帰還1日目:土器
「えーと、まずは国王陛下の魂が残っていそうなものをできる限り灰にすることになるけれど……」
マリーリアは、出来上がったばかりの炉と、バルトリア国王の首から下の死体とを見て、にっこり笑った。
「とりあえず、身ぐるみ剥ぎましょ」
死体の服を脱がせて、それを燃やしていく。それは、国王の血液が染み込んでいるからである。既に零れてしまった分はともかく、まだ燃やせる分はすべて燃やしておきたい。
「うんうん。炉は良い調子だわぁー」
煉瓦や石材を積み上げ、隙間を粘土で埋めて作った炉は、仮拵えながらきちんと機能していた。煙突効果によって、炉の下部から空気を吸い込み、その先で火格子の上の薪を轟轟と燃やし、更にその上に放り込まれた国王の衣類がどんどんと燃えていく。
「これは回収ね」
装飾品の類は、全て回収した。それは勿論、それらが魔石で作られているからである。
「ふふ、こんなに上質な魔石だもの。一式身に付けたら、国中に死霊術を行き渡らせることだってできちゃうわよね」
「くそ、返せ!」
「やだぁー、返すわけないじゃない。これはもらっておくわぁ。いずれ、また島を移動させたくなることがあると思うし……その時にコレがあったら、便利だもの」
バルトリアを支配していた魔力をほとんどそっくりそのまま手に入れられるのだから、マリーリアとしては見逃す手は無い。そうして、生首がとんでもない形相をしている前で、次々に魔石を回収していく。身ぐるみを剥ぐ意義がここにあるのだ!
……と、ここまでは順調であったが。
「やだぁー、剥いておいてなんだけど、見苦しいわねえ……」
……国王の死体が、全裸になるという事故が発生している。まあ、起こるべくして起こった事故だが。
「き、貴様……許さん!許さんぞ!」
「私だって許したくないわぁ、こんな見苦しいもの……」
生首がいよいよ怒り狂っていたが、マリーリアはため息を吐いて、ジェードに命じた。
「じゃあジェード。手始めにそこの見苦しいものをちょん切って火にくべておしまいなさいな」
……ということで、生首がいよいよ悲痛な表情になっている前で、炉は炎を上げ、そして、国王の死体の一部が早速、灰になった。
「よく考えたら、この死体、死体なのに生殖能力はあった、っていうことよねぇ?それとも、世継ぎができてから殺して死霊にしてたのかしらぁ……?うーん、もうちょっと色々試してから論文にまとめた方が、後世の死霊術の発展に繋がったかも……」
そしてマリーリアが呟く横で、ジェードは粛々と、国王の死体を切り分けては炉に放り込んでいく。
一晩放置した死体は、血もそれなりに固まっており、切った端から血が溢れ出るようなことも無い。よって、死体を切り分けても燃やすのが簡単なのである!
炉にはどんどんと死体と薪がくべられる。定期的に灰が掻き出され、それらは粘土に混ぜられ、捏ねられていく。
徐々に暮れなずむバルトリアの空を焦がすように、炉の炎は高く高く燃え、そして……。
「……ああ、やっぱりあったのね?」
マリーリアは、ジェードが差し出してきたものを見て、にっこりと笑った。
「だと思ったのよ。魔石も無しに、こんなに大規模な死霊術は使えないもの」
……それは、国王の腹を裂いて取り出した、魔石の数々であった。
「それは……!」
「ええ。魔石ね。きっと、あなたが死霊術を使うための」
マリーリアは、取り出された魔石を水で洗って綺麗にすると、それを握ってみた。魔力の強さを感じる。それも、かなり上質な。
「とっても上等なやつだわぁ。確かに、緊急時にもこれさえ常に持っていれば、何とか切り抜けられる状況は多そう」
魔石を手にしたマリーリアは、にっこり笑って炎の中の生首を見つめる。
「今、あなたが燃やされても燃やされても何度も再生しているのも、これのおかげなのかもね」
生首は目を見開き、震えているようであった。まあ、震えなど、炎に掻き消されてよく分からないのだが。
「じゃあ、これも貰っておくわね」
「やめろ!」
生首の叫びを無視して、マリーリアは魔石を握り込む。……すると。
「ああ、再生を維持できなくなったのね」
魔石をマリーリアのものにすると同時、生首は絶叫を上げて、燃え尽きていく。魔石によってなんとか保たれていた魔法が、維持できなくなったのだ。
「うふふ。これで灰になってくれるかしらぁ」
マリーリアはにこにこしながら、燃える生首を見つめていた。
そしてその傍らでは、『練り込むぞ!』とばかり、捏ねた粘土を持ってそわそわと待つゴーレム達が待機しているのであった!
