島流し164日目:宝石*4
「……うん、うん。やっぱりね。こうなる気はしてたのよねえ……」
マリーリアはため息を吐きつつ割れた屋根瓦を確認していく。
割れた瓦は全て、綺麗にぴしりと亀裂が入って割れている。そして、割れ方は瓦ごとに様々だ。つまり……何かが屋根に落ちて瓦が割れてしまった、というような状況ではない。
つまり……。
「……雪が解けて水になって、素焼きの瓦に染み込んで……それがもう一回凍った時に、割れちゃったのねぇ」
犯人は氷。そういうことである。
素焼きの板は良くも悪くも、水が染み込む。この性質が上手く働くことといったら……1つは、濾過装置だろうか。素焼きの壺から染み出てきた水は、素焼きの板で濾した、ごみの混入が限りなく少ない水なのだ。それから、塩漬け肉の脱水にも丁度いい。
このように、素焼きが水をわずかずつながら通すのは、悪いことばかりではない。だが……冬場の屋根瓦となると、話が別だ。
まず、瓦屋根の上に雪が降り積もる。すると、家の中は暖かいので、その空気に温められた屋根瓦の上で、雪は融けていく。雪解け水は瓦にしみ込んで……そして、夕方以降、気温がまた下がってくると……凍ってしまうのである!
特に、夜の間、室内の温度は下がっている。火に薪をくべるマリーリアが寝てしまうのだから、仕方が無いのだが。
だが、そうして素焼きの瓦の『中』で水が凍ってしまうと……水より氷の方が、体積が大きい。つまり……濡れた瓦が凍ると、凍った時に水が氷になって膨張する、その作用によって、割れてしまうのである!
「予備の瓦はあるから、ひとまず凌ぐことはできるわね」
ひとまずのところは、予備として焼いておいておいた瓦があるので、それで屋根を葺き直すことはできる。だが、まだまだ冬は長いのだ。その間、このようにちょくちょく屋根が割れるようでは困る。
「でもこれ……その内また、割れちゃうわよねえ。釉薬を掛けた瓦、作らないとダメかしらぁ……」
いずれのことを考えるならば、釉薬を掛けて水が染み込みにくいようにした瓦を作るべきなのだろう。ただ素焼きの瓦を足して補修しただけでは、すぐにまた割れそうだ。
「或いは、定期的な葺き替えは仕方ないとして、板葺きにしちゃう……?」
もう1つ考えられるのは、板葺きの屋根にしてしまうことだ。板であるならば、多少水が染み込んでも割れるようなことは無い。表面を焼いて炭化させておけば猶更、耐久性が増す。食糧庫の屋根は板葺きなので、家の屋根のように割れる心配は無いのだ。
「うーん……いずれは釉薬を掛けた瓦で屋根を葺きたいところだけれど、ひとまずは板葺きに変える方向で行こうかしらぁ」
まあ、コストや今の環境を考えれば仕方がない。新たに瓦を焼くには、天候が悪すぎる。雪が降り積もる中では瓦を粘土から成形したとしてもそれが乾燥するまでに大分かかりそうだし、それを待っていたら冬が春になってしまいそうだ。
ならば仕方がない。やはりここは、板葺きの屋根にすることでなんとか間に合わせるしかないのである!
ということで、マリーリアは防寒具を着込んでふかふかもこもこになった上で、屋根の板を作ることにした。
アイアンゴーレムにも戻って来てもらって、手伝ってもらう。……アイアンゴーレムが手伝ってくれると、途端に効率が良くなる。やはり、優秀なゴーレムというものは良いものだ。
「じゃああなたは板の表面を焼いてね。私は屋根を葺き替えるから」
マリーリアはアイアンゴーレムに板の製造の最終工程、『焼き』の部分を任せると、自分自身は屋根の上に登る。焼けた端から板をテラコッタゴーレム達に運ばせて、それを瓦と取り換えて、なんとか屋根を葺き替えていく。
今は丁度、雪が止んでいる。今のうちに屋根は全て、葺き替えてしまいたい。そうしなければ、家の中が雪まみれになってしまう!
