島流し96日目:秋、そして冬に向けて*4
翌日。島流し96日目は、百合根を目指して森の中を探索しつつ……ついでに、獲物が居たら仕留めて肉と毛皮を頂く。そんな日になる。
やはり、この島で一気に大量に食料を得るならば、肉が手っ取り早いのだ。尤も、肉だけだと飽きるので、当然のように他の食糧も大切なのだが……。
「あっ、居るわねぇ……。はい、散開!逃がすな!囲め!」
……ということで、百合根探しの傍ら、マリーリアは早速今日の獲物を見つけた。それは運の悪いペリュトンであったので、マリーリアはすかさずゴーレム達を使い、ペリュトンを囲い込んでいく。
逃げそうになる方向にゴーレムが立ちはだかり、ペリュトンが方向転換しようとしている間にどんどん他のゴーレム達が追い付いていく。……こうして寄ってたかって追いかけ回していくと、ペリュトンは逃げ惑い、混乱して、余計に消耗が激しくなり……まあ、簡単に仕留められるのである。
「うふふ、ペリュトンはありがたいわぁ。ふかふかの羽は冬ごもりのお供に丁度いいものねえ」
マリーリアはにこにこしながら、ペリュトンの死体をゴーレムに運ばせる。
……冬ごもりには食料も大切だが、防寒の備えも必要である。ペリュトンの羽毛や毛皮は、防寒の備えとしても役立ってくれることだろう。とてもありがたい素材である!
「じゃあ血抜きだけしておいて、後はのんびり百合根探しに戻りましょ。ふふふふ……」
マリーリアは拠点に戻ってペリュトンを吊るすと、また探索へ戻る。
……その結果、百合根をたっぷりと持ち帰ることができ、ついでにもう1頭、ペリュトンを仕留めることができた。
マリーリアとしては『大物が一気に2頭も見つかっちゃうと、処理が大変なのだけれど……』と思いつつ、狩りは時の運なので、偶々降って湧いてしまった幸運をむざむざ捨てることもできない。仕方なく、翌日はペリュトンの処理に費やすことになったのであった。
翌日、島流し97日目。今日はペリュトンの処理が主な作業である。
「皮を剥ぐのも大分上達したわぁ。速くなったの、自分でも分かるもの」
マリーリアはナイフをすいすいと動かして、どんどん皮を剥いでいく。
……元々、狩猟をしたことはあった。だが、ここに来ていよいよ、マリーリアの技術は磨きに磨かれている。何せ、やらねば生き残れない無人島生活だ。獲物を仕留めるのも、その皮を剥いで解体していくのも、どんどん上達していくのは当然と言えば当然である。
だが、楽しい。
できることが増えていくのも、できることがますます上達していくのも、楽しい。目に見える成果がある仕事は楽しいのだ。マリーリアは上機嫌で鼻歌を歌いながらペリュトンの首を落として、解体作業を進めていくのであった。
解体については、いつものことである。
内臓肉は傷みやすいものを今日中に焼いてしまうことにして、他の肉は塩漬けにして水を抜いてから風乾して、燻煙を掛けて貯蔵する。それだけだ。
……それだけ、といえば、それだけなのだが。
「塩が無くなるわねえ……」
……資材が足りない。そう。塩である!
「どうしましょ。一気に2頭も来ちゃったものだから、塩がちょっと足りないかも……」
今までも、ちょこちょこと塩を作っていた。ゴーレムに頼んでおけば、塩づくりは自動で進むのである。
だが……そうして貯蔵しておいた分も、この分では全て消えるだろう。何せ、2頭!2頭のペリュトンの肉を全て塩漬けにするのだから!
「今、製塩している分を回収してくればまあ、今日のところは足りるかしらぁ……。もっと増産しておかないと、駄目ね」
塩は冬の間も使う。増産しておかねばなるまい。だが……。
「となると、お鍋がもう1つ欲しいのだけれど……あああ、どうしましょ。でもやっぱりお鍋を作る余裕は無いのよねえ……」
マリーリアは頭を抱えつつ、時間と手と資源と……色々と足りないものに思いを馳せつつ、遠い目をするのだった!
