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帰還2日目:君臨

 さて。

 国王や、フラクタリアの中枢を担う人物らが集まって、麻薬をくゆらせている。

 ……この状況を前にしたマリーリアは、3秒ほど考えてから、ぱん、と手を打った。

「ここで埋めちゃってもいいけれど、折角だし、ちゃんと出しましょ。さあ皆!ここに居る人達を拘束して、運び出して頂戴な!」

 容赦のないマリーリアではあるが、ここで民衆の同意も得ずに国王を廃してしまうのもよろしくない、と判断した。国民には、国王がここで何をしていたかをきっちり説明した上で、この者を処刑するなり何なりしなければ。

 ……そう。処刑を、考えるべきなのだ。

「この国、やっぱりあなたには任せておけないわねえ」

 正常な判断を下せない者を、国の頂点に君臨させておくわけにはいかない。

 マリーリアは改めて、それを思うのである。




 国王達は拘束されて、運ばれた。運ばれる間ずっと、抵抗していたが……そんな煩さも気にせず、マリーリアは国王を連れて玉座の間まで戻ってくる。

「さて、換気換気、と……。さあ、窓を開けて!バルコニーに続く窓を全部開けちゃえば、それなりに風が通るはずよ!」

 続いて、アイアンゴーレム達に大窓を開けさせれば、ふわり、と風が入ってきた。

 同時に、美しい風景が見える。

「……綺麗ねえ」

 国王達が喚き、暴れる横で、マリーリアは暫し、時を忘れた。

 開け放たれた大窓から見えるのは、夕暮れる空。杏色の優しい光の中、フラクタリア王都の街並みが、長く影を落として佇んでいる。

 また、人々の声が聞こえてくる。国王へ向けた怒声に罵声に……決して上品ではないが、確かに力強さが感じられる声だ。この国に未だ燃え尽きず残っていた、生命の灯火のようにも思えた。

 どこか、風が少々焦げ臭いのは、暴動の中でどこかに火でも付いたのだろうか。まあ、大規模になっていないならそれでいい。幸い、城門の外にはいくらかアイアンゴーレムを残してある。火事が酷いようなら彼らが対処してくれるはずだ。

「……フラクタリア、だわ」

 マリーリアは改めて、愛しい祖国の存在を感じる。長らく離れていたそれらが、今は只々美しく、只々懐かしく見えた。




 さて。

 いつまでも感傷に浸ってはいられない。美しく愛しき祖国のためにも、祖国に蔓延る悪は、滅さねばならないのだ。

「さあ、国王陛下……そろそろお話しできるかしらぁ?」

 マリーリアは、すっかり拘束された国王の様子を見る。

 ……先程まで地下で麻薬と思しきものを燻らせていた彼らは、新鮮な空気を吸って、少々放っておかれたことによって、少しばかりは理性を取り戻したらしかった。

「き、貴様……一体、何者だ……」

「えっ、やだぁー、陛下、まさか、ご自分で叙勲しておきながら敵国の要請に従って島流しを決めた相手の顔もお忘れになったのかしらぁ……」

 王は、マリーリアのことが分からなかったらしい。これにマリーリアは少なからずがっかりする。せめて、国王にも覚悟と責任感があったなら、よかったのに。……敵国に媚を売るために自国の英雄を殺す判断を下したのだ。相応に事の重さを分かった上で、その選択を採っていたなら、まだ、よかったのに。

 マリーリアは最早、被害者として加害者をなじる気持ちにはならない。ただ、一国民として、国王の政治がドヘタクソなことについて、深く失望するばかりである。

 であるからして、排除しなければならない。

 祖国フラクタリアを滅ぼさんとする害虫を、必ずや。




「私はマリーリア・オーディール・ティフォン。覚えてらして?」

 マリーリアが一歩前に進み出る。国王からは、大窓を背にしたマリーリアの顔が逆光でよく見えないかもしれない。だが、マリーリアからは、恐怖した国王の顔がよく見える。ついでに、国王が何かを思い出したような顔をしたのも、よく見えたのだ。

