帰還1日目:反撃開始
ということで。
マリーリアはシリルが未だにぐすんぐすんとやっているのを見てくすくす笑いつつ、早速、ゴーレムを操作する。
……島ゴーレムは、残念ながら、完全に自律して動いてくれるようにはならなかった。常にマリーリアが意識を注いでやらないと、動かすことができないのである。
だが、これはこれでいい。下手にこの大きさのゴーレムが動いてしまったら、それだけで周囲の生き物が死にかねないので!
さて。
シリルの話を聞く限り、猶予は無い。むしろ、今、よくぞ今、ここへ帰ってこれたものだ。なんとか間に合うその際に戻ってこられたのだから、幸運が幸運を呼んでいるような状態である!
「えーと……じゃあ、まずはあなた達の船を避難させるわぁー。よっこいしょっと」
折角掴み取った希望を潰さないためにも、マリーリアは急いだ。まずは、シリルが乗っていた船を島ゴーレムで抱き上げた。
……よいしょ、とやれば、簡単に船が持ち上がった。それはそうである。島ゴーレムからしてみれば、この程度の船ならば片手に乗る大きさなのだから!ということで、マリーリアは専ら、『うっかり握り潰しそうで怖いわぁー……』という思いを抱えながら船を持ち上げることになった!
「じゃあ、あなた達は肩にでも乗っていて頂戴な」
そうして、持ち上げた船は島ゴーレムの肩に乗った。頑健すぎる肩の上にそっと乗せられた船は、そこでしっかり安定してしまった。……まあ、島ゴーレムの肩はものすごく広いので……。
「それで……えーと、ちょっと動いたらそれだけでなんとかできそうな気もするけれど。どうしようかしらぁー」
マリーリアはにこにこと笑いながら、迫りくるバルトリアの船を見据える。
……向こうにもこちらが見えているだろう。そして、船の速度が落ちたところを見ると、どうも、こちらを警戒しているようである。
だがもう遅い。マリーリアは、奴らが警戒しようが……今すぐ逃げ出そうが、今更逃がしてやる気など無いのだ!
「じゃ、ちょっと動くわよ。皆、しっかり掴まってて頂戴なー!」
マリーリアの指示は、ゴーレムの頭の上から肩の上まで……海賊船に乗っていた仲間達にまで伝えられる。ゴーレムの肩では、海賊達が『マリーリア様!?』『マリーリア様だ!』『ああ、神よ……いや、マリーリア様よ!』と歓喜の声を上げていたが、マリーリアはそれに手を振ってやってから……早速、動く。
「……またすり足ね」
……そう。
このゴーレム。マリーリアが上に乗って進むのであれば……あんまり下手に動けないのである。下手に跳んだり跳ねたりすると、それだけで、巨体の上に居るマリーリア達が吹き飛びかねないので!
すりすりすり、とすり足で進む巨大なゴーレムは、間違いなくバルトリアの船を怯えさせた。
船はいよいよ引き返そうとしていたが……そんな船よりも、島ゴーレムのすり足の方が速いのである!
「よーし。沈めちゃうわよ。えいっ」
……そして、船の内の一隻に追いついたマリーリアは、ひょい、とゴーレムの手を伸ばして……バルトリアの船を掴み、そのまま海の底へと沈めるのだった!
一隻、沈んだ。あっという間である。マリーリアは『やっぱり大きいってそれだけでもう強いのねえ……』としみじみ思いつつ、更に進撃していく。
「じゃあ、次も。よいしょ」
次の船は、掴んでそのまま握り潰す。そして島ゴーレムの手に残ったものは全て海の中へ沈めていった。
「次……あっ、また一隻、勝手に沈んだわぁー」
……島ゴーレムがざぶざぶと手を海に突っ込んでいるものだから、そこで起きた波が周囲の船を転覆させていた!やっぱり、大きいということは強いということなのである!
……そうして。
「よし。全部沈んだわね」
マリーリアがにっこり笑う中、バルトリアの船は全て沈んだ。或いは粉砕された。
当然、そこに乗っていた者達も全て沈むか……徹底的に潰されるか。いずれにせよ、回収して再びゾンビとして戦わせるのは難しいであろう、という程度には損傷させたので、これでよし、である。
「おお、マリーリア様……!なんということだ、俺達は神話の一幕を見ているのか……!?」
そしてマリーリアの傍では、シリルが唖然としながらも歓喜に瞳を輝かせ、ついでに涙を零していた。色々と感情と実感が追い付かないらしい。
「ほら、シリル。あんまり泣いたら干からびちゃうわよ」
なので、シリルの目元に、むにょ、とスライムを押し当てておく。スライムが余分な涙を吸収してくれるのだ。あと、ひんやりして気持ちいいのである!
「さあ、シリル。すぐ動くわよ。しっかり掴まっていてね」
「は、はい!マリーリア様!」
スライムを目元でもちもちやりながら、シリルは元気に返事をしてきた。なのでマリーリアは同じことを船の仲間達にも伝え……それから、ゴーレムを動かしていく。
すりすり、とすり足で進む島ゴーレム。その行き先は……当然、バルトリアである。
さて。島ゴーレムの移動中に、マリーリアは元騎士達の船を島ゴーレムの頭の上に持ってきて、そこでようやく、彼らと直接再会することができた。
彼らは皆、マリーリアとの再会に涙し、そして祈りを捧げていた。……マリーリアは、『……あらぁ?私との再会を神に感謝してくれているのかしら。皆、2年位前なら神なんかいない!なんて言ってたのに。いつのまにかすっかり敬虔になっちゃって……うふふ』とこれを見ていた。
が、彼らは神ではなくマリーリアに祈りを捧げているのである!なのにマリーリアには、信仰されている自覚は無いのであった!
