が嫁いできてみろ。
スレインと領民たちとの間に確執が生まれるのは明らかではなかろうか。
スレインが王女と一度も関わった事がないというのなら、噂だけを鵜呑みにしてはならないと一度顔合わせをしてみようと思ったかもしれないが、しかし彼は何度か両親と共に城に招かれて直接ではなくとも遠目で王女を見たことがある。
確かに見た目は極上だが、中身は……
あれと結婚する相手は大変そうだな、なんて思った時点であえてもう一度顔合わせをしようなど、思えるはずもなかった。
他にも候補となる相手がいないわけではなかったけれど、そういった女であるので正直いくら王家と縁付く事ができるといっても、その苦労と見合う程のものでもない。他の候補になってしまった者たちもあからさまに態度に出してはいないが、相当に及び腰であった。
このままだと、水面下で王女の押し付け合いが始まって、負けたら王女を妻にしなければならなくなる。とんだ人生丸ごと台無しになりそうなレベルの罰ゲームである。
早急に手を打つ必要があった。
幸いにして候補というだけでスレインが王女の中で一番人気というわけでもなかったので、スレインは速やかにその候補という枠組みから離脱する事を決意した。
ただでさえ自分の事で忙しいのに余計な手間を増やしてくれる……! とうっかり王家に呪詛を吐きそうになったが、ぐっと堪えて彼はこの状況を抜け出すために結婚をしようと目論んだ。
とはいっても、王女以外にも社交界の噂で面倒な女はいくらでもいると知っている。そういった相手を選んでは更なる面倒が増えるし、後先考えずこちらの財産を食いつぶすようなのを身の内に招き入れるわけにもいかない。
考えて考えた末に、彼は財政難に陥っている下位の身分の貴族家の娘に目をつけたのである。
最低だと我ながら思っていた。
けれども、面倒事を増やしたくはないし、無償でこちらの事情を汲んで協力してくれるような相手がいるでもなし。
資金援助と引き換えに娘との結婚をする契約を持ち掛けた。
そして、その娘には契約婚であるという事実をきちんと伝え、白い結婚である事もしっかりと念を押したのだ。
身の回りが落ち着くまで、恋だの愛だのに現を抜かす余裕がスレインにはなかったので。
だというのに、契約とはいえ結婚した相手が自分に恋をして、妻になったのだからもっと自分との時間を、だとか、あれこれ口出しされるのが面倒だった。
一応三年もあれば王女の結婚相手も決まるだろうし、領地だって落ち着くだろう。流石に三年以上も自分が領主として慣れないなんて事はないと思っているし、いくら王女を溺愛している王とはいえ三年も結婚相手を決められないなんて事はないだろうと。
三年過ぎてもまだ決まらなければ王女は完璧に行き遅れとして噂されてしまう。愛する娘にそのような不名誉を与える事はないだろう。
だからこそ、契約結婚は三年間と定めた。
どちらかに問題がなくとも、相性の問題で子ができないという話はよくある。
それもあって、白い結婚でなかったとしても三年で離縁するというのはそこまでおかしな話でもない。
三年あれば、結婚を持ち掛けた相手の家も持ち直すだろう事は予想できたし、であれば後は恙なく必要な時だけ夫婦としての役割をこなしてもらえればいいだけ。
契約の事を忘れこちらに不必要なまでに関わってくるようなら途中で契約を打ち切る事もある、と契約には盛り込んでおいた。
三年。
そういった経緯でそれだけの時間を確保する事ができたのである。
王女の結婚相手候補から早々に外れたスレインは、そのまま侯爵としての足場を固めた。
時として夫婦で参加する社交の場に出る事もあった。
屋敷にいる時も、最低限相手の事がわからねば夫婦として周囲に振舞うにしても粗が見えるかもしれない、と交流を重ねる事もあった。
表面上の情報しか知らなかった妻の、知られざる面を見る事だってあった。
そこで妻に対する嫌悪が芽生えたか、といえばそうではない。
むしろ似た趣味を持っているだとか、読む本の好みが似ているだとか、食べ物の好みも近いだとか。
知れば知るだけスレインにとっての妻の存在は、ただ契約しただけの女ではなくなっていた。
別れの時期が決まっているとはいえ、それでも妻は家の事をしっかりと切り盛りしてくれていた。
下位身分であるが故に、慣れない事だってたくさんあったに違いないのに、苦労をしているというのをあからさまに表現するでもなく、スレインの知らぬ場で努力と苦労を重ねて陰に日向に支えてくれた。
