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島流し299日目:探索*5

「まさか、いきなり飛び蹴りされるとは……」

「ごめんあそばせ。急だったし、何よりあなた、中々刺激的なお顔なものだから……びっくりしちゃったのよ」

 そうして。

 マリーリアに跳び蹴りされた白骨死体は、しょんぼりしながら頭蓋骨のみとなった姿でマリーリアに話しかけてくる。非常に奇妙な眺めである。マリーリアは『夢って何でもありなのねえ』と、感心してしまうほどである。

「ま、まあ、そうであろうなあ……私は白骨死体だから……ううむ、すまない」

「いいのよ。よくよく見てみればあなた、ちょっぴり可愛らしいもの」

 しょげる頭蓋骨に、マリーリアはにっこりと笑いかけた。……相手に跳び蹴りしたマリーリアであるが、『驚かせてきた相手を寛大にも許す淑女』として、堂々と振る舞っている。こういう時はデカいツラしてた方がいいのである。交渉ごととしてもそうだし、魔術的にも、威圧されてはいけないのだ。

 ……そう。魔術的に。

 何せ今、ここは夢の中。推察するに、この白骨死体が使う魔法によって、マリーリアはこのような状況になっている。

 つまり、ある種、マリーリアは既に相手の術中にある、ということになる。

 ならばこれ以上、付け入る隙を与えてはならない。白骨死体に威圧されるのではなく、白骨死体を威圧し、この場の主導権をマリーリアが握らねばならない。さすれば、白骨死体の魔法も、マリーリアには効きにくくなるのだ。

「そ、そうか……うーむ、可愛らしい……?本当に……?」

「ええ。白くてつやつやしてて、ちょっぴりかわいいわよ」

 もじもじし始めた頭蓋骨ににっこり笑ってやりつつ、マリーリアは『この状況、どうしたものかしらぁ……』と、内心で天を仰いだ。まあ、夢の中であるし、室内でもあるので、天を仰いだところで何が見えるわけでもない。心の内ですら、閉塞感!




「それで、あなた、どういうご用件?わざわざ私の夢の中に入ってきたんだもの。何か目的があったんじゃなくって?」

 このまま頭蓋骨をもじもじさせていても仕方がない。マリーリアはずばりと斬り込んだ。それでいて、おっとりとした微笑みは崩さない。相手にこちらの底を見せてはいけないのだ。

 浅いのか深いのか、どの程度分かっていて、どの程度分かっていないのか……それら全てを覆い隠す笑顔に、頭蓋骨は少々、たじろいだ。

「あ、ああ。そう。その……」

 結果、頭蓋骨はたじろぎつつ、もじもじ、もぞもぞ、と動き……そして。

「……礼を言いたかったのだ」

 ぽつん、と、少々寂し気にそう言った。




「お礼?私、何もしていないけれど……」

 頭蓋骨の言葉に、マリーリアは困惑する。それはそうである。この頭蓋骨に感謝される謂れは無いのだ。頭蓋骨とは初対面であるマリーリアとしては、只々困惑するしかない!

「いや、いや、お嬢さん。あなたは確かに、私を救ってくれたのだ」

 困惑するマリーリアの前で、頭蓋骨が焦ったようにぴょこぴょこと跳ねた。……跳ねた。この頭蓋骨、案外自由に動くらしい。頭蓋骨の癖に、随分と生意気である。

「ほら、食事を供えてくれただろう」

「……ああ」

「それに、祈りを捧げてくれた。……あなたの祈りは清らかで、凛としていて、とても心地よかったのだ」

 マリーリアがぽかんとしつつも納得する前で、頭蓋骨は嬉しそうに、ぴょこ、ぴょこ、と跳ねた。よくよく見ると、顎の力で跳ね上がっているようである。マリーリアは、この丈夫な顎に敬意を表する気分になってきた。

「そう……あなたの助けになったなら、よかったわぁ」

 祈りの効果など碌に信じていないマリーリアであるが、こうして、死者……と思しき頭蓋骨がマリーリアの祈りに救われ、マリーリアが『明日の朝ごはんここに置いときましょ』とやったものに救われたのであれば、まあ、それはそれでよかった、とは思うのだ。


 何はともあれ、この頭蓋骨はマリーリアに友好的であるらしい。マリーリアはそれを確認すると、小さく首を傾げて見せた。嫌味にならないように、しかしそれでいて、可憐に見えるように。