「く、くそ……何が望みだ!何故、このようなことをする!?」

 国王が後ずさろうとする。だが、しっかり拘束された体ではそれも難しいのだろう。結果、芋虫か何かのように蠢くことしかできない。

「そうねえ、望みは……愛する祖国が平穏であること、かしらぁ」

 マリーリアはそんな国王にまた一歩近づいて、国王を見下ろした。

「へ、平穏だと!?それを貴様が破壊しておいて、何を言う!この悪魔め!」

 顔を上げてマリーリアを睨み、罵る国王の顔は、恐怖と焦りと……そしてやはり、狂気によってやつれ果てている。痩せこけた頬も、何本か抜けているらしい歯も、血走って濁った眼も……それらのどれもが、正気で真っ当な人間には見えない。

「……私が平穏を破壊する悪魔だから、処刑をお決めになったの?」

「当然だ!ああ、神よ、我らに安寧を、平和を……この悪魔に、報いを……」

 王が祈っているその言葉も、どこか呪詛めいて聞こえる。正気ではない人間が祈ったところで、神は聞き届けないように思われた。

「何もせずに全員で平和に生き延びることなんて、不可能よ。祈ったって、そんなものは手に入らない。だって、全員が平和を望んでいるわけではないのだもの。ついでに、平和を望んでいるけれど平和を齎す能力が無い者、っていうのも、居るわねぇ。あなたみたいに」

「わ、私はただ、ただ平和に人々が生きられるようにと……!」

「その結果、多くの人が死んだわねぇ」

 開け放たれた大窓から、ふわり、と風が入ってくる。秋の、冷たい風だ。その風に懐かしさと愛おしさを覚えながら、マリーリアは薄く笑う。

「本当に平和な世界を生み出したいのなら……平和を望まない野蛮な連中に『平和を望ませなきゃいけない』んじゃないかしらぁ」

「平和を……望ませ、る……?」

「ええ。他者の考えを変えたい時、どうすればいいかは単純よね」

 笑って、国王を見下ろす。国王はきょとんとしていたが、すぐ、合点がいったように頷いた。

「ああ、当然、話し合って……」

「いいえ。殴って黙らせるのよぉ」

 が、マリーリアはそう言えば、国王は呆気にとられたように固まってしまったのだった!


 マリーリアはころころと笑った。随分と愚かしい返答ばかりが来るものだから、いっそ、おかしかったのである。

「話し合って、どうするの?『我が国に侵攻するな』っていう意見と、『貴国に侵攻したい』っていう意見を、どう擦り合わせるの?」

「そんなものはどうとでもなるだろう!貿易の条件の緩和であったり、資源の融通であったり……相手の国の要望を別の形で満たせれば……」

「そうやって、何でも言うことを聞くの?『殴るぞ』って言われたら、殴られないために何までなら出すのかしら。それで、出せなくなったらその時にはどうなさるおつもり?それとも、『やめて!』って言えば何でもやめてくれる?でも、そうはならなかったでしょう?」

 ずい、と国王に近付いて、マリーリアはにっこりと笑う。笑うしかない。

「だったら、殴って言うことを聞かせるしかないのよ。相手は獣なんですもの」

 少しばかり、国王からの反論を期待していなかったでもない。だが、国王はマリーリアの期待を悉く裏切る。

「或いは、それじゃあ野蛮であんまりだっていうのなら……相手をゴーレムにしちゃう、っていうのもいいと思うの。ちゃんと言うことを聞いてもらえれば、平和だわぁ。そうねぇ、さしずめ、今のあなたみたいに。……麻薬で動く、体のいい操り人形よね」

 バルトリアの操り人形たる国王は、最早、人間ではない。王としては勿論、人としての道すら踏み外した者達には、それ相応の末路が似合いである。

「ち、違う……麻薬だなどと、そんなことは……」

「まあ、最初はそう言われたのかもしれないけれど。でも、途中で気づいていたでしょう?或いは、本当に気づいていなかったとしたら、それこそあなたがここに居ちゃいけない理由になると思うわぁ」

 国王は何か、弁明か何かのために口を開いた。だが……もう、マリーリアは気が済んだ。

 そう。気が済んだのだ。

 臣下たるマリーリアを裏切り、島流しにした王からは、聞きたいことは聞けなかった。

 何か考えがあって愚かしく見える行動を取っていたのではないか、と淡く期待しないでもなかったが、そんなことはなかった。

 ……ならば、もう、これで終わりでよいのである。


「あなた達の死体も灰にして、粘土に練り込んで焼き上げて、ゴーレムにしてあげるわね」

「し、死体?ゴーレム?な、何を言って……」

 マリーリアはにっこり笑って……アイアンゴーレム達を振り返った。

「やれ」




 ……ということで。

「みんなー!王の首よー!」

 マリーリアは玉座の間のバルコニーへ出て、城門の前に居る民衆へ手を振った。

 ……途端、民衆はしん、と静まり返り……その直後、わっ、と湧き上がるのだった!