家が財政難に陥っている、というのも契約婚を決めた原因だが、もう一つ、妻の容姿が地味である事も選ぶ切っ掛けとなっていた。
下手に輝くような美女を妻に迎え入れるような事になれば、王女が妙な対抗心を持ってこちらに関わってくるかもしれない。取るに足らない相手だと王女が思って、わざわざ張り合おうと思わないような、落ち着いた見た目の女性を妻にしておけば、そんな女を選んだスレインに対しても興味を持つことはないだろう。
そう考えての事だった。
それが、妻を軽く見ているとしても。
その時のスレインにとってはそれが最善の選択だったのだ。
他に王女の結婚相手の候補として名が挙がっていた者たちからも、やっかみを受けるような相手を選んでいたら、どんな手段で足を引っ張られるかわかったものではなかったのだから。
自分の平穏を優先したと言ってしまえば否定はできないが、しかし自分の身の回りの安定を確保できなければ侯爵家に仕えてくれる者たちや、領民たちにも巡り巡って皺寄せがくるかもしれない。
彼にとって優先すべきはそちらだったのである。
三年間の白い結婚が終わった後で、新たに結婚相手を探すかどうかはスレインにとってもまだ未知数だった。
跡取りに関しては、いっそ養子を迎えるというのも一つの選択だと考えていたから、結婚に関してそこまで考えていなかった、と言ってしまえばそれまでだ。
無意識にあまり考えないようにしていたのかもしれない。
王女の結婚が決まったのは、スレインが契約婚をしてから一年と半年後の事である。
その頃には色々と慌ただしい状況だった領地もすっかりと落ち着いて、余裕さえ出てきていた。
この辺りで、妻との交流も少しずつ増やすようになっていった。
今までは最低限の義務としての関わりであったが、その時点でも薄々好みが合うだとか、なんというか一緒にいて安らぐというか楽しいとすら思うようになっていた。
契約婚ではあるが、案外上手くやっていけているのではないか。
このままもし、この関係を続けるとしても何も問題はないのではないか。
そんな風に思うようになっていったのである。
そこからスレインは、徐々に妻との時間を増やすようにしていった。
屋敷の中で会話をするだけではなく、必要な社交以外でも共に出かけ、色々な物を見た。
贈り物も必要最低限だったところから徐々に増やしていって、それと同じくして言葉も重ねていった。
妻の態度は変わらないものだったけれど、悪い反応ではなかったと思っている。
だからこそ、三年目の契約が終わりを迎える頃に、改めて。
契約ではなく、ちゃんとした夫婦とならないか、とプロポーズをするつもりでスレインはコツコツと準備を進めていったのである。
まぁ、冒頭の様子を思い返してみれば結果はお察しなのだが。
スレインの契約結婚の相手として選ばれたネリスは資金援助をするから契約結婚をしたい、という話が来た当初、まだスレインの事をロクに知らなかった。
だからこそ、貧乏貴族の足元を見て若い娘を身売り同然で買い叩こうとしている、と穿ったものの考え方をして警戒していた。けれども金がないのは事実で、このままではあと数年も経たずに没落するだろう事も理解していた。
決して贅沢な暮らしをしていたわけではない。
連日続いた大雨、そして河川の氾濫。近隣の村が水害により死者を多数出し、作物も駄目になった。
どうにか雨が止んだ後、流され死んだ者たちの死体を埋葬するのにも人手が足りず、そうこうしているうちに腐敗した死体から疫病が発生……と、まぁ。
色々な不幸を集めてミルフィーユでも作っているのかというくらいネリスの暮らしていた領地で色々ありすぎたのである。
対策をしようにも、次から次にやってきて人手も技術も材料も何もかもが足りない始末。
それでも必死に私財を使ってどうにかしようとした結果、見事にすってんてんになったのである。
被害が拡大しなかったのが救いかもしれない。
ネリスの領地の問題は、お金があれば大半解決するところまできたものの、しかし肝心の金がない。
借金をしようにも担保となるものが現状そこまで価値のあるものではないので、バカみたいな利子をつけられる可能性を考えると、適当なところから借りるわけにもいかず、かといって銀行は担保となるものが微妙すぎてお金を貸してくれないという悪循環。
