島流し306日目:麗しの廃墟*2
ゾンビは死んだ。当然である。アイアンゴーレムが数体で動くまでも無かった。槍でざくざくと数度やれば、それだけでゾンビは倒れ、そしてそのまま塵になって消えた。
「……何だったのかしらぁ、今の」
マリーリアは遠い目をしながら、空を見上げた。
夕暮れの気配を感じさせるクリーム色の雲が、青空にふわふわと浮かんでいた。
完全に日が暮れてしまう前に、マリーリアは野営の準備を進めた。
「お邪魔しまーす……誰も居ないわね。よし」
ゴーレム達に続いて、比較的状態の良い家屋に侵入すれば、そこには誰も居なかった。当然である。当然なのだ。さっきのゾンビがおかしかったのである!
ゴーレム達にはジェードが指示を出したらしく、それぞれ、家の中や周辺を警戒し始めた。こうして自主的に安全を確認してくれるのだから、マリーリアとしてはありがたい限りである。
「はあ……中々、変な状況だわぁ」
マリーリアは早速、荷物を下ろして一息つく。簡易ベッドの組み立てはゴーレム達がやってくれるので、マリーリアにはやることが無くなった。なのでマリーリアは、思案することになる。
「……とりあえず、この島にある魔法の気配の内の1つは、分かったけれど」
マリーリアが考えるのは、先程のゾンビのこと。そして……あのゾンビの様子から分かる、この島の状況である。
「この島、死霊術で縛られてるわぁ」
……そう。この島には奇妙なことに、死霊術が停滞している。
死霊術、というのは、その名の通り、死者を操る術のことだ。
……とはいえ、その細部は多岐に渡る。マリーリアのゴーレム使役よりも、ずっとずっと複雑な体系を持つ魔法なのだ。
まず、もっとも有名なものは『死んだ者の体を操って使役する』というものだろう。
だが、これだけでも実は、3つほど例がある。
1つ目は、『人が死に、魂と肉体の結びつきが弱くなったところで魂を縛り上げ、魂を操ることで肉体をも操り、使役する』というもの。
2つ目は、『死んだ人の体に別の魂を入れて操り、使役する』というもの。
3つ目は、『死んだ人の体に術者の魔力を注ぐことで魂の代替とし、操り使役する』というものだ。
……要は、死霊術というものは、『体』を操るものというよりは、『魂』を操るものなのである。そして、『魂』を操るにあたって、『魂』を操りやすい条件が揃うのが『体が死んだ時』であるので、それで『死霊術』と名を冠しているだけなのだ。
……死体を操る死霊術だけでも様々なものがあるが、死霊術はそれだけにとどまらない。
そこらに漂う死者の魂を固定化してその地に縛り付ける術もあれば、消えかけた死者の魂を補強し、繋ぎ合わせるような術もある。死霊術の一部は、癒しの魔術によく似ているし、なんなら、『死者を蘇生する』という癒しの術の頂点は、概ね死霊術なのである。
マリーリアのゴーレム使役も、ある種、死霊術に近いところがある。マリーリアの場合はマリーリアの魔力を魂の代替としてゴーレムに入れているわけで、更に、人間の体を動かす魂とゴーレムの体を動かす魂では大きく違いがあるが。まあ、分類によっては十分、死霊術の1つになるだろう。
……と、いうように、死霊術というものは非常に複雑かつ多岐に渡るものなのだ。だが……先程のゾンビの様子から、随分、術の様式が絞られた。
先程のゾンビは、刺したら塵になって消えた。