「さて。じゃあ、皆。よく聞いて頂戴ね。これから私はゴーレムを率いてバルトリアへ向かうわ。だからその間、フラクタリアはあなた達に任せることになるけれど、いいかしら」
皆の信仰を一身に集めているマリーリアは、そんなことになっているとは露ほども知らないままに作戦を伝達していく。
まずは、フラクタリアに寄って、そこで騎士達を降ろす。騎士達には、民の避難や暴動の鎮圧を担当してもらう。そのあたりは、大雑把な島ゴーレムには決して成し得ないので!
そして……その間に、マリーリアはバルトリアを踏み躙ってくる。
……そう。文字通り、だ。文字通り、踏み躙るのだ。この、島ゴーレムで!
「多分、バルトリアを制圧するのにそこまで時間はかからないと思うのよね。すぐに戻ってくるから、その間はなんとか、持ち堪えて頂戴な」
島ゴーレムで踏んづければ、大抵のものを破壊することができる。それは、幾多の魂を操る死霊術師が相手であっても同じこと。……何せ、奴は死体でなければ操れない。挽肉と化した者達を死霊の兵士達に変えることなど、できないのだ!
「そんな……危険です、マリーリア様!」
「どうか、我らもバルトリアへお連れください!捨て駒として使って頂いても結構です!」
だが、マリーリアが単身バルトリアへ乗り込む、ということについては、やはり危惧する声が多かった。とはいえ、マリーリアもここで退く気はない。
「えええ……それは嫌よぉ、私、皆とまたお話ししたくて戻ってきたのに。皆を死なせるわけにはいかないわぁ。それに、バルトリアは……どうも、死者を操ることで無限の兵力を手に入れているようなの。だから、私情を一切抜きにしたって、あなた達を捨て駒なんかにはできないわ」
バルトリアと戦うということは、例の死霊術師と戦うということだ。だから、死ぬ可能性のある人間は連れて行けない。そういうことである。
「バルトリアの死霊術師は私がやるわ。だからその間、フラクタリアにはあなた達の力が必要よ。ね?」
……そしてやはり、ここはフラクタリアの守りを固めてほしいのだ。バルトリアを滅ぼす間にフラクタリアにまで滅びられたらたまったものではない!
そして、新しく死体が増えれば増えるほど、厄介なのだ。やはり、フラクタリアに騎士を投入したいところである。
「……分かりました、マリーリア様」
マリーリアの説得は、騎士達をすんなりと納得させた。
元々、役割を与えればその通りに動いてくれる者達だ。マリーリアはほっとした。
が。
「ではどうか、我らに祝福を」
……そう言われてしまうと、困るのである!
「いつかの戦いでそうしてくださったように、我らに祝福をお授けください!」
「あれがあれば、我らは幾らでも戦えます!マリーリア様のようにはいかずとも、それでも、1人で5人は敵を討ち取ってみせましょう!」
すっかり騎士の顔に戻った彼らがそう口々に言うのを聞いて、マリーリアはにっこりと微笑みながら内心で『……祝福?』と首を傾げていたが、まあ、すぐにその正体に思い当たる。
「そうね。当然、そうするわぁ。……でも、敵を討ち取ってほしいからじゃないのよ。皆に、無事で居てほしいからそうするの。それを忘れないでね」
……要は、ゴーレム化である!マリーリアが彼らの鎧をゴーレムにしていたのを、彼らは『祝福』だと勘違いしているのだ!マリーリアは内心で『どうしてこうなったのかしらぁ』と思いつつも、顔はしっかり、優雅に微笑んでおいた。
「……ところで、あれ、別に祝福ってわけじゃないのよ?鎧を強化してるだけっていうか……」
一応、訂正もしてみる。『祝福』とは一体何事だ、ということで。だが。
「いいえ!あれこそが正に祝福です!」
「マリーリア様!あなたは今、フラクタリア国内で『救国の聖女』と名高いんですよ!」
「俺達も鼻が高いです!へへへ」
……騎士達がそんなことを言ってにこにこしているものだから、マリーリアは『あらぁー……』と漏らして、ただ、空を仰ぐことになる。
いつのまにやら、フラクタリアは随分と……随分と、なんか、こう、変わったようである。
マリーリアは困惑しているが、その横顔すらなんとなく神々しく見えるので、騎士達は益々マリーリアを崇めるようになってしまう。
ずっとずっと憧れ、敬愛していた存在にやっと再会できた、という興奮が、彼らをより熱心な信心へと駆り立てていくのだが……マリーリアは、『どうしたものかしらぁ……』と困るばかりだ!
……だが、マリーリアはもうさっさと諦めることにした。諦めの早さが、マリーリアの長所の1つである。
「……そうねぇ」
なのでマリーリアは、さっさと諦めて……マリーリアの内心など知らない騎士達に向けて、にっこり笑った。
「私達の手で、フラクタリアを救いましょうね」
自分が『救国の聖女』だというのなら、それはそれでいいかもしれない。間違いなく、国王への意趣返しにはなるだろうし、国王の周辺はマリーリアを見て顔を顰めてくれることだろう。
だってマリーリアは、どうせ国王に島流しのお礼をしなければならないので……。
「楽しみだわぁー」
マリーリアはその時のことを思って、にっこりと微笑むのだった!