ネリスの家が金を不正に引き出して贅の限りを尽くそうと考えるようなところではない、と銀行員とて理解はしていても、しかしそちらも慈善事業ではないのだ。
王家へ助けを求めたところで、ネリスの領地だけが大変だったというわけでもなかったので、王家もごたごたしていたのである。むしろネリスの領地よりももっと大変な状況だったところを優先されていたので、王家が何もしてくれないと嘆くわけにもいかない。
優先順位としては確かにそちらの方が先ですものね……とはネリスでも理解できていたからだ。
けれども、だからといって現状がどうにかなるわけでもなかった。
もういっそこうなったら金を持ってる貴族の後妻か愛人にでもなって支援金をぶんどってくるしかありませんわ! とたくましくも山賊みたいな考えを閃かせたネリスを止めたのは当然ながら両親である。
捨て鉢になった時の行動力はともかく、そういった思考で行動に移ると大抵はロクな結果にならない、と両親はネリスを説き伏せて、とにもかくにも少しずつでも現状をどうにかしよう、と話し合っていたところに。
スレインからの契約の話が舞い込んできたのだ。
スレインの家の事情を、ネリスの家も一応知ってはいた。
というかエシュター侯爵家の悲しい事故は社交界で広まっているので知らない者の方が少ないだろう。
決してネリスを見初めての結婚の話ではないとネリスだってわかっていた。
いたけれど、それでも最初に顔を合わせた時、ネリスはスレインの見目に惹かれたのだ。
何せ我侭王女の婿候補になる程だ。見た目も中身も確実に優秀な存在である。
若くして両親を失ったスレイン。ネリスの一つ上でしかない彼は、それでも立ち止まってはいられぬと領地を守るために当主となって進む道を選んだ。
そのため、王女の結婚相手になるわけにはいかないのだと、聞く者が聞けば不敬だと言うだろう事まで言っていた。
ネリスだって結婚をするにはまだ早い年齢だ。一応結婚できる年齢ではあるが、大抵の令嬢たちが結婚するのは大体あと二年から三年先だ。この年齢で結婚するのが主流であるのは主に平民である。
スレインは邪魔者が入らないように領主として立場を固めるために。
ネリスもまた己が生まれ過ごしてきた領地のために。
契約は、結ばれる事となった。
けれども、とネリスは困ってしまった。
いかんせん、人生経験の浅い小娘である事をネリスはよく理解している。
そして、契約婚だと理解していても、スレインの容姿はネリスにとってあまりにも魅力的で。声も素敵、なんてうっかりするとときめいてしまいそうなのだ。
けれども、スレインは余計な邪魔が入らないうちに身の回りを固めなければならないと言っていた。ネリスもそれは理解できている。スレインはまだ若く、本来ならあともう五年くらい先とかだったはずなのだ、跡継ぎとして社交界に出るのは。跡取りとしての教育を受けていたと言ってもまだ完全ではなかったはずで。
だからこそ、つけ入る隙があるのは確かだ。
他の領地もあれこれと大変な事になっているから他所にちょっかいかける余裕がないところも多いけれど、しかしそれでもなんの邪魔も入らないとは考えにくい。
それこそ、今のうちにスレインの結婚相手として嫁を送り込んで、内側から食いつぶしてやろうと考える者だっていたはずだ。
王女の結婚相手を探す話は……スレインを直接ターゲットにしたわけではないだろうけれど、それでもタイミングが悪すぎた。王女に選ばれたらそれはそれで面倒そうだし、かといって王女に選ばれなかったからとて、そのままにしておけば他の令嬢を押し付けられかねない。
そうでなくとも若くて権力があって金もある男を野心のある者が放っておくはずもない。
夫婦として社交界に参加した時、ネリスはきっとそういったご令嬢からさぞ美しい笑みを向けられるだろうと恐れた。だってその笑みはどれだけ美しかろうとも、間違いなく棘を含んでいる。
大輪の薔薇に棘があるのは当然の事なので。
スレインもそれは理解しているのだろう。だからこそ、援助される資金はこちらの予想を上回った。
両親や領民、生まれ育った場所。
そんな大切なものを守るため、ネリスだって覚悟を決めたのだ。
けれども、それはそれとしてスレインはネリスにとって毒だった。
だってとても素敵なので。
家が没落寸前になる前だって、そこまで裕福だったわけではない。
