島流し326日目:開拓*2
索道とは、崖から崖へ、或いは川の向こうとこちら、更に或いは山の斜面などにロープを渡して、そこに縛り付けた荷物をロープの巻き取りによって運搬する、というような道具である。
ロープを輪になるように渡せば、同時に両方向への運搬が可能だ。また、ロープの強度を上げていけば、人を運搬することも十分に可能になる。
……今回、運搬が必要になるのは、主にこの廃墟と拠点、そして鉄穴流しの現場と拠点、といった線上である。それらは全て、高度の異なる地点同士であるので、まあ、ロープに錘を付けて滑車伝いにロープを動かせば、巻き取りの労力無しに運搬が可能である。
荷車を運用することも考えたが、山道を整備して車が通れるようにするよりは、索道を通してしまった方が楽であろう、と踏んだ。
無論、索道を作るための資材として、『頑丈なロープ』が大量に必要になるので、それが非常に重いのだが……それは、この廃墟のおかげで、多少緩和されそうなのである。
「えーと、多分、こっちの方ね」
マリーリアは、廃墟の中を進んでいく。この広い廃墟は、未だに全てを探索しきれたわけではないが……それでも、ある程度の見当は付くのだ。
「あっ、やっぱり!」
……そしてマリーリアは、目当てのものを見つけた。それは……鉄を細く延ばして作った細い細い針金を、幾本も撚り合わせて作った鉄線であった。
「絶対にあると思ったわぁー。だって、ちょっと離れたところに鉱山とその仮拠点があったんだもの!」
その鉄線は、壊れかけの滑車とそれを支える柱に引っかかって、すっかり錆び付いていた。だが……その近くの家屋の中を探してみれば、案の定、状態の良いものが2巻見つかったのである。
「うふふ、当時の人達もこれで索道を作っていたのねえ……。後は、多分、この谷へ降りるための崖のどこかに鎖が打ち付けてあると思うのよねえ。それ回収して炉に入れちゃいましょ」
……索道、というものは、さして新しいものでもない。100年前にこのような町を築けたものであるならば、必ずや、鉱山とこの町とを繋ぐ索道を造っていただろうと考えて探してみたが、その勘は当たっていたようだ。
「他にも鉄屑があったらどんどん炉に入れちゃいましょ。うふふふ……」
この町にある鉄のほとんど全てが錆びて朽ちている訳だが、それでも炉に入れてしまえば何とかなるのだ。炉に入れられた鉄は、たっぷりの炎や炭によってその錆を取り払われ、強く美しい鉄へと変貌を遂げるのだ。
「……となると、溶鉱炉だけはこの町に新設しちゃった方がいいかもね。砂鉄とは色々と勝手が違うと思うし、混ぜちゃうのは、ねえ……」
マリーリアはそんなことを考え、ひとまず、純粋な鉄を生み出すため、溶鉱炉と炭焼き窯を建設することにした。
……廃墟がマリーリアの手によって次第に改造されていくが、まあ、これは仕方のないことである。100年ほど前の人々がどう思うかはさておき、死人には諸々の権利が無いのだから!