「それで、あなたは一体どなた?見たところ、高貴な身分の方なんじゃないかしら」

 ついでに少々茶目っ気混じりの笑みを浮かべてみせれば、頭蓋骨はマリーリアを警戒することなく、嬉しそうに話し始めた。


「ああ、そうとも。……私は、かつて存在した『バルトリア』という国の、宰相だった者だ」




「……えっ」

 咄嗟に、言葉が出ない。

 ただ夢の中特有の、もったりとしたとろみのある空気の中、マリーリアはまとまらない思考をぐるぐると続けていた。

 この頭蓋骨が、バルトリアの宰相だった、とは。

 バルトリアが『かつて存在した』とは。

 そしてそんな彼が、一体どうしてマリーリアにこのような話を。

「ああ、驚くのも無理は無いだろうな。バルトリアはかつて存在していた小国だ。小さいながら、穏やかでいい国だった……。残念ながら、ミラスタ王国によって王を討ち取られ、滅んでしまったが……」

 マリーリアが困惑しているのを、色々と別な方へ解釈したらしい頭蓋骨は、うんうん、と頷きながらしんみりと語る。

「私はこの島へ亡命したのだ。まだ若かった王子、それに、私以外の家臣達や、船2つ分の奴隷と共に……。だが、いくら奴隷が居たとしても、この島での暮らしはひどく辛く、惨めなものだった……」

 頭蓋骨の話に、マリーリアは『奴隷じゃなくてゴーレムが居るとちょっと楽しいわよぉ』と思った。言わなかったが。

「それでも、王子は懸命に生きておられた。家臣達を率い、奴隷を動かして……だが、それにも限界がきてな」

 頭蓋骨は、しゅん、として、かたかた、と骨を鳴らす。乾いた骨のぶつかる音は、木枯らしめいた寂しさと空しさを思わせる。

「ある日、王子が家臣達に着用を命じたのは……奴隷の首輪だった」

「まあ」

「その日までに、奴隷が何人も死んでいた。だから、労働力が足りなくなったのだろうな。首輪は美しく作られたものではあったが……それすらも皮肉に思えた」

 マリーリアは、河原で見つけた奴隷の首輪を思い出した。『美しく作られた奴隷の首輪』だった。……どうやらあれは、『かつての』バルトリアの王子が作ったものであったらしい。

「それは……お気の毒に」

「ああ……。我々は、王子に捨てられたのだ!だから我々はこの島を脱出することにした!最早、バルトリアの血筋は途絶えたものと考えてよい、と……我らを奴隷にする王子に仕える義理は無い、と……!」

 頭蓋骨は悔しさと怒りの滲む声で、低くそう発した。なんとなくそれが怨霊っぽかったので、マリーリアは『骨にぴったりだわぁー』と思った。


「それで?脱出の計画は、どうなったの?」

 さて。ここで大切な情報が出た。

『脱出を試みた』と言うことであるならば、当然、船か何かを用意しようとしたことになるだろう。つまり、その設計ができる者が居たか、設計図があったか……。マリーリアはそわそわしながら続きを促した。

 だが。

「だが、そんな計画は頓挫した。……生き残っていたのであろう奴隷達が、反乱を起こしたからな」

 頭蓋骨はそう言って、首を横に振った。首だけの頭蓋骨が横にふりふりと揺れているので、なんとも不思議な眺めである。

「どこにこれだけの数が残っていたのかと思われるほどの数の奴隷が襲い掛かってきて……我々がここに来るために乗っていた船を、破壊していたのだ!」

「まあ……!」

 そして、頭蓋骨から発された言葉は、非常に衝撃的である!なんと……マリーリアがとてつもなく欲しい『船』が、100年ぐらい前にはこの島に存在していて、そして、100年ぐらい前に、壊されてしまったという!絶望!

「私はここに逃げ込んだが、それでも……ああ、あの恐ろしさは忘れられない。そうだ。忘れられないのだ。こうして死んだ後も……」

「そ、そう……」

 マリーリアは『船……』とがっかりしていたが、まあ、仕方がない。頭蓋骨相手に船の設計図を期待するのは、流石に間違っていたのだ……。




 ……さて。

 ここから、頭蓋骨は滾々と、『ここに逃げ込んだけれど奴隷に追いかけられて結局死んでしまった。奴隷は叩いても叩いても止まらなかった。あの勢い、めっちゃ怖かった』という話を涙ながらに語ってくれた。

 なのでマリーリアは親身に相槌を打ってやりつつ、別のことを考える。

 それは即ち……『この頭蓋骨、何言ってるのかしらぁ』ということである!