そうしてマリーリアが屋根を葺き始めて2時間程度。なんとか、屋根を葺き終えた。
瓦を退かして、代わりに板を乗せる、というだけだったが、それでもかなりの重労働であった。それでも何とかなったのは、屋根の下で待機してはマリーリアから瓦を受け取ったり、マリーリアに焼いた板を差し出してくれたりしたゴーレム達が居たからである。
彼らは体が重く、動作が早い訳でもないので、屋根の上に登らせて屋根を葺く作業をさせるのは心配だった。だからこそ、彼らには荷運びの類を頼んだのだが、それは正解だっただろう。一番身軽なマリーリアが屋根の上で作業する、というのは理に適っている。
「……うう、ちょっぴり冷えちゃったわねえ」
だが、同時にマリーリアは唯一生身の体を持つ者である。吹きさらしの屋根の上、長時間作業するのは中々堪えた。
「はあ、お風呂沸かして入りましょ……」
マリーリアはぼやきつつ、浴室へ向かう。まずは焼き石の為、炉に火を入れて、それからゴーレムに指示を出して水を汲ませて……。
……と考えていたら。
「あらぁ?」
浴室から、ほわほわ、と湯気が漏れている。マリーリアは不思議に思いつつ、浴室の中へ入り……。
「……気が利くのねえ」
そこで、湯を沸かして待っていてくれたらしいアイアンゴーレムの姿を見つけて、にっこりするのであった!
「はあ、いい気持ち!」
冷え切ったからだを温かな湯船に沈めれば、体がとろけていくような感覚になる。小さな湯舟故に、体を縮めないといけないのが唯一の難点であるが、今はそれすら気にならない。
「ふふふ。こういうの、いいわよねえ……」
普通の貴族の令嬢であるならば、使用人達が用意した風呂に毎日入って、肌や髪の手入れもさせて、本人はのんびりと過ごすものである。
軍を率いるようになって以来、マリーリアには全く縁遠いものだったそれが、今、この無人島という貴族の邸宅からほぼ正反対に位置する場所で、実現できてしまっている。
それがなんだかおかしくて、マリーリアはころころと笑った。アイアンゴーレムはそんなマリーリアの心境が分かっているかのように、堂々とどこか誇らしげに佇んでいた。
マリーリアは存分に入浴を楽しんだ。少々意識して長風呂して、風邪などひかないように体を温める。
手の中のスライムをふにふに揉んでみたり、石鹸をオレンジの香りのものにしようかローズマリーの香りのものにしようか悩んだり……すっかりほこほこ温まった後で炉の火を眺める時間を楽しんだり、その間、ナツメシロップの化粧水や蜜蝋のクリームで肌の手入れをしたり……。
炉の前、火にあたりながら髪を乾かす時に使うのは、最近植物繊維で織ったばかりの布である。布自体を炉の火の熱で徐々に乾かしつつ、髪の水分を吸い取っていくのだ。そうすると髪が早く乾く。髪の傷みも少ない。
「……そろそろまた髪を切った方がいいかも」
マリーリアは、この半年で少々伸びた髪を見て、思案する。
この島に来た時、マリーリアは最初に髪を切った。それは、無人島暮らしにおいて長い髪が邪魔になることが分かっていたからである。また、髪をなんらかの資源として使う可能性も考えていた。まあ、使わないままに切ったきりの髪が保管されているのだが……。
そんな髪は、半年弱で随分と伸びて肩を超えた。そろそろまた、切って短くしておいた方がいいかもしれない。特に冬場は、髪が長いと乾くまでに時間がかかる。厄介だ。
「自分で切るのは難しいから……その内、あなたにお願いしようかしらぁ」
マリーリアがアイアンゴーレムを見上げて微笑むと、アイアンゴーレムは恭しく一礼した。『いつでもどうぞ』と言わんばかりの様子に、マリーリアはまたころころ笑うのだった。
そうして入浴を終えたマリーリアは、湯冷めしない内に、と家へ戻ることにする。
瓦屋根から板葺きに変わったことで、多少、保温性が高くなったはずである。それもまた楽しみだ。
……だが。
「あらぁ」
少々騒がしくなった。
茂みがガサガサと鳴り、ぐるぐると唸る声が聞こえ……。
そちらを覗いてみると……そこには、魔物がやってきていた。これも前回同様、食糧庫狙いなのだろう。
「ダメよ。これは私のご飯。そしてあなた達も私のご飯」
マリーリアは落ち着いて武器を手に取る。手近にあった鉄の斧が丁度いい位置にあったのだ。
……だが。
「あらっ……本当にあなた、優秀ねえ」
即座に、アイアンゴーレムが割って入る。そして、マリーリアに、家へ帰るように促すのだ!