塩については、引き続き増産させることにした。そして今は在る分でなんとかするしかない。
マリーリアは次々に肉を切り分けては塩を揉みこんで、土器の中へと入れていく。土器は釉薬を掛けたものだ。……いくらかはこのまま、塩漬けの状態で保存しようと思う。乾燥させずにとっておいてみて、どんなものかを確認してみたい。
まあ、その場合は当然、腐敗が進む可能性を排除できないので、可能な限り塩は多めに使っておいた。後は、塩の増産を見込みつつ、肉の処理を進めていくだけである。
そうして肉を一通り、なんとかした。塩の増産待ちで未だ塩漬けにできていない肉もあるが、それは仕方が無いので塩づくりを頼んでいるゴーレムに任せるとして……次に処理すべきは、毛皮であろう。
「毛はそのままがいいわねえ。ふふふ、これ、ふかふかだもの」
ペリュトンの毛皮は、羽毛でふわふわふかふかしており、冬ごもりに最適と言える。ベッドの上でこれに包まってもいいし、これで外套でも作って羽織っていれば、それだけでも大分ぬくぬくと生活できるだろう。
鞣し液には、変わらずどんぐりの木の樹皮を用いる。……『鍋を火にかけて樹皮を煮出す』という工程を行うには鍋が足りないので、仕方ない。土器に水を張って樹皮を漬け、そこに焼き石を投じていくことで湯を沸かしてなんとかかんとか、樹皮を煮出した。
そうして出来上がった液体に毛皮を漬け込んだら、こちらは待つばかりである。後は適当なところで引き揚げて、ゴーレム達にひたすら揉んでもらえばよい。
「毛皮……そうねえ、毛皮は多めに用意しておかなきゃね」
きっと、冬ごもりの準備を進めていく内にもっと毛皮が溜まっていくだろう。今までに狩った獲物の分も勿論、とってあるが……それら毛皮が冬を越すためには欠かせない。できるだけ暖かく過ごすためにも、ふかふかでほかほかの毛皮をできる限りたっぷりとベッドに敷き詰め、服を仕立てて、冬に備えたいところである。
「となると、樹皮がもっと必要ね。鞣し液を作るのも大変だわぁ……」
冬を越すまでに、アレも必要、コレも必要。必要なものが多すぎる。
アイアンゴーレムを揃えて祖国の土を踏みたい、という目標のために、なんとまあ、障害の多いことか!
……そして、目下、最も大きな障害は『冬』なのだが。
「ま、頑張るしかないわねえ」
マリーリアはため息を吐きつつ、次の作業に取り掛かることにした。やらねばならないことは山のようにあるのである!
肉と皮を処理したマリーリアは、そのまま夕食の支度に移る。
内臓肉の類を簡単に血抜きして、こんがりと焼き上げて、食すのだ。新鮮な内だから、ただ焼いただけでも十分に美味い。
「肝臓って本当に栄養満点なのよねえ。うふふふ……」
特に、滑らかな、まったりとした口当たりの肝臓といったら!脂がたっぷりと練り込まれたかのような濃厚な旨味と、野趣溢れる微かな血の苦み。その苦みすら旨味のように思えるのは、それらがこんがりと焼け、ほんのりと端が焦げた香ばしさとも一体になっているからだろうか。
「オレンジのソースも最高だわぁ」
……そして何より、このレバーのソテー、爽やかな柑橘のソースと共に在る!