そうして一夜明けた、帰還2日目の朝。
「おはよう!さあ、今朝も元気にやっていきましょうね!」
マリーリアは王城から持ち出してきたふかふかベッドの上で目を覚まし、それからにっこり笑って、ゴーレム達に指示を出す。
……マリーリアは炉に火をくべ、そこにしっかりと薪を足すと……昨日、出来上がったテラコッタゴーレムの部品を立てかけて、乾かしていく。
できれば、さっさと焼いてしまいたいのだが……乾燥が甘いと、土器はすぐ割れてしまう。なら、今日の昼過ぎくらいまでこうして炉の傍で乾かしておいて、持ち運べるくらいに乾いたら、これらを持ってフラクタリアに帰りたいところである。
マリーリアは『皆が待ってるものね』とにっこり笑って、早速、昼過ぎまでの時間を有効に利用すべく、動き出すのであった。
「聞け!バルトリアの王は死んだ!」
……ということで、マリーリアは早速、バルトリアの城のバルコニーから、声を張り上げていた。
「逃げ出すならさっさと逃げ出せ!残る者は同胞として受け入れる!ただし、当面の間は監視が付くものと思え!」
一応、生き残った民も居たようである。つまり、死霊術に操られる死体ではなく、島ゴーレムの侵攻でも運よく死ななかった類のものが。
だが、彼らもマリーリアと戦う気には、もう、なれないようだった。マリーリアの言葉に戸惑い、或いは涙を流しながら……荷物をまとめるか、『ま、マリーリア様万歳!』と叫ぶか、いずれかであった。
マリーリアはそんな民衆の様子を見てにっこり笑うと、バルトリアにアイアンゴーレムを100ほど置いていくことにする。『攻め落とすだけ攻め落として放っておくのは無責任だものねえ』という思いは、マリーリアにもあるのだ。
……ということで、昼過ぎ。
「じゃあ、行ってくるわぁ。皆、留守の間はよろしくね」
マリーリアは残るアイアンゴーレム達に留守を任せると、フラクタリアへと急ぐのであった。
……フラクタリアでは大いに混乱が生じていた。
それもそのはずである。『なんか急に人が死んだ!』ともなれば、混乱も1つや2つ……10や20は、簡単に起こる。
要は、バルトリア国王がいよいよ死んだことによって、死霊術が維持されなくなり……フラクタリアに送り込まれていたスパイも兵士も、全てが死ぬことになったのだ。
これに最も驚いたのは、丁度、その兵士達に襲われていたフラクタリアの民であった。
丁度、何も理由も分からないまま襲い掛かられ、必死に逃げ回っていたというのに……自分達を追い回していたバルトリアの兵士達は、皆が倒れ、すぐさま朽ちてった。
灰になって消えていくゾンビの数々を見て、フラクタリアの皆が『ああ、バルトリアからは、これだけの数の死霊が送り込まれていたのだ!』と思い知ることになったのである。
……となると、一夜明けて落ち着いた丁度今。
フラクタリアの民は……城門の前で、声を上げていた。
「国王を出せ!」
「バルトリアにまんまと侵攻されやがって!」
「許さねえぞ!」
……フラクタリアでは、暴動が起きている!
これらを先導しているのは、騎士達であった。シリル・エレジアン達、つい昨日まで海賊だった者達も混ざって、王城の門をバンバン叩いている。
だが、彼らのそんな行動は、止まることになるのだ。
「あ、あれは……!」
……それは、王城に立てこもる王家や重臣らによるものではない。もっと、外からもたらされるもの……海の方からやってくるものだ。
「マリーリア様!?」
……マリーリアが再び起動させた島ゴーレムが、しずしず、と、海をすり足でやってきたのである!
こうして、マリーリアは祖国へ帰ってきた。