マリーリアはすぐさま、溶鉱炉の建設に取り掛かった。
切り立った崖から粘土を採ってきて、水場の水を汲み取ってきては粘土を水簸して不純物を取り除き、それを捏ね上げては積み上げて、炉を造っていく。
同時に、マリーリアの近くではアイアンゴーレムがざくざくと地面に穴を掘っており、そこは炭焼き窯になる予定である。
そのまま、アイアンゴーレム達に製鉄を命じておいて、マリーリアは早速、索道の設計に移る。
「貨物車をロープにぶら下げて、人も貨物も乗り込む方法で行くのがいいわよねえ」
マリーリアはそんなことを言いつつ、『どうしようかしらぁ』と、皮紙に図を描いていく。
「下りはともかく、上りの時にはロープを巻き取るか、貨物側が自力でロープを手繰るかしなきゃいけないのよねえー……。同じ高さ同士を繋ぐんだったら、もう一本ロープを渡しておいて、それを操縦者が手繰ればいいけれど……どうしようかしらぁ」
索道は、結局のところ、高所から低所ではなく、低所から高所への移動が問題となる。高所から低所へは重力に頼れば何とでもなり、後は減速装置だけなんとかしておけば済む話なのだが……。
「ロープに接する部分に車輪を付けて、その車輪を貨物車の中の車輪までロープで繋げて、貨物車の中の車輪にはペダルを付けて……足漕ぎ式でいけないかしらぁ。それとも、始点と終点とでロープの巻き取りをした方がいい?……そうなると人数が必要になると思うけれど、構造は単純に……あ、支柱のところどうしましょ」
マリーリアは、必要な資材と工期、運用するために必要な労働力などを考えて、うんうん唸る。
あちらを取ればこちらが立たない。マリーリアは『やだぁー、難しいわねえ、こういうの……』と頭を悩ませつつ……だが、案外楽しくそれらを進めていく。
やはり、目標が明確だと、楽しいのだ。やり甲斐がある。前に進んでいる感覚がある。
マリーリアは、『こういう悩みって贅沢よねえ』とにっこり笑いながら、楽しく設計図を描き起こしていくのであった。
そうして、島流し327日目。
「索道は、足漕ぎ式で進むものを作るわ。部品が多くて大変だけれど、頑張っていきましょうね」
マリーリアは、高度な索道を造ることを決め、それをゴーレム達に伝えるのだった!
さて、索道を造るとなったら必要なものが大量にある。
まずは、ロープ。
これは、元々あったワイヤーロープを参考と資材に変えて、新しく作る。
……拾ったワイヤーロープを使うのは、少々怖い。外見が何とも無くても、中で錆が生じている可能性もある。索道のロープは、貨物と命を預けることになる、文字通りの命綱だ。下手なものは使えない。
マリーリアは、索道用のワイヤーロープとして、植物の繊維を撚って作ったロープにワイヤーを巻き付けて撚り合わせたものを、更に撚り合わせていく……というものを使用することにした。
ワイヤーロープは心材に繊維を用いることで柔軟性が増し、結果、耐久性が増す。それでいて、それを複数本組み合わせていくことによって、更なる強度を実現していくのだ。
……尚、ワイヤーロープを作るにあたって、大きな糸車を複数作ることになった。
糸車はロープを撚り合わせるのにも便利である。また、鉄の糸に撚りをかける作業は、アイアンゴーレムやテラコッタゴーレムのつるつるした手指では難しく、マッドゴーレムでは錆の原因になってしまうのだ。ついでに、マリーリアがやろうとすると鉄線で指を切る可能性がある!
その点、撚りの部分を糸車で補えば、アイアンゴーレムやテラコッタゴーレムにもワイヤーロープを作れる。マリーリアとしても安心だ。
……マリーリアは、『索道のためのワイヤーロープのための糸車のための木材加工が必要、なのよねえ……。大きいものを造ろうとすると、工数が多いわぁー……』と遠い目をしていたが、仕方ない。これもきっと、周り周ってより早い帰還のためになるのだ!
索道に必要なものは、ワイヤーロープのみならず。当然、支柱も必要だ。
山の斜面に立てて、ロープを支えるための機構である。貨物が支柱を乗り越える時には、支柱のロープ支えの上を貨物の車が通るようにするのだ。
支柱は、できる限り頑丈そうな木材を使うことにした。表面を焼いて防腐加工した丸太をそのまま、支柱にするのである。
また、この支柱を立てるために必要となったのが、地図だ。
小さなアイアンゴーレムをワイバーンに乗せて飛ばして作らせた地図だが、これは索道の為にあるのだ。
索道を造るにあたって、地図は必須であった。どのように索道を引くかを決めるにあたって、地図の類が無ければその道筋を選ぶ手掛かりが何も得られなかったのだから。
「えーと、こっちが崖なのね。なら、できるだけこっちの方を通るようにしたいから……」
マリーリアは、ああでもないこうでもない、と考えながら、地図の写しにペンで線を書き込んでいく。
索道を効率よく通すべく、どこを通るかを決めていくのだ。この様子を周囲で見ているジェード達アイアンゴーレムは、ふんふん、と頷きながら、索道予定地をしっかり頭に叩き込んでくれている。なんと頼もしいゴーレム達であろうか!