これは非常に大きな情報である。要は、肉体の保持を魂または魔力によって行っていた、と考えられるからだ。
……もし、魂抜きで『死体』を操るような……死霊術の傍系である『人形使い』の術であったならば、刺してもまだ、動いただろう。
あのようにゾンビが塵になったということは、本来のあの死体は数十年前には朽ちているはずだったもので、それが何らかの魔法によって今まで現存していて、しかも動いていた、と考えられる。
その上、刺してから消えたということは、肉体の損傷に伴って魂の呪縛が消えているということである。ならば、元々離れたがっていた魂を縛っていたのか、或いは、魔力によって代替魂を入れていたものが、肉体の修復が追い付かずに消えてしまったのか……。まあ、そのどちらかであろうと考えられる。
……そして、どちらにせよ魔力の供給があったはずなのだ。
魔力を魂の代替にするのであれば、その魂を繋ぎ止め続けるために、継続して魔力が注がれている必要がある。
マリーリアもゴーレムを維持するために、毎時毎分毎秒、ごくごく僅かではあるが魔力を提供している。この魔力の供給が絶たれてしまったり、魔力の行き先であるゴーレムの体に大きな破損が生じたりすると、ゴーレムはバラバラに崩れ、動かなくなってしまうというわけだ。
そして死霊術もまた、同じである。
……数十年前に朽ちているはずだった死体があのように動いていたのだから、その間ずっと、魔力による保存が行われていたと考えるのが妥当なのだ。
つまり……。
「明日は魔力の供給源を探しましょ」
この町には、まだ、生きている人および魔力が居るか……大規模な魔法の仕組みがあるか。その、どちらかということになるのだ。
翌日。島流し307日目。
「さて。町の探索、やっていきましょ」
マリーリアは起きてすぐ、気合十分であった。
今日は、この町の秘密を探りに行く。……この町のどこかに、生き残りか魔法の装置か何らかの仕組か……そういうものがあることは間違いない。マリーリアは『あとついでに船の情報ね』と忘れないように思い直して……それから、ゴーレム達と共に、町へ繰り出していくのであった。
探すものは3つ。
1つ目は船およびこの島からの脱出に関する情報。……とはいえ、これは期待が薄くなってきた。
何故ならば、これだけの大規模な町、そしてゾンビを動かし続けるほどの準備もしくは生き残りがここにあるという時点で、この島に居た誰かがこの島を脱出した可能性より、この島に滞在し続けて死んだ可能性の方が色濃くなってきたからである。
まあ、それでも探すものは探すとして……2つ目は、生き残りの人間。3つ目は、魔法の仕掛け。それらを探す。
とはいえ、2つ目と3つ目は、どちらかがあればもう片方が無い可能性が高い。そして……マリーリアの目算では、まあ、2つ目ではなく、3つ目の方……つまり、魔法の仕掛けだけがこの島で生き残っているのだろう、と思われる。
「その方が私には都合がいいのよねえ」
マリーリアはそんなことを嘯きつつ、にっこり笑って町を進む。
……もし、生き残っていた人が居たとしたら、二重の意味で面倒だ。
1つには、その人は脱出しなかった、ということなのだから脱出の手がかりが途絶える。面倒だ。
もう1つには……単に、先住民が居たなら、その者にとってマリーリアは、新参者、或いは闖入者!敵対される可能性が高く、そうでなくとも取り込もうとしてくることは必至!面倒だ!
