島流し151日目:宝石*2
宝石を用いた魔法というものは数多い。それは、人間が美しいものや悠久の時を経て生まれたものに畏れや憧れを見出すからかもしれない。
まあ、理屈はさておき、宝石は魔法と相性が良いのだ。
例えば、お守りの類がそれである。戦場に出る恋人に贈るお守りは、瑪瑙や翡翠を彫り削って作られたものが多い。また、戦場で戦った者への勲章のいくつかは翡翠でできているが、あれは国の守りを託す意味合いで、魔法の籠ったものが進呈される。
他にもまあ、例を挙げれば山のようにある。魔法を使うことが苦手な人であっても、魔法を込めた宝石を使えば、いくらかその恩恵に与ることができるのだ。
……そしてそれは、『人』に限らない。
ゴーレムもまた、同様なのだ。
「じゃあ早速、磨いていきましょ」
翌日。島流し151日目のマリーリアは、朝食後に宝石を磨き始める。
まずは、以前河原で拾った翡翠から。
「磨き粉はひとまず、川砂でなんとかすることになるわねえ」
川の白砂の主成分は珪石と長石であることが分かっている。なのでマリーリアはそれをゴーレムに運んできてもらい、更に砕いて、それを研磨剤とすることにした。
……ということで。
「えーと、水と粘土と混ぜて練って、適当な板に塗り付けて……乾燥させればいいかしらぁ」
研磨剤とはいえ、砂そのままではどうしようもない。マリーリアはひとまず、砕いた珪石を粒の大きさごとにある程度水簸で分け、分かれたらそれらに粘土を加えて、練って、板の上に塗り付ける。
この粘土板の上に翡翠をこすりつけることで研磨を簡単にやろうという魂胆であった!
「……意外といけるわねえ」
生乾きの粘土板の上。翡翠は粘土に混ざった研磨剤によって、徐々にではあるが、確かに削れて形が整っていく。マリーリアは楽しくなってきて、少しずつ少しずつ、翡翠を削っては形を整え、様子を見てはまた削り……と繰り返していく。
勿論、徐々にしか進まない作業ではあるが、だからこそ楽しい。マリーリアはひとまず昼までで研磨作業を切り上げ、『続きはまた明日』とした。
……冬は長い。同じ作業を延々と繰り返していると、延々と繰り返せてしまうのだが……そうすると、目や肩や腰に影響が出てしまうのだ。よって、半日程度で別の作業に切り替えた方がいいのである!
午後は革の鞄を1つ完成させ、2つ目の鞄のために革を裁断し、少々縫ったところまでで終わった。
その後は夕食のため、水と燻製肉と干した野草、それに漂着した麦を一緒に鍋に放り込んで、弱い火でくつくつ煮込んでいく。煮込む間の時間で道具の片付けを進めていけば効率的だ。鍋を遠火に掛けて放っておくだけでできる料理というのはこういうところが中々いい。
そうしてできあがった具沢山の麦粥は、燻製肉の風味と旨味が染み出した、滋味深い味わいであった。そしてやはり、麦はよい。麦を煮込んだために生じるとろみが、なんとも冬の夜に優しい。とろりと温かく旨味たっぷりな麦粥は、マリーリアの心までもを温める。
「はー、寒いわねえ……。まあ、しょうがないけれど……」
……やはり、家の中とはいえども寒さが侵食してくるのだ。冬の夜の冷え込みは、屋根の隙間から、壁から、床から、どんどん伝わってくる。それでも室内でずっと火を焚いているので、外よりはずっと暖かいのだが……。
「……やっぱりめんどくさがらずに今日もお風呂に入りましょ」
なのでマリーリアは入浴を決めた。こういう時にはもう自分を自分で温めるしかないのである!