……そうして、ゴーレム達がしっかり道筋を覚えてくれたところで。
「じゃあ、このあたりの木は全部伐採しましょ。伐採したものは、支柱にできそうなものは回収。それ以外は山の下に落としていくようにして、後で炭にしましょ」
マリーリアは、そう、指示を出したのであった!
「はーい、皆、気を付けてやって頂戴ね。いくらあなた達でも、倒木の下敷きになっちゃったらちょっと面倒よぉー?」
マリーリアは地図を見ながら、現場でアイアンゴーレム達に指示を出していく。すると、アイアンゴーレム達によって、どんどんと森が切り開かれて行くのである!アイアンゴーレム達が次々に動いて木を伐採していくので、作業はかなりの速度で進んでいく。何せ、アイアンゴーレム達は全くの疲れ知らずなのだ!
「……あっ。そっちにあるの、多分、魔物の巣だわぁー。はい、全員集合!突撃!中身、全部出しちゃって!」
……ついでに、マリーリアは容赦が無い。凄まじい速度で進んでいく作業に対して、全く恐れを知らない。決断が速く、指示がすぐに出る。よってアイアンゴーレム達は最大の速度で動くことができ……結果、島の斜面に一筋、綺麗に整備された部分が生じるまで、そう時間は掛からなかったのである!
さて。こうしてワイヤーロープができ、道ができ、徐々に支柱が立てられ……それでも必要なものは山ほどある。
貨物を乗せる貨車の上部、ワイヤーと接する点には車輪を取り付け、その車輪は貨車内部のペダルで回転できるようにする。そのためには滑車や歯車が必要になるのだ!
……だが、なんとかかんとか、マリーリアは『これでなんとかなるかしらぁ……』と模型を作って確かめつつ、貨車と索道を設計し、設計したものをアイアンゴーレムに頼んで作ってもらい、それを設置したり運搬したりすべく、小さなアイアンゴーレムが作ってくれた地図を元に考え……と、忙しく動いた。
やはり、地図があるというのは大きな違いである。マリーリアは『少し無理してでも、今までにこれをやっておけばよかったかも』と思わされる。
どうも、上空から確認したところ、この島には川が北と南に1本ずつ、そして北の川は途中で分岐して、北西に向かってまた一筋伸びている、ということだった。
つまり、鉄穴流しは3か所で行えそうである。マリーリアはこれを喜び、すぐさま、新たに生まれたアイアンゴーレム達を新たな鉄穴流しの場所へ移動させ、鉄穴流しのための溜め池の整備を開始させた。
もう少しアイアンゴーレムの数が増えてきたら、これらでも鉄穴流しを始める予定である。そうなれば、鉄の生産速度は単純計算で3倍だ。アイアンゴーレム100体がどんどん近づいてくる!
……寝食すら時々忘れかけるほどに、マリーリアは働いた。
何せ、アイアンゴーレムを100体揃えることについても、この島を脱出……否、この島を脱出せずとも祖国へ帰る手段についても、目途が立ってきたのだ。
今までの生活は、とにかく冬を越え、生き延びるために行ってきた部分が大きかった。アイアンゴーレムを生み出したのも、生活の支えにするためだった。特に、ジェードについてはその色が濃い。
……だが、今は、生きるために動いているのではない。更にその先、生存を前提とした、次なる目標……そのために動くことができている。
だからマリーリアは、楽しかったのだ。索道を造り、鉄を集め、一か所でまとめて製鉄し、まとめてアイアンゴーレムを量産していきつつ島の形を整え、そしていずれ、島をゴーレムにする……そんな目標に手が届きそうなところで、とても、楽しかったのだ。
……が、その楽しさがいけなかった。
寝食を忘れて働いていれば、当然、ガタが来るのが人体というものである。
「風邪ひいたわぁー……」
マリーリアは、風邪をひいた!