恋に憧れはしたけれど、身の回りにネリスが盲目になるほどの――それこそ娯楽小説にありがちな完全無欠のヒーローのような、女子の憧れを詰め込んだかのような素敵な殿方などいなかった。
まぁ、スレインがそんな素敵なヒーローか、と聞かれればネリスにはわからない。けれども見た目はそれっぽかった。両親を亡くしたばかりの彼が恋をしている余裕がない、という言葉も理解できるし、わかっては、いるのだ。
けれども、このままだと彼に惹かれて恋をしてしまいそうだった。
期間限定の結婚であるというのに。
スレインの方も、そんなネリスの考えを見透かしていたのかもしれない。
恋に煩わされる暇など無いのだと告げて、もし自分に恋をするような事になりこちらに迷惑がかかるようなら、契約を途中で打ち切ると言われてしまった。
それは困る。
こっちだって色々と切羽詰まっているのだ。
わかっている。
恋愛に浮かれて周囲の邪魔をするつもりはネリスだってない。
ない、けれどそれでも。
それでも、恋はしようと思ってするものではない。気付けば落ちているものなのだ。
だからこそ、不安だった。
いくら心の中で恋をしないようにと自分を戒めたところで、スレインがネリスに対して役目をこなす上で必要な範囲だとしても、優しくされてしまったら。
きっと、単純な自分は恋に落ちてしまうかもしれなかったから。
そうなればおしまいだとわかっていても。
どうしようもない程に落ちてしまうかもしれなかった。
駄目だ、と思えば思う程逆にスレインの事が気になりだしてきて、このままでは本当に終わると思ったネリスは故に――
魔女の元へ駈け込んだのである。
魔法を使える魔女は人の形をしているが、しかし人ではない存在。
気に入った者を助ける事も、気に入らない者を破滅に導く事もやる魔女は、人知を超えた力を持つので侮ってはならない。人間のような行動をする事があっても、その行動基準は人間と異なるものである、とも言われている。
利用しようとする相手には容赦のない事をしてくるが、しかし適切な対価を用意すれば助けてくれる事もある。
誰だって知っている話だ。
普段は関わるべきじゃないと思っていても、それでももう自分だけではどうにもできそうになかったし、魔女なら、この気持ちを封じ込めたりできるのではないかしら……? とネリスは縋る勢いで魔女の元へ向かったのだ。
幸いにして、ネリスの暮らしていた所からそう遠くないところにいるというのは知っていたので。
そうしてかくかくしかじかと事情を説明すれば、魔女はその瞳を三日月のように細めて笑った。
魔女の元には似たような悩みで駆け込んできた娘もいたらしい。
けれどもそれは、添い遂げるはずだった相手の心変わりのせいで、報われない気持ちに変わった愛を捨てたいとか、消してしまいたいとか、そういう類の話である。このままでは壊れてしまいそうな気持ちを壊したくないと、そうなる前に捨ててしまいたいと願う者。
愛していた、けれど、だからこそ許せなくて憎しみに変わってしまうと予感した者。
実に様々な事情でもって魔女の元を訪れた娘は数知れない。
けれどもそういった気持ちの大半は、既に育ってしまったもので。
ネリスのように育つ前から消してしまいたい、というのはあまり聞かない話だったらしい。
だからこそ魔女は面白がったのだ。
育たないかもしれないものを、育つかもと恐れているネリスを笑った。
そうはいってもネリスだってそんな風に余裕をかましてはいられないのだ。
スレインよりもカッコいい相手が身近にいればそんな気持ちは芽生えないかもしれないが、生憎といないのだ。
そりゃぁ……恋というか、まぁ、今回の話が出てこなければ、いずれ、大きくなったら結婚しようね、なんて口約束をした相手がいないわけではないけれど、そちらとは恋をしているというよりはもう既に家族みたいなもので。
時として頼りになる兄のように、でも普段は手のかかる弟みたいな存在。
だから、恋をしてときめいて……なんて感情とは異なる。
好きは好きだけど、多分それは家族に向ける好きとか、友達に向ける好きの範疇。
それでも、嫌いじゃないから。貧乏貴族が上を望んだところで分不相応で、相手の家も似たようなものだから。
お互い手を取り合って生きていけたら、と思うもの。
愛があったとしても、それはきっと別の愛だ。
ネリスはそんな幼馴染とも言える相手の事を思い浮かべるが、やはりスレインに抱きかけたような気持ちにはならなかった。