『マリーリア様!』『マリーリア様!』『救国の聖女様!』『いや、女神様の到来だ!』と、民衆がマリーリアを讃え、ずっと待ち望んでいた光景を喜ぶ。

 皆が喜んでいる。

 マリーリアに良くしてくれたパン屋のおばさんも、マリーリアが広場で遊んだ子供達も。そして、大切な仲間達……共に戦ってきた騎士達もまた、喜びの声を上げていた。

 マリーリアはそんな光景を眺めて、にっこり笑って手を振る。

 ……帰還をこれほど喜んでもらえるのだから、嬉しいことだ。こういう風に、誰かに必要とされて、居ることで誰かに喜んでもらえる。それは嬉しいことだ。マリーリアは、そう思う。


 ……だが。

『マリーリア様!』の声の中に、『聖女様!』や『女神様!』が混ざるのは、まあ、まだいい。マリーリアは『皆、酔っぱらってるのねえ』と思うくらいであったので。

 だが……『女王陛下!』が混ざってくると、流石のマリーリアも、『あらぁ……?』と思うようになってきた。

 マリーリアが内心で戸惑っていると、その内、『女王陛下!』『あなたこそがフラクタリアの王です!』『英雄が王になるべきだ!』と、声が大きくなってくる

 ……いよいよ無視できない声の数々に、マリーリアは戸惑う。

 だが、マリーリアは同時に、思うのだ。

『これ、多分もうダメだわぁー』と。




「……皆!」

 ということで、マリーリアは声を上げる。途端に静まり返る民衆を見て、マリーリアは『ゴーレムみたい……』と何とも言えない感想を抱くが、今はそれどころではないのだ。

「私、皆のおかげでフラクタリアへ帰ってこられたわ。島流しになった者を温かく迎え入れてくれて、どうもありがとう」

 マリーリアはまず、皆に礼を言った。ドレスの裾をつまんで、優雅に深く、一礼する。その優雅で慎ましやかな姿に、民衆からは『素晴らしいお方だ』『ああ、なんと美しい……』と声が漏れる。

「それから、私が居ない間、この国を守ってくれてありがとう。あなた達が居てくれたから、この国は……フラクタリアは、まだ、こうして生きているわぁ」

 重なる礼に、騎士達が涙を流す。彼らの苦労が、ようやく今、完全に報われたのだ。腐っていく国の中で足掻き、海賊にまで身を堕としたことは、決して無駄ではなかった。

「バルトリアは滅したわ。バルトリアの死霊術に操られた、死霊の兵士達も皆消えた。だから当面、フラクタリアは大丈夫よ」

 マリーリアの宣言に、民衆が湧く。実際にバルトリアの兵士が目の前で塵となる様子を見ていた者も多いこの場では、『やはりあれはマリーリア様のおかげだったのだ!』『聖女の浄化の力だ!』と、あることないこと囁かれ始める。


 ……そして。

「……でも、次にまた、こんなことが無いように……王を失ったこの国を、立て直していかなきゃいけないわ」

 マリーリアは少々緊張しながらも、それを全く表に出さず、にっこり笑って、言った。

「だから私……王になろうと思うのだけれど、皆はそれを、認めてくれるかしら」




 ……途端、民衆が歓喜に湧いた。

『女王マリーリア!』『新たなる王マリーリア!』と、あちこちから声が上がる。

 マリーリアはそれらを見渡しながら、『あああー、やっちゃったわぁー……』と思っていたが、相変わらず、理性は『あきらめましょ。うふふ』と遠い目で微笑むばかりであったので……マリーリアはにっこり笑って、民衆へ手を振るのであった!

次回最終回です。

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― 新着の感想 ―
「やれ」 ってところが!マリーリアさん!!今までほわほわとお喋りしてたマリーリアさんが、国を守れって叙勲された軍人さんとしての最後の大将首をとるお仕事がこの言葉なんだとしたら!もうもう!マリーリアさま…
[一言] 話し合いで解決出来なければ、あとは戦争しかないって聞いたことがありますね。 やはり暴力、暴力は全てを解決する!
[良い点] 国民に是非を問う前に国王が首(物理)になってる(笑)
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