 まず、この頭蓋骨の話には前提からしておかしな点がある。それは、『バルトリアが滅んだ』という点であった。

 ……実は、バルトリアは確かに100年ほど前に、当時存在していたミラスタ王国という国と交戦したことがある。それは、フラクタリアの記録にも残っている。

 だが、結果としては……バルトリアの圧勝であったのだ。

 当時の詳しい状況は分からないが、数年に及ぶ激しい戦いの末、最終的に生き残ったのはバルトリア。ミラスタ王国は、当時、バルトリアの屈強な軍によって滅びた、とされている。

 更に、その後のバルトリアは、バルトリアの王子が王となって治めた、と記録が残っている。フラクタリアにも、当時のバルトリア王子……否、新たな王となった彼と謁見した時の記録が残っていたはずなので、それは確かであろう。

 ……なので、この頭蓋骨が言っていることは、既におかしいのである!滅んでいない国が滅んだことになっており!居た人物が無人島に亡命したことになっており!色々とおかしい!


 無論、この頭蓋骨の言うことを全て信じる、ということもできる。

 この頭蓋骨が死んでしまった後、王子は何らかの手段でこの島を脱出し、それから滅亡寸前であったバルトリアに戻り、ミラスタ王国に戦争で勝ち、バルトリアを再興した、という可能性も、無いわけではない。

 何せ、バルトリアの100年前についての記録は、フラクタリアにはあまり残っておらず……バルトリアにさえも、ほぼ残っていないらしいのだ。

 まあ、当時のバルトリアは、その後すぐ王家の血が途絶えて、王家とは関係の無い者が王になった時に内乱が起きてバタバタしたり、その後また別の国に戦争を吹っかけて領土が倍ぐらいになったり……と、激動の時代に突入していくので。

 ……だが、流石におかしい。無理がある。

 滅びかけて王子が亡命するような状況にあって、どうしていきなりミラスタ王国に勝てたのか。船をわざわざ破壊しておいて、どのような手段で脱出したのか。……そうした部分を考えれば、やはり、どうにも釈然としない。




「お嬢さん。私が言いたかったのはただ1つだ。奴に気を付けるんだ」

 釈然としないマリーリアに、頭蓋骨は尚も話しかけてきた。なのでマリーリアは居住まいを正す。

「この島には、力を強化する秘宝があると聞いた。だからこそ、我々はこの島を亡命先に選んだのだ」

 マリーリアは、『そんな噂、聞いたこと無いけど……。だからこそ、フラクタリアはここを私の島流し先に選んだのだけれど……』と首を傾げたかったが、神妙な顔で頷いておいた。

「まだ、王子が生きているかもしれない。ならば、彼は……人々を支配するために、力を得ているやも。彼にはバルトリア再興の意思はもう、無いようではあったが……我々が襲われたのは王子の差し金やもしれぬ!野望に目覚めた奴が、お嬢さんまでもを手に掛けるやもしれぬのだ!」

 マリーリアは、『流石に、100歳を超えて生きているとは思えないけれど……』と首を傾げたかったが、また神妙な顔で頷いておいた。

「お嬢さん。私に祈りを捧げ、食事を供えてくれた優しいお嬢さん……どうか、無事でいてほしい。くれぐれも、奴に近付いてはならない……!」

「ありがとう。教えて頂けたこと、感謝いたしますわ」

 そして、頭蓋骨がふるふると震えるのをそっと抱き上げて、にっこりと微笑みかけた。

 ……すると、頭蓋骨は何やら、未練が無くなったような、すっきりとした様子で一つ頷くと、そのまま、マリーリアの手の中で動かなくなった。




 そうして。

「……変な夢だったわぁ」

 目覚めたマリーリアは、未だ暗い部屋の中、ぼんやりしながら上体を起こして首を傾げた。

「ね」

 マリーリアが話しかけるも、部屋の隅の白骨死体は沈黙したままであった。周りのアイアンゴーレム達は、首を傾げていた。




 ……そのまま『まあ、一旦忘れましょ』としっかりぐっすり眠って、翌朝。

 島流し300日目。


「気になることはあるけれど、どのみち、あの町は探索しなきゃダメみたいだわぁ」

 マリーリアは弩と槍を携えて……ゴーレム達に、にっこりと笑いかけた。

「だから、あのドラゴンを片付けなきゃね」


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― 新着の感想 ―
[一言] 真相が解らん話やね。
[一言] 奴隷が予想外に多かったってなると密かに誰か持って来てた?そんでもって何か条件出されて反乱か何かに紛れ込んだ? って深読みも出来るぐらい首を傾げる情報だった
[一言] 嘘でもなく事実とも言い難い、 曰く付きなのは島そのものにありそうな意味深な話…
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