だからこそ、ネリスは恐れるのだ。彼に対するように凪いだ気持ちで接する事ができるのであればいいが、しかしそうではない。何が切っ掛けでそれが恋になるか、わかったものではないのだから。
今もこうしてスレインに対して芽生えかけてる気持ちが本当に恋かはわからないけれど、だがこのままでは本当にうっかり恋になるかもしれない。そうなったらおしまいだ。
自分一人だけが失恋して傷つくだけで済めばいいが、この恋が芽生えてしまったら、待っているのは契約の打ち切り。家族や領民たちが路頭に迷うかもしれない未来である。
恋、という本来ならば素敵な言葉はしかし今ネリスにとっていつ爆発するかわからない爆弾みたいなものだった。そりゃあそんなもの、いつまでも所持したくはない。危険すぎる。
そんな必死なネリスに、魔女は何が面白いのか一頻り笑った後で、
「じゃぁ、まぁ、その気持ち、取り除いてあげよっか」
と。
とても軽く言ってのけたのである。
対価は? と聞けば、じゃあその気持ちでと返された。
育ってしまってどうしようもなくなってしまった恋心や愛情は、育ちすぎたせいで全部取ってしまうと相手の精神が崩壊する可能性を秘めている。大樹のように育ってしまったそれを根こそぎ取り除けば、後に残るはぽっかり開いた大きな穴。
そう言われてしまえば、確かにそれは影響がないはずもない、とネリスも納得する。
けれどもネリスのスレインに対する気持ちはまだ植えられたばかりの小さな芽でしかない。それなら根っこごと引き抜いたって、ぽっかりと穴が開く事もない。
ただし、と魔女は言う。
「取り除くと、もう二度とその相手に対して恋ができなくなるよ。それでもいいのかい?」
「はい。契約結婚ですし、期間限定のもの。それなのに、その期間ですら途中で壊してしまうかもしれない気持ちなんて、あっても困るだけです」
「これが本当に恋かどうかはさておくとして、相手に対して関心も持てなくなるよ。恋も愛も、嫌悪も憎しみも何一つない、文字通り無関心だ」
「それは、良い事では……?
憎む必要を今のところ感じません。何よりこちらが困っている所に、援助を持ち掛けてくれたのです。お互いの利害が一致しているのに、それをもし私の恋で壊してしまったら、エシュター侯爵の予定も、私の大切な家族たちも、皆が困ってしまいます。
不幸の芽になる可能性があるのなら、最初からない方がマシですわ」
変に相手の言動に一喜一憂して振り回されるくらいなら、期間限定の役目だと割り切って邁進する方が余程建設的、とネリスは本心から思っていた。
自分が期間限定とはいえ侯爵夫人としての役割をこなすのは相当大変だろうけれど、教師を雇ってくれるという話だし、それがどれだけ厳しくともやるしかないのだ。領地を救えるだけの金を支援されるのだから、それくらいの事は仕事としてやりきらなければならない。
そうなると、やはり恋になるかもしれないふわふわした気持ちはどうしたって邪魔でしかなかった。
「あと、これを対価にするから、後になって返せって言われてもできないよ」
「構いません。お別れした後でその気持ちが戻ってきても困りますから」
「そっかい。じゃあ契約成立だ」
言って魔女は、ネリスの中からスレインに対する気持ちに関するものを全て。
根こそぎ取り除いてしまったのである。
結果的にそれが良かったのか、ネリスは侯爵家に嫁いでから余計な事に心を揺らす事なく役目を果たした。最初の頃は辛い事も多かったけれど、しかし辛いという事実を受け入れはしても気持ちはそこまで辛くなかった。
もし、ネリスがスレインに恋をしていたのであれば。
愚かにもこれだけ努力して頑張っているのだから、と報われたいと願ったかもしれない。
領地のためだと、家族のためだとわかっていても、それでも自分の心に報いたかった、となっていたかもしれない。けれどもそうなった時、スレインからつれない態度をとられたならば。
きっと勝手に傷ついて、この恋は報われないのだと悲劇のヒロインのように内心で振舞ったかもしれない。
だがそうではない。
そんな気持ちは何一つとして浮かび上がる事すらなかった。
おかげで、自分の役目をこなすという役割どころかいっそ任務と言ってもいいものを、淡々とこなす事にだけ向き合う事ができたのだ。
必要最低限、人前で夫婦として振舞うためには、ある程度お互いの事を知る必要がある、と言われて何が好きか、だとかの話をした。
