島流し90日目:秋、そして冬に向けて*1
「えーと、じゃあ、今後の計画考えましょ」
ということで。
マリーリアは今後の方針を考えるべく、木の枝で地面に文字を書き始めた。
「今後の大きな目標はとりあえず、アイアンゴーレムの大量生産よね。それは間違いないわぁ。で、そこに辿り着くまでに……制約が2つ、あるわねえ」
マリーリアは深くため息を吐く。目の前に立ちはだかる問題は、大きい。
「1つは資源の制約。……このままだと、砂鉄は枯渇するわぁ。だから必ず、山の岩と土砂を切り崩さなきゃいけない。そしてもう1つは……時間と季節ね!」
「アイアンゴーレムはすぐにでも欲しいわぁ。1体でも2体でも、居れば居ただけ役に立つもの。命令して勝手にやっておいてもらえるものの幅がぐんと広がるから、冬までにアイアンゴーレムが欲しいのは間違いないわぁ……」
まず、アイアンゴーレムの存在は大きい。
たった1体分でも鉄を大量に必要とするアイアンゴーレムは、間違いなく、作るのがとても難しい。だが……1体でも居たならば、それはとてつもない戦力になる。
そう。戦力だ。戦闘要員としても当然、テラコッタゴーレムとは比べ物にならない程に優秀である上、生活の補助としても優秀だ。
何せ、命令が多少雑でも、マリーリアの意思が通る。『ここよりも島の中央に遠い方面で薪を集めて来て』と伝えれば、それだけで薪を集めてきてもらえる。そのくらいには、アイアンゴーレムは優秀なのである。
……素焼きの粘土などより、鉄は数段、上なのだ。強度も、魔法との相性も。そして入手の難しさも!加工の難しさだって!
「でも、アイアンゴーレムを作るには、砂鉄がもっともっと必要だわぁ。質の悪い鉄鉱石を製錬するのはもっと難しいし、原始的な炉でやるなら砂鉄がいいのよねえ……。でも、砂鉄だけで考えたら、えーと、一体、どれくらいの砂鉄が必要になるのかしらぁ……」
そう。アイアンゴーレムを作るのは、難しい。
当然のように鉄が必要だ。鉄を加工するための道具はなんとか揃ってきたところだが……原料を集めないことにはどうにもできない!
「……少なくとも、最終的には絶対に、鉄穴流しをしなきゃダメね。ちまちまやってるんじゃ、3年以内にアイアンゴーレム100体は厳しくってよ」
マリーリアの目標は、最低でもアイアンゴーレム100体分。そのくらいの手土産を引っ提げて帰るのでもなければ、島流しにされた甲斐が無いというものである。
だが……アイアンゴーレムを大量生産しようと思ったら、当然鉄穴流しが待っている!地形破壊には何の抵抗も無いマリーリアであるが、それでも鉄穴流しは少々、億劫である。
何せ、水を貯めこむための堰をいくつも作る必要があるし、貯水池になる場所の水底は粘土か何かでできるだけ固めてしまいたい。太い木を切り倒して板を作り、巨大な樋を作る必要もある。
……となるといよいよ、大仕事だ。一日二日どころか、十日掛けても終わらない作業だろう。そして、そんな大きな作業をするにあたって、人手が欲しい。そう。アイアンゴーレムだ。
「……アイアンゴーレムを作るための鉄穴流しをやるための設備を造るためのアイアンゴーレムが足りないわぁー」
そう!またしてもこれだ!『服を買いに行く服が無い』にも似た無限回廊がここにも待っているのである!
そしてこの無限回廊に更に刺客がやってくる。
「で、冬が来ちゃうのよねえ……」
そう。刺客の名は、『冬』。
……この無人島はフラクタリア王国より多少温暖であるが……それでも、冬になれば雪が降り積もる程度には気温が低くなるはずである!
「冬になって魔物も寝静まっちゃったら、狩りで食べ物を手に入れるのは困難になるし、となると、秋の内に沢山食べ物を蓄えておかなきゃいけないのよねえ……。家はあるけれど、家の中の暖房のための炭や薪も欲しいし……防寒具も作らなきゃね」
冬支度は、案外やらなければならないことが多い。
まず、食料の調達。秋になれば恐らく、木の実が実り、茸が生え、そして冬眠の準備を始める魔物達が闊歩するようになる。……まあ、そこで採取なり狩猟なりして、食料を貯めこまなければならない。少なくとも、冬を越せる程度には。
それから、防寒対策。この家は換気の為、屋根と壁の間に隙間がある造りをしているが、いよいよその隙間も塞いで、できる限り暖かく過ごせるようにしなければならないだろう。
マリーリアが着込むための防寒具も必要だ。毛皮を加工することになるだろうが……それにも時間がかかる。また、毛皮の加工などという細かな作業は、流石に、ゴーレムに任せるわけにはいかない。結局は、ここにマリーリアの手が必要になってしまうので……指示を出す者が居なくなってしまうのだ!