入浴する時には、ゴーレムに水汲みを頼む。そうしておいてから、マリーリアは炉で焼き石を作るのだ。
それから、風呂の栓にするスライムを一匹捕まえてきて浴槽の穴にムギュッと詰める。……最近のスライムは入浴を気に入ってきているようである。マリーリアがスライムを捕まえようとすると、自ら寄ってくるのだから……。
なのでマリーリアは、栓にする以外のスライムも数匹抱えてお風呂へ戻り、一匹をムギュッと詰めた後は、残りの数匹を炉の傍に放しておく。そうしてスライム達が温まってきた頃にゴーレムが水を運び終えるので、そこで程よく焼けた焼石を木のトングで掴み、浴槽の中に放り込んでいく。
お湯が程よい温度になったところで、マリーリアは浴槽に入り……同時に、スライム達も連れていく。
「ふふふ、今日もお風呂がお気に入りみたいねえ」
……スライム達は、ふよふよと湯船の中を泳いでいる。いや、泳いでいるのか漂っているのかは分からないが……。
「ほらほら、そっちの方に行くと焼き石があるからこっちに居なさいな」
焼き石は湯舟の中に沈めた土器の中に入っているので、土器の中に入らなければ大丈夫なのだが……スライムは好奇心旺盛でそちらの方にも行きたがるので、マリーリアは時々スライムをつまみ戻すことになる。
「はあー……まあ、できるだけ温まってから出ましょうね」
……そうしてマリーリアはスライム達と一緒にのんびりと入浴を楽しみ、体や髪を洗い、ついでに服も洗って、それから体を乾かすべく、炉の前でまた温まる。
スライム達も一緒に炉の前で温まったら、またコートを着込んで家へ戻る。……スライム達も一緒に。
……そして!
「じゃあ、皆、お休みなさい。……うふふ、あったかーい」
マリーリアは、すっかりぬくまったスライム達をベッドの中に入れて、ぬくぬくもちもちと眠りに就くのだ!
そう!スライム達は今や……マリーリアのための湯たんぽでもあるのだ!
「ぷにぷにして、落ち着くわぁー」
……マリーリアは、寝付くまでしばらくの間、スライムをぽにぽにむにむに、と揉んで遊んでいるが、スライム達は大人しく成されるがままになっている。……スライム達としても、このぬくぬくとした就寝環境を気に入っているのだろう。たとえ、多少揉まれたり、風呂の栓にされたりすることがあっても……。
翌日の朝、マリーリアは1人のベッドから抜け出して朝食の準備を始める。
スライムは居ない。スライムはマリーリアの起床より少し前からもう起きているらしく、朝食を摂りに家の隙間から出ていってしまうのである。彼らの朝は早いのだ。まあ、そうしなければ他の魔物より先に餌を見つけることなどできないのだろうが……。
今朝は百合根のでんぷんを用いたパンケーキのようなものを作って食べる。ベリーのソースでいただいてみたが、まあ、中々悪くない。多少の塩を加えて焼き上げたパンケーキは、只々とろりとして、もっちりとして、それでいて、こんがりと焼けた表面はカリカリとしていて、中々美味しいのである!
美味しい朝食の時間が終わったら、また宝石磨きが始まる。マリーリアはまた研磨剤混じりの粘土板の上、翡翠の形を整えて、どんどん磨き上げていく。
「……これができたら、アイアンゴーレムにあげましょ」
翡翠を磨きながら、マリーリアはにっこりと笑った。
今頃、丁度鉄穴流しをやっているのであろうアイアンゴーレムのことを考えれば、自然と表情も綻ぶというものである。
「騎士には勲章が付き物だものね」
……そして、功労者には褒賞があるべきだ。マリーリアはそう、考えている。
午後は、繊維から糸を作る作業に勤しむ。
繊維はゴーレム達に頼んで植物を採取してきてもらい、それを水に浸けておいて、繊維を取り出してなんとかしている。
それらの繊維を糸車に掛けて、どんどんと撚って糸にしていくのだ。これもまた、やってすぐに成果が出る仕事なので中々楽しい。
「また布を織ってもいいけれど……今回はこの糸、染めてから織ってみましょ」
更に、冬であるからこそ、こんな余裕を生むことができる。『より美しく』など、夏の間は考えることができなかったが……やれることが限られる冬の間だからこそ、マリーリアは手芸に勤しみ、それをより『美しく』作り上げる楽しみを味わうことができている。
「染色は……うーん、木の皮を集めてもらいましょうか。赤っぽく染まったらいいんだけど。あとは根っことか……?案外、綺麗な色になるかも」
マリーリアはにこにこしながら、紡いだ糸をどう染めようか思案し始める。糸は草木で染めてみようと思うのだ。ベリーの色に染めたら、青っぽい紫になるだろうか。芽吹きを待つ冬の木の枝からは赤っぽい色素が取れることが多いと聞く。それから、根っこにはどんな色が眠っているのやら。
そんなことを考え、存分に楽しみながら、マリーリアは糸を紡ぐ。……こうして、布が数枚織り上がる程度の糸が出来上がったところで、マリーリアは作業を切り上げ、夕食の支度を進めるのであった。
更に翌日も翡翠を研磨し、午後は糸を草木染にし……更に翌日も翡翠を研磨し、午後は布を織りあげ……。
……そうしてマリーリアは、ひたすら翡翠を研磨しながら、布や布製品を生み出していった。生み出した布は、入浴したマリーリアが体を拭くのに使ったり、食事の準備をする時に手を洗って拭いたり、と活用している。これができるようになって、なんと快適になったことか!