好きな食べ物、好きな色、好きな花、好きな本。
意外にも好きな物がいくつかかぶって、好きな本に関しては好みの傾向がとても似通っている事が発覚したけれど。
ネリスの心には特に何の感情も浮かんでこなかった。
もし、魔女の元へいかないままここに来ていたのなら、そんな共通点を見出しては一喜一憂していただろう。
思っていたよりも会話が苦にならないだとか、楽しいだとか。
本の感想で盛り上がったりした日には、仮初の夫婦であっても、友のように打ち解ける事ができるかもしれない、なんて期待を持ったかもしれなかった。
けれども、そういう気持ちすら沸いてこなかったのである。
あら、案外話が合いますね、と軽い驚きに見舞われはしたものの、それだけだった。
もしスレインに対して関心があったなら、そこから話題を広げてもっとお互いに色々知ろうと言う風に思えたかもしれないが、ネリスの中ではあら奇遇ね、で済んでしまった。
王女の婚約者が決まった頃には、スレインの身の回りもある程度落ち着いてきた。
だからだろうか、以前よりもネリスと共に居る時間が増えた。
以前よりも会話が増えて、食事を共にする日も増えて、贈り物が増えて、共に出かける事も増えた。
そこまで一緒にいる必要が果たしてあるのかしら? と思った事もあるけれど。
だが、スレインと共に行動する事は、自分にとっていい勉強にもなる。
知識は勿論、実家にいた時には体験できないような事も含めてだ。
契約期間を終えて、家に帰った後それが役立つかはわからない。けれども、得た知識をどう活かすかは本人次第だ。折角浮かんだ知恵も、しかし扱うには相応の知識が必要となってくる。
そう考えると、大変な事もたくさんあったけれど、でもこの三年間はいい勉強になったなぁ、とネリスは思っていた。実家に手紙を送る時に、ついでに幼馴染にも手紙を認めれば、向こうもこちらの状況を把握した上で待ってくれているのだという。
彼の領地もそう大きくないとはいえ、災害などの被害に遭っていて助け合うどころじゃなかった。お互いに自分たちの事で手一杯だったけれど、しかしあちらはまだ自力で立て直しが可能だった。
こちらを助けるまでは手が回らなかった事を謝られたけれど、謝る必要なんてどこにもなかった。
ともあれ、じきにこの契約も終わりを迎える。
そうしたら、すぐに帰ろう。
そして手紙だけでは語り切れなかった事を、たくさん話そう。
そんな風に思いを馳せていたネリスであったが……
いざ三年が経過した時、契約の延長を望まれて、ネリスは大層困惑したのだ。
既に侯爵としてスレインは立派にこなせている。ネリスは学ぶことが嫌いではなかったといっても、優秀であるかと問われればそうでもない。どこまでも普通であったと言える。
侯爵夫人を演じるにあたって、短時間で見れない事もない、程度に仕上げはできたけれど、それが限界だったのだ。勿論その後も学ぶ事はやめなかったし、結果として三年前と今とで比べれば今の方がマシになってはいるけれど。
スレインがまだ侯爵としてやっていくには微妙であるだとか、ネリスの実家がまだ立て直せていないとか。
そういう事情があるのなら延長も已む無しと思えた。だがそんな事もない。
今のスレインならばそう簡単に他家に食い物にされる事もないだろうし、ネリスの領地だって盛り返しつつある。三年でむしろよくそこまで、と言えるくらいにはなっているので、直後に天変地異でも起きない限りは大丈夫だろう。
むしろ本当に天変地異が起きたらその時はもう潔く全てを諦めて受け入れるしかない。
だが実際にそういう事にはなっていないのだ。
ネリスには契約婚を続ける意味も必要性も何も見出せなかった。
だからこそそれを正直に言葉にしたのだ。
だというのに、スレインは何故だか傷ついたような顔をしていた。
この三年の間で、二人の間にそれなりに絆と呼べるものができたと思っていた、と呟かれても、ネリスは首を傾げるしかない。
だってネリスにとっては今の今までの事全て。
単なる役割で、仕事だったから。
三年前と比べると背だって伸びて、あの時からネリスが見惚れる程に美しかったけれど今はさらに魅力的になったスレイン。まだ頼りなさが残っていた三年前と比べれば今は侯爵を堂々と名乗れる程にもなった。
そうだ。魔女の元へ行かないままであったなら、きっとネリスはますますスレインにのめり込んでいたに違いない。けれどもそれを恐れ、防ぐためにネリスは魔女にスレインに対する全ての感情を差し出したのだ。