そう。例の漂着物であったオレンジ。あれらはしっかりと煮詰め、ソースにしてから瓶詰にして保存してあるのだ。それがなんとも爽やかで、香りと酸味とがレバーによく合うのである。
「ワインで晩酌……というわけにはいかないのが残念ね。いつか自家製のワインを作ってやりたいけれど……帰る方が早いかもしれないわぁ……」
オレンジと同じく漂着物であったワインについては、そのまま保存してある。というのも、酒精を含むワインは活用の方法が様々にあるからだ。ついでに、放っておいて酢にしてしまってもいいかもしれない。酸は酸で、使い道が沢山ある。
「ブドウが自生してるといいけれど……流石にそれは難しいかしらぁ」
……この島には、かつて、人が居た。それは、奴隷の首輪があったことから十分に推測できる。
そしてベリーの類も海の外から持ち込まれたものだと考えるに値する代物だろう。なので……どこかに、ブドウがあったとしても、まあ、おかしくはない、かもしれない。
「……ワインが恋しいわぁー。うーん、贅沢を言うなら、李を漬けたお酒がいいけれど……」
マリーリアはしょんぼりしつつ、『でも、レバーは美味しいわぁー。文句なしね!』と元気を取り戻し、食事に戻っていくのだった。
さて。
そのまま寝てしまっても良かったが……マリーリアは寝る前にもう一仕事だけ、済ませてから寝ることにする。
「脂身って炒めるだけでいい匂いになるの、すごいわよねえ……」
それは、脂を採る作業だ。
ペリュトン2頭分の脂身を、片っ端から炒めて、炒めては脂を染み出させて、それを集めていくのである。
これは、冬の間の燃料になったり、食料になったり、はたまた石鹸になったり……様々に使われることになる。特に、冬は室内にこもることも多いだろう。そんな中なので、灯火のためにも脂は必要なのだ。
「脂にはローズマリーと……あと、オレンジの皮も入れておきましょ。うふふ、いい香りー」
漂着していたオレンジの皮。あれは皮を全て取っておいてあるのだが……その目的は、オレンジの皮に含まれる油である。これが柑橘の、なんとも爽やかで良い香りなのだ。
油は脂に良く溶けるため、ローズマリーやオレンジの皮を刻んだものを溶かした脂の中で少々煮出してやれば、その内脂に香りが移っていく。すっかり良い香りになった脂を焼き物の小さな器に移しては灯芯を沈めておく。これが蝋燭の代わりになるのだ。
「あら、かわいい色になったわぁ」
器の中、冷えて固まっていく脂は、ローズマリーの緑とオレンジの黄色にほんのりと染まってなんとなく可愛らしい。
マリーリアは『いつか、赤い野薔薇の色を移してピンクの脂にしたりしてみようかしら……』などと考えてみた。まあ、非効率的なので、当面、そんなことはしていられないが……。
さて。翌日。島流し98日目。
……目覚めて、外に出たマリーリアを待ち構えていたのは、とんでもない光景であった。
「……あらまあ、スライムが!」
なんと。
……畑にスライムが、1匹も居ないのである!
「えっ、えっ、ど、どうしちゃったのかしら!?」
マリーリアは流石に驚いた。あのスライム達が1匹も居ないとなれば、驚きもする。
だが。
「……あっ、居たわぁ」
畑から離れた位置。そこに、スライムの内の1匹を見つけた。更にもう少し離れたところに、もう1匹。
……ざっと周囲を確認すると、拠点から見える範囲内で10匹は確認できた。もう少し離れたところに残りも居るのだろうが……。
「どうしちゃったのかしら。畑が気に入らない?それとも家出の気分?」
マリーリアは早速、一番近くに居たスライムの様子を見に行き……。
「……あらぁー」
……そして、スライムを見てすぐさま、スライム達の意図を察することができた。
「……なるほどね。この子たちも、独自に越冬の準備をしてるのねえ……」
スライムの体内には、草や木の皮、それにナツメの実と思しきものが、いくつも浮かんでいたのである!
「これは便利だわぁー。じゃ、貰うわね」
そしてスライムは越冬用の食事を、マリーリアに奪われてしまうのであった!哀れ!