「面倒ごとにならなきゃいいけど。はあ……」
マリーリアはため息を吐きつつ、アイアンゴーレム達の陣形の中に入って進む。
……万一、どこかから誰かがマリーリアを観察していたとしても、アイアンゴーレムによって威嚇されてくれるように、という淡い期待を込めて。
華やかで立派だったのであろう街並みが朽ちかけて尚そこにある様子、というものは、どうにも物悲しい。栄華、繁栄、そして穏やかな暮らしがあったのであろうここが、すっかり寂れて人気のない様子になっているのが、どうにも、寂しい。
だが、温かい。人はいつかは死ぬものだ。死んだ後もこのように、かつての穏やかな暮らしの片鱗が残っていて、それもまた穏やかに、こうして徐々に朽ちていく、というのならば……こうした『死』も、悪くない。マリーリアはそう思うのだ。
そう。マリーリアはこの感覚が、嫌いではない。どこか懐かしく、どこか寂しいこの光景が、嫌いではないのだ。……無論、ここがちゃんとした『廃墟』である前提で、だが。
「あらぁー、また居たわぁー」
少し歩いたところで、ゾンビに出くわした。……今度は、すぐさま襲い掛かる前に、ゴーレム達を待機させる。そしてじりじりと、ゾンビの様子を確認した。
……こちらを恐れる様子は無い。つまり、状況を判断する能力は無い。もし、誰か生き残りが遠隔操作でこのゾンビを操っているのだとしたら、ここで何らかの反応が見えて然るべきだっただろう、とマリーリアは思うので、まあ、誰かが生き残っているという説はかなり薄くなった。
マリーリアは安心してゾンビを倒すと、また町の探索に戻る。
「ここは鍛冶屋さんだったみたいね。使えそうなものは……うーん、まあ、サビてるけど、インゴットがあるわぁ。これ貰っていきましょ」
廃墟を漁るのはマリーリアの特技である。人が住んでいたような所を見つけ出し、使えそうなものを探す。これだけのことだが、案外、センスが問われるものなのである。その点、マリーリアにはこの手のセンスがあるようで、家探しも荷物漁りも、てきぱきと進んでいった。
……マリーリアにはゴーレム使いとしての素質の次に、泥棒としての素質が備わっているのかもしれない。
「鉄のインゴットみたいなものでしょ?古い古いお酒でしょ?それに、金の指輪。金の貨幣……っぽいもの。よくできたナイフ。いいかんじのガラスの花瓶。……ここまでもそう悪くないわねえ」
マリーリアはにこにこしながら、家探しの成果を確認する。
やはり、鍛冶屋から手に入れた鉄が中々嬉しい。アイアンゴーレムを量産するための材料は、幾らあっても足りないのだから!
それに加えて、金属加工品の類もそれなりにあるのが悪くない。特に、ナイフは何かと役に立つものだ。マリーリアがこの島に来る時に持ち込んだものが一振りあることにはあるが、まあ、ナイフなど、何本あっても多すぎるということはないだろう。
「でも、ここから先は、もっともっと色々ありそうねえ……」
マリーリアはにっこり笑うと、ナイフを手の中でくるりと回しつつ、それを見上げた。
そこにあるのは、背の高い建物だ。この町の中で一番背が高いと思しき建物には、半分ほど割れてしまっているがステンドグラスの薔薇窓があり、なんとも荘厳で美しい造りをしている。神殿、のようにも見えるが……。
「ドラゴンって、魔力が濃いところに巣を作りたがるのね。本で読んで知っていたけれど、実際に見るのは初めて!」
……そしてその建物は、ドラゴンの巣と化していた。
要は、金銀財宝、鉄屑に貝殻に……あらゆる光り物が、たくさん集められていた。
そしてついでに、そこには色濃く、魔法の気配が漂っていたのである。
かつ、と床石を踏んで、マリーリアは中に入る。
「あらぁー……本当によくため込んだわねえ」
神殿と思しき建物の入り口を塞いでいた岩を退かして内部に入ってみれば、部屋の片隅はすっかり、光り物で埋め尽くされていた。部屋の角が見えないほどである。ドラゴンがちまちまと、集めて貯めこんでこうなったのだろう。
「これ、幾ら分ぐらいになるかしらねえ。うふふ……」
そこにあるものは、多くが金であった。純金に近いのであろう金の欠片に刻印が打ってあるだけのものである。まるで、封印を押した封蝋のようなものだが、恐らく貨幣だ。
「……あら?」
そう。貨幣だ。貨幣である。
マリーリアはじわじわと、その異様さに気づいた。
「お金、があるなら……この島には、経済をやるだけの基盤が、あった……?」
……そう。貨幣なんて、この島にはあるはずがないのだ。
『1人の王がその他大勢の奴隷を率いて生活している』というような状況では、貨幣など、存在しようがないのである。