愛も恋も。怒りや憎しみといった負の感情も。
快も不快も一切何を思うでもないように。
結果として見事やりきったのだから、ネリスの下した判断は正しかった。
「契約で、私は侯爵様に恋をしてはならない、と決まっていました。
もしそういう事になれば途中で契約を打ち切る、とも。
それは困ります。私は家族を、領地を救いたかった。
けれど貴方は素敵だった。
ロクに世間に出てもいない小娘でしかなかった私は、あのままではいけないと思いつつもきっと恋に落ちていた。
けれどそうなれば契約は打ち切られてしまいます。
なので私、魔女の元に行って侯爵様に抱くであろう感情の全てを取り除いてもらったのです」
一切何も思わないように。
そうすれば、恋をする事なく契約も途中で打ち切られる心配がない。
恋をしないように内心で怯えながら過ごすより、そんなものが一切芽生えないと断言できる状況なら余計な感情に煩わされずに専念できる。
結果としてネリスは見事に役目を果たしたのだから、それは何も間違っていない。
今もこうして穏やかに微笑みを浮かべてそう言えるまでになっているのだ。
「なので、仮にこの契約婚を延長して条件を変えたところで。
私が貴方を愛する事はないのです」
恋にしろ愛にしろ、どちらであるかをハッキリと言えなくとも。それでもスレインはネリスに対して想いを抱き始めていた。
契約婚とはいえ妻になっている女性だ。
改めてプロポーズを、と思っていたのは確かにそうだが、しかしそれまでの間に自身の想いを一切打ち明けないわけでもなかった。
好ましいと……好意を抱いている事は確かに伝えていたのだ。
それに対してネリスはふんわりと微笑んで、ありがとうございます、なんて言うものだから。
想いが伝わっていないわけではなかったはずだ。
しかし、ネリスの言葉が真実であるのなら。
それは本当にただ言葉通りに受け止められただけで、彼女がこちらに好意を返してくれる事ではない。
確かに思い返せば私もです、なんて言われた事はないけれど、それでもあの雰囲気と状況なら脈がないわけじゃないと思っていたのに。
脈ありどころか、完全なる脈なしである。
白い結婚を終わらせて、今度こそ本当の夫婦としてやっていこうと未来を思い描いていたスレインであったが、その未来は一瞬で打ち砕かれたのだ。
少し前まで養子を迎える事も考えていたスレインが、しかし相思相愛となったのであれば二人の子を望むのもおかしな話ではなかったし、先の未来を想像した時に、二人の間には子供がいると疑わなかった。
だがその未来は空想で、有り得ないのだと突き付けられる。
「契約をこれ以上伸ばす必要もありませんし、侯爵様、こちらにサインをお願いします」
にこにこと笑みを崩さぬままネリスが差し出したのは離縁届。
いやだと拒否する事もできなくはなかったが、あまりにごねたところで契約違反で訴えられでもして裁判を起こされた場合、スレインに勝ち目はない。
恋をするなと言ったのはスレインで、ネリスはその言葉に従って一切の間違いがないように魔女に頼ったのだから。今更愛し愛される夫婦となろう、と言われたところで無理なのだ。
勿論、スレインが魔女の元へ行き、ネリスから取り去った感情を返せと訴えても無意味だろう。
一度収穫した実を再び枝に括り付けたところで、育つどころか腐り落ちていくだけなのだから。
これから愛される努力をするにしても、スレインがどれだけ努力しようがゼロに何を掛けてもゼロのまま。
仮にこの契約を続けたとして、表向き理想の妻を演じてくれるだろうけれど。
だがそれは演技であるとスレインが知ってしまった以上、後に残されるのはどこまでも報われない虚しさだけだ。
結局スレインは、当初の予定通りに契約終了としてサインをするしかなかったのである。
両親を喪失した直後は、愛だの恋だのといったものに関わろうと思っていなかった。
むしろ現を抜かしていたならば、その隙に他家に足を引っ張られていた可能性が大きい。予定より早く当主となったが、やはり彼には荷が重すぎたのだ……なんて社交界で面白おかしく噂される事だって有り得た。
だから、戒める気持ちもあった。
状況がある程度落ち着くまでは、と。
ネリスを最初に見た時は、別に何とも思わなかった。利害の一致。ただそれだけ。
だからあの時、恋をしないようにと言えたのだ。自分が彼女を愛する事になるなんて想像もしていなかったから。
