島流し293日目:探索*3
暫く走って山を下りた。そうしていればドラゴンからは見えなくなったのだろう。ドラゴンが追いかけてくるようなことは無かった。
「はあ……あああー、びっくりしたわぁー」
マリーリアはゆるゆる、と息を吐き出して、その場に、へにょ、と崩れた。
「まさか、本当にあんなに立派なドラゴンが居るなんてねえ」
『ねー』と、マリーリアはジェードに同意を求めるように首を傾げてみせた。すると、ジェードもマリーリアに合わせるように、『ねー』とばかり、首を傾げてみせてくれるので、マリーリアはにっこりご機嫌である。
「でも、朗報かもね。あんなに大きなドラゴンが居るんだもの。集めた光り物も相当なものよ、きっと。金が沢山あったら、それでゴールドゴーレムができちゃうかも!」
ご機嫌のまま、マリーリアはうきうきと、指折り数えて『朗報』を探す。
ドラゴンは、財宝を蓄えてそれを守るのが好きな生き物である。強欲で傲慢で、それに見合うだけの力がある。それがドラゴンなのだ。
「それに、ドラゴン自体だって、素敵な素材だわぁ。軽くて硬い鱗に、頑丈な骨。鋼だって貫く牙……。お肉も美味しいのよね」
ドラゴンは強い生き物であるが故に、仕留めれば千金に値する。
その鱗は、磨けば宝石のようになり、研げば刃物のようになり、貼り合わせれば防具としての用を成す。骨も牙も、あらゆるものが貴重な性質を持つ素晴らしい素材なのである!
……あと、肉が旨い。王城で開かれたパーティで一度だけドラゴン肉のハムを食べたことがあるが、とてつもなく濃厚な旨味に満ちた、力強い味わいだった。ドラゴンの血は薬になることもあるという。その肉も、一切れ食べるだけで力が湧いてくるような、そんな美味しいお薬であった。
「それから、あの町……魔法の気配がまだ、残ってる。探せば何か、あるかもしれないわ。人が居る……とは、思えないけれどね」
そして、ドラゴンが巣にしている例の町。
……アレは、間違いなく、探索し甲斐のある場所であろう。
ある程度朽ちているはずだ。だが、残っているものは確実にある。それが見えるからこそ、マリーリアはあの町を諦められない。
……つまり。
「私達、あのドラゴンをどうにか仕留めなきゃいけないわねえ。はあ、どうしましょ。ちょっとワクワクしちゃうわぁー」
マリーリアの当面の目標は……『ドラゴンを倒すこと』になるのだ。
ドラゴンを倒さねば、あの町跡地の探索ができない。あれが本当に跡地かどうかすら分からない。
ということで、マリーリアはドラゴンを倒す。絶対に倒す。そしてドラゴンの財宝も、ドラゴンの素材も、あの町の探索権も手に入れて、ついでにドラゴンのお肉でパーティーだ!
「さあ、そうと決まれば対ドラゴン用の戦略と道具が必要だわぁ。戻って支度しましょ」
マリーリアはにっこり笑うと、ゴーレム達と共に拠点へ帰ることにした。
……相手はドラゴン。いくら用意しても足りないくらいの相手ではあるが……ここは、たった1人でバルトリアの兵を幾度も破ってきたマリーリアである。
「楽しみだわぁ」
マリーリアはドラゴンを恐れることなどなく、只々楽しんでいる。
にっこり、と笑うマリーリアの周りで、ゴーレム達も心なしか誇らしげにしているようであった。
戦いは、勝つために仕掛けたい。
マリーリアは1日半かけて拠点へ戻り、島流し295日目には、対ドラゴン戦術を考えることになった。
「やっぱり弓ね。空を飛んでいるドラゴンが地面に降りてきてくれることを期待するのは中々難しいわぁ。相手だってそれなりに賢いんでしょうし……それにこっちには、ゴーレムの数があるわぁ。一気に数十本の矢を射掛ければ、まあ、ドラゴンといえども無傷ではいられないものね」
そしてマリーリアは、そうした結論に至る。
空を飛ぶドラゴンという相手。こちらの数という強みを生かした戦術。……総合していけば、まあ、『弓で矢を一斉に射掛ける』ということになろう。
だが。
「となると、やっぱり弓ね。弓……うーん、どうやって作りましょ。材料……精度……それに、矢も必要だけれど、資材……あああ、困るわぁー」
……弓矢は、作るのが大変なのである!
かつて、テラコッタゴーレムを生み出した頃、マリーリアは弓を自分の為に作ることも考えたことがあった。だが結局は実現していない。
理由は簡単。『当時の道具や技術では、精度の高い弓を作ることができなかったから』だ。
どこへ飛んでいくか分からないような弓矢では、使い物にならない。ある程度の癖はあってもいいが、基本的には、狙ったところに矢が飛んでいくようでなければ弓で戦うことなどできやしないのである。
更に、当時の理由として『資材が無い』というものもあった。
弓矢の弓はともかく、矢はある程度消耗品である。それでいて、ある程度の精度が無ければ真っ直ぐに飛ぶ矢にならない。
……ということで、手間と技術、そして材料といった様々な資源を消耗せざるを得ない弓矢は、当初のマリーリアにはあまりにも不向きな武器であったのだ。
だが。
「今なら、なんとかなるかしらぁ……」
冬を越え、鉄も手に入り、アイアンゴーレムが20を超えた今であれば。弓矢を揃えることも十分、現実的であろう。
ということで、マリーリアの弓づくりが始まった。
「……まずは普通の弓を作ってみましょ。実際、精度ってどんなものなのかしらぁ……」
マリーリアは、弓を使ったことはあるが弓を作ったことは無い。まあ、触れたことがある分、構造は分かるのでなんとかなるだろう、と踏んで早速、木を割り始める。
「木を割って……削って形を整えてみましょ」
まずは適当な木材を縦に割っていって、ある程度の細さにする。続いて、それを削っていって、表面を滑らかに整え、矢を番える部分にガイドとなる部分を設け、弓の弦を固定する部分に溝を切って……と、弓らしい形にしていく。
尚、削る時に使っているものは宝石磨きでも散々使った、例の研磨板である。これが意外と、便利であった!