そして……磨き続けてきた翡翠も、いよいよ、完成の時を迎える。
島流し157日目。その日の昼、マリーリアは歓声を上げていた。
「できたわぁー!うふふ、つるつるになって、中々かわいいじゃない?」
マリーリアはにこにこしながら、自分の手の中に収まる程度の大きさの翡翠……ころん、とした、どんぐりのような形をした玉を眺めていた。
翡翠は無事に磨かれて、あまりに不規則であった形は綺麗に整えられ、そして表面はつるりと滑らかになって、美しい模様が彫り込まれている。
最後の方は、珪石を粉砕した時の、ごくごく細かな砂を革に塗り付けて、それで翡翠を磨いた。表面が磨かれてつるりとすると、翡翠の鮮やかな緑色がよりはっきり、鮮やかに見えるようになって美しい。
そして模様は、水晶の欠片を使って、チマチマと、頑張って彫った。彫ったというか、削った!
「うふふ、大変だったけれど、その分の甲斐はあったわね」
マリーリアはうっとりと翡翠の玉を見つめ、にっこりと微笑む。……そして。
「じゃあ、紐を通して……うふふ」
草木で赤く染めて作った糸を紐にしたものを、翡翠の玉に通していく。尚、翡翠には、研磨剤と木の枝とを使って、なんとか穴を開けた。とてつもなく大変であった。
「……完成!」
だが、マリーリアはやり遂げた。やり遂げたのだ!
このように、ハンマーにするほど硬く強靭な翡翠を、磨き上げ、美しい装飾品にすることができた!
……なので。
「アイアンゴーレム。こちらへいらっしゃいな」
夕方。戻ってきたアイアンゴーレムに声を掛けて呼ぶと、マリーリアの目の前にやってきて片膝をついたアイアンゴーレムの首に、出来上がったばかりの翡翠の玉飾りをかけてやる。
「叙勲よ。これからも励むようにね」
翡翠の玉飾りには、ゴーレムを強化するための模様が刻まれている。また、宝石はただでさえ、魔力をよく保持する働きをするものなのだ。
これによって、アイアンゴーレムはより多くの魔力を蓄えて、より強い体で活動できるようになるだろう。
「……テラコッタ達にも、何か飾りを作ってあげようかしらぁ」
そうしてマリーリアはすぐさま、次を考える。
……これらの装身具は、ゴーレムの強化としては、あまり効率が良くない。
そう。効率が良くないのだ。だからこそ、マリーリアは今まで、こうしたものを作ってこなかった。
だが……今。この、他にやることのない冬であるならば……少しずつゴーレムの性能を上げるような、そんな取り組みに励むのも悪くないだろう。
美しいものや楽しいものを生み出しつつ、それがゴーレムの強化につながるのならば、それは是非やるべきだ!
「貝殻……は研磨しやすいでしょうけれど、肉厚な奴が見つかるかしらぁ……。或いは……」
マリーリアは早速、何を作るか考える。
テラコッタゴーレムにも似合うようなものがいい。それでいて、数を作れるような、ある程度簡単なものがいい。となると、素朴な装身具になりそうだが……。
……そうして考えたマリーリアは、決めたのだった。
「……うん。飾り紐、作りましょ」