けれどもその結果、彼は愛し始めていた女性を失う事となったのである。
不可抗力で失った大切な身内と、自らの失態で失った愛する女性。
両親の事はいずれ気持ちを昇華できただろう。思っていた以上に突然だったから気持ちの整理に時間がかかりはしたけれど、それでもいつか乗り越える事はできたと思っている。
けれどネリスの事は。
最初から最後までスレインに原因があるのだ。
しかもそれを指摘されるまで気付けなかったという落ち度もある。
だからこそ、スレインは離縁した後かなりの期間中々気持ちを切り替えられずにふとした瞬間に思い出しては頭を抱えて嘆くのである。
スレイン・エシュター侯爵にとっての、人生最大の黒歴史であった。
一方のネリスはというと、役目を果たしたので意気揚々と生家のある領地へと帰還した。
帰りを待っていた家族に辛くはなかったかと聞かれたが、笑顔で首を横に振る。
大変だったけれど、期間が決まっていたからこそ辛くても乗り越える事ができたのだ。
スレインに対する想いを全て差し出した事も大きい。
もし彼に恋をしたとして、それをスレインが見逃してくれていたとしても。
もしそのまま契約を続けていたとしても、そうしたらきっとスレインは自分に対して好意を持たなかっただろうと思える。
そうすればやはり報われない想いを持て余して辛い気持ちになっていたかもしれない。
けれどそんなものは一切なかったから。
きっちりと割り切って役目を果たす事ができたのである。
ネリスを待っていた幼馴染は、家を継ぐわけじゃない。だからこそ騎士になるといって一時的に故郷を離れていたが、しかしこうして再会すればスレインと出会った時のようなドキドキする気持ちはないが、それでも胸の中で温かな気持ちが溢れるようで。
燃え盛るような愛も、激情に流されるような恋も、遠い果てを仰ぎ見るような憧れも何もないけれど。
それでもネリスにとってそれは愛だった。
スレインとの結婚は三年間と約束されていた。だからこそ、その先を思う事もなかったが、幼馴染は違う。
一時離れたとしても、それでもいずれどこかで再会し、そうして長い年月を共に歩んでいくのだと。
そう、漠然とネリスは思っていた。そんな未来が想像できた。
スレインとの未来は一切想像できなかったけれど。
ネリスを迎えに来た幼馴染は、ぐっ、と唇を引き結んでいたけれど。
それでもやがて何かを決意したように一歩、ネリスへと近づく。
ネリスも同じように幼馴染へ一歩、また一歩と近づいて――
そうしてどちらからともなく抱きしめあった。
「おかえり、ネリス」
泣きそうな声だった。
迷子が母親を見つけた時のようだな、なんてそんな風に思ってネリスは思わずうっすらと笑ってしまった。
けれども、存外心配性な幼馴染らしいと思ったからこそ。
「えぇ、ただいま。私、ちゃんと貴方の元へ帰ってきたわ」
背中に回していた手を少し伸ばして頭へ移動させて、ネリスは「よーしよーし」とまるで犬を撫でるかのような勢いで撫でまわす。
「犬じゃないんだが!?」
咄嗟に幼馴染が反論するも、ネリスを抱きしめる腕はそのままだったし距離を取る事もしないままで。
「知ってるわ、貴方は私にとって幼馴染で時々頼りになるお兄さんみたいで、でも手のかかる弟みたいで。
それから、これから先もずっといっしょにいてくれる旦那様になる人よ」
「……そこまで言われたら犬扱いも許してやるよ」
「まぁ欲張りね」
言って、ふと見上げる。
彼はネリスから視線を外さなかったし、だからこそ見上げた直後に二人の視線はばっちりと絡み合う。
見つめ合ったのはほんの一瞬で、直後に二人は笑っていた。
幼子のような、無邪気な笑みだった。
ネリスと幼馴染は昔から家族同然だと思ってるので、家族愛はあっても恋人とかに持つような愛は持っていません現時点。
多分そのうち結婚してからじわじわ遅れてやってくる。それで周囲から「今頃!?」って突っ込まれる。
ネリスがスレインに持っていた感情は恋というよりは憧れが大きかったけど、そのまま持ち続けていたら恋に変わっていたかもしれない。薄々それを察していたからネリスは手放す事を躊躇わなかった。
次回短編予告
婚約者を奪われた令嬢の、負け惜しみにもならない話。
次回 しがない男爵令嬢なので社交でどうにかするまではしていません
よくある略奪の逆パターン的なやつ。