「弦は……ひとまず、木の蔓の内側を剥いで撚り合わせて使いましょ」
弓に張る弦については、植物繊維を使うことにした。動物の腸とも迷ったが、まあ、ひとまずはこれでやってみることにする。
「矢は木で作りましょ。流石にこれを鉄で作れるほどには潤ってないものねえ……」
そして、弓矢の矢も作る。木を真っ直ぐな棒になるように割って削って整えて、そして、先端は火で炙って硬くしつつ、削って尖らせて整えていく。火で炙った木は硬くなるので、これで矢としてそれなりに使えるものになっただろう。鉄の矢尻が無くとも、弓矢は機能するはずだ。
「矢羽根はいっぱいあるのよねえー」
……そして、矢羽根はペリュトンから大量に手に入っているので、まあ、困らないだろう。つくづく、ペリュトンには助けられている。布団といい、矢羽根といい、肉といい皮といい……。
……と、一通り弓矢を作ってみたマリーリアは、早速、できたての弓にできたての矢を番えた。
「じゃあ……えい」
引き絞り、矢を放つ。マリーリアと、ゴーレム達が緊張気味に見守る中、矢は飛んで……。
「……狙うの、難しいわぁー」
目標と定めた割れ瓦から少し離れた場所に、とす、と矢が刺さった。
……弓の精度が低いのか、マリーリアの弓矢の腕前が悪いのか、これではよく分からない!
そんなマリーリアを見かねたように、ジェードがやってくる。やってきたジェードはマリーリアの前に片膝をついて両手を差し出した。
「あら、あなた、やってみるの?いいわよ。見せて頂戴な」
マリーリアは早速、手にしていた弓と2発目の矢をジェードの手に乗せてやる。するとジェードは恭しく一礼して、早速、マリーリアが先程立っていた位置に立ち、弓を構えた。
「あら、それっぽいわぁ」
ジェードの姿勢は、実に騎士然としていた。まあ、マリーリアの記憶にある騎士達の姿を再現しているのだろうが。
だが、マリーリアの記憶の中には、弓が得意な仲間も居た。彼らが矢を放つ時の、鮮やかな様子は今もマリーリアの記憶の中にある。それを読み取ってくれたなら、きっと、ジェードも……。
「……あら!あなた、上手ねえ!」
……そうして、ジェードが放った矢は、見事に割れ瓦に命中し、ぱりん、と割れ瓦が砕けたのであった!
「精度はそんなに悪くない、っていうかんじかしらぁ……。それとも、ジェードの腕が良すぎるのかしらぁ……」
この結果に、ジェードは誇らしげである。マリーリアはちょっぴり複雑な気持ちである!
アイアンゴーレムは、人間以上の膂力を持つ。特に、ジェードに関しては、かなり強化の模様を刻み込んであるので、相当なものだろう。
よって、弓を引いた時のブレや震えを制御できる。かつ、アイアンゴーレム達はマリーリアの知識をある程度引き継いでいる。よって、マリーリアよりもアイアンゴーレムの方が、弓が上手い。そういうことである。
「他のゴーレムはどうかしら。……あ、近衛1号!あなた、ちょっとこの弓を使ってごらんなさいな!」
折角なので、近衛のゴーレムにも弓を使わせてみる。
……すると、ジェードのように一撃で、とはいかなかったかが、3発もすれば的に命中した。
近衛2号と3号と4号も呼んできてやらせてみたのだが、やはり、3発程度もすれば命中した。
「……優秀ねえ。弓か、ゴーレムか、両方かが……」
マリーリアとしては只々複雑な気持ちである!だがまあ、どちらでもいい。弓がいいのでも、ゴーレム達が優秀なのでも、どちらでも。最終的に、矢が飛んで、ドラゴンを射落とすならばどちらでもいいのだ。ついでに、矢を射るのはマリーリアでなくてもいい。そう。マリーリアが弓を使えなくても、問題ないのだ……。
「まあ、いいんだけれど……でも、この弓だと私にはどのみち使えないのよねえ……。暇になっちゃう」
マリーリアは少々拗ねるような気持ちになりつつ、手近なスライムを、ぽよ、ぽよ、とつついた。スライムは春の新芽を食べようとしていたところをつつかれ始めたので、若干迷惑そうに身をよじっていた。だがそんな抵抗も空しく、マリーリアにつまみ上げられ、膝の上に乗せられてしまった!
そのまま、マリーリアは哀れなスライムをぽよぽよやりながら考え、考えて……そうして、思いついた。
「……そうだわ。弩、作りましょ」