……そして、さっさとグリフォンを仕留めてしまった!
「あらあらあら……湯冷めもしない内に終わっちゃったわねえ」
マリーリアがぱちぱちと拍手していると、アイアンゴーレムは自分に付いた返り血を拭い落としながら、マリーリアに家へ戻るようまた促してきた。
「はいはい。ありがとう。甘えさせてもらうわぁ」
マリーリアはくすくす笑いながら、紳士的なアイアンゴーレムに後のことは頼んで、湯冷めしない内にベッドへ入ってしまうことにするのだった。
「……あの子、優秀よね。翡翠のおかげかしらぁ」
ベッドに入ったマリーリアは、ころりん、と寝返りを打ちながら、アイアンゴーレムの性能の良さについて考える。
……本来、アイアンゴーレムはここまで気が利くものではない。というか、ゴーレムというもの自体、命令されて動くものなので、マリーリアが動こうとしているのを押し留めて帰宅を促すようなことは、まあ、かなり珍しい。
「やっぱり文様の刻み方が良かった、っていうことなんだと思うのよねえ……。私の記憶と経験をある程度共有できているから、どう振る舞えばいいかが分かるんでしょうし。その上で……翡翠も効いてる、のかも」
そしてやはり、マリーリアがアイアンゴーレムにあげた翡翠の飾りは、マリーリアの魔力の伝達に多少の影響を及ぼしているように思える。まあ、多少、ではあるのだろうが……元の性能が良いアイアンゴーレムに宝石を与えると、その分、強化の幅も大きいのかもしれない。
このようにゴーレムに装備品を与えたことは無かったので、これは新たな試みである。折角なら、もう少し実験してみるべきだろうか。
「折角だし、あの子と私、冬の間にとびきり豪華絢爛になっておく?うふふ」
マリーリアはくすくす笑いながら、アイアンゴーレムと自分の装備および装飾品について、更なる探求を心に決めるのだった!
……と、このようにして、マリーリアの冬は過ぎていった。
その間、マリーリアは宝石の装飾品や生活雑貨を生み出し、家の中が次第に華やいでいき……同時に、ゴーレム達が僅かながら、強化された。
その成果がいかほどであったかは、分からない。だが、ゴーレムの破損は少なく、濡れた後に凍結してしまったせいで少々割れた、という程度であったので、すぐに修理することができた。
そして、アイアンゴーレムは……益々、その優秀ぶりに拍車をかけることになった。
情報伝達の速度が上がり、より一層、マリーリアの思考を先回りするようにして行動するようになり……純粋な動作も速くなった。
何せ、砂鉄採りの溜め池から拠点まで、マリーリアが移動するのの数倍の速度で移動してしまうのだから!
ゴーレムの長所の1つ、『疲労しない』という点を利用して、ひたすら全力疾走して移動しているらしい。これにはマリーリアも驚いた。島内の魔物達も驚いたようで、最近はアイアンゴーレムが走る様子が見えると、魔物達は皆、ぴゃーっ、と逃げ出していくようになった。
……アイアンゴーレムを飾るものは、以前よりも増えている。
翡翠の玉飾りの他、磨いた瑪瑙を組み込んだ木の腕輪に、玉髄の小さな玉を編み込んだ植物繊維の腕輪……と、随分豪華になった。
そして、そんなゴーレムを率いるマリーリアもまた、海辺で拾った水晶や玉髄、瑪瑙や琥珀を身に付けられるようになり、豪華になった。
今や、マリーリアを見て『島流しにされた』と思う人はそう多くないだろう。
今のマリーリアはさしずめ……『無人島の女王』である。
……そうして、島流し270日目。
「……春めいてきたわねえ」
春の気配が漂い始めた無人島で、マリーリアは少々温度が高くなった水に触れて微笑む。
ようやく、冬の終わりが見えてきた。