「優先順位としては……まあ、食べ物が第一になるわよね。祖国の土をもう一回踏む前に死ぬわけにはいかないわぁー」
ついでに王の顔を踏みつけてやる前に死ぬつもりもない。そんなマリーリアである。当然、鉄穴流しより先に、こっちが優先だ。アイアンゴーレムができたとして、マリーリアが冬を越せなければ意味が無いのだから。
「はあ、やることが山積みだわぁ……。でも、ちょっと見えてきたわね」
一通り、やるべきことや迫りくるものを地面に書き記したマリーリアは、よし、と頷く。考えを文字に書き起こしてみれば、案外、考えがまとまるものなのだ。
「やっぱり、鉄の生産が第一だわぁ。1体……1体だけでも、アイアンゴーレムを作らなきゃ」
そしてそう、結論を出す。
……マリーリアは、冬までの間にとりあえず、アイアンゴーレム1体を作るのだ。
「冬の間、ずっと作業を止めておくのは性に合わないもの。冬の間、一日中外に居ても問題ない副官が居たら助かるわぁー。頑張れば、秋の間になんとか、1体は作れるはずよ。鉄穴流しを本格的に整備しなくても、砂鉄をなんとか掻き集めればそれくらいはできるんじゃないかしらぁ」
マリーリアがアイアンゴーレムをとりあえず1体、と考えるのは、1体のアイアンゴーレムが居るだけでできることが一気に増えるからだ。
アイアンゴーレムは、優秀なゴーレムである。それこそ、ある程度はマリーリアの代わりのことができる。……即ち、マリーリアの副官のような働きをすることも、まあ、可能である。
アイアンゴーレムにテラコッタゴーレム達を率いるよう指示を出せば、それである程度のことはできる。マリーリアが冬場、家の中でぬくぬくしていても、だ。
そして、アイアンゴーレム1体ぐらいなら……恐らく、なんとかなるだろう、と。そう思われる。
「鉄穴流しの整備までできなかったとしても、上流である程度土砂を流すくらいはやらないと、砂鉄の収量は落ちてるものね……。ただ嵐を待つっていうのも性に合わないもの」
最終的には、鉄穴流しを大規模に行って、アイアンゴーレム100体を目指す。だが、ひとまずのところは……水路の整備も樋の準備もせず、ただ、自然のままの川に土砂を流していく方針で……多少なりとも、砂鉄を川に増やしていかねばならない。
逆に考えれば、それだけでもある程度は砂鉄が採れるだろう、という目論見は立っている。というのも、前回の嵐の後、滝壺に砂鉄が溜まっていたアレを再現すればよいということは分かっているからだ。
嵐の後に砂鉄が増えたのは、雨風によって崩れた土砂や転がり落ちて砕けた岩が砂鉄を生み、それが流れてきたからだろう。
つまり……嵐が無くとも、堰を作って水を貯め、そこに土砂を流しこんでかき混ぜて、嵐の後の川の水のように濁り切ったところで一気に下流へ流してやれば……多少効率が落ちようとも、一応は鉄穴流しのようなことができるはずなのである!
と、いうことで。
「じゃ、早速上流の土砂を崩しましょ。崩しながらその土砂で溜め池を造って、後は堰を作ればいいわよねえ。うふふふ」
……マリーリアはにっこり笑って、ゴーレム達と共に上流へと向かうことにした。
ひとまず、現在砂鉄採りに使っている滝壺を終点とできるように、更にその上流で岩と土砂を切り崩す予定である!
マリーリアはテラコッタゴーレム13体を従えて川の上流、更に上流へと向かう。
尚、残りはそれぞれ、製塩に2体、テラコッタゴーレムの部品を焼く炉に2体、炉を作るための粘土を採掘して運ぶために3体、と割いている。このあたりも同時に進めていかないと、効率的に物事を進めることはできないのだ。
特に、粘土は重要である。何せ、鉄を作る度に炉は作り直しになる。ある程度は前回使った粘土を砕いて加えて使い回すことができるが、一度焼けてしまった粘土は捏ねてもくっつかないので、全てを使用済みの粘土で賄うことはできないのである!
「夏も終わりねえ」
森の中、そして山の中を進んでいくと、そこかしこから夏の終わりの気配が漂ってきている。
百合が咲き誇り、ナツメの実が実り始め、そして、栗と思しき木にはイガがたっぷりと実り……。そう遠くなく、秋が来る。そして秋が来たと思ったら、2月程度で冬の気配がやってくるのだろう。
「急がなきゃね」
マリーリアはそう呟くと、『そういえばこれ、帰り道に掘り返して食べましょ』と、百合に微笑みかけた。百合にとっては酷なことだが、マリーリアにはでんぷん質の食糧がとても大切なのである!
……そうして、上流へ上流へ、と進んでいくと。
「あらっ出たわね」
ようやく、と言うべきか、魔物が出てきた。……最近は、砂鉄採りの滝壺あたりでは、全然魔物が寄ってこない。マリーリアが毎度毎度ボコボコにして仕留めているので、いよいよ『あいつはやばい』と魔物にも知れ渡ってきているらしい。狩りがしにくくなるので、マリーリアには少々つまらない話だ。
だが、今、マリーリア達の前に現れたのは、ペリュトンやグリフォンといった魔物ではなく……。
「ワイバーン、とはねえ。随分と豪勢になってきたわぁ。うふふふふ」
そこに居たのは、飛竜。空飛ぶ小型のドラゴンであった。
「総員、投石準備!投擲は一方方向から!味方に石を当てないように!」
マリーリアが指示を出すと、早速、ゴーレム達は足元の石を拾って……投げ始めた。
下手な投石も数を投げれば当たるものである。ゴーレムとマリーリアが投げた石は、ワイバーンの翼の膜に穴を開けた。
これにワイバーンは怒り狂う。マリーリア達を殺さんと、いよいよいきりたって襲い掛かってくるのである。
「死にたくないなら出てこない方が賢明だったわねえ」
マリーリアはにっこり笑うと、ワイバーンが接近してくるのを待って……。
「鉄は強いのよぉ」
……マリーリアを食い殺さんとしたワイバーンの頭を、つるはしでカチ割ったのである!
メキョッ、と音を立てて頭蓋骨を砕かれたワイバーンは、そのまま脳まで貫かれて絶命した。地に落ちたところで首を掻き切って、そのまま吊るして……血抜きも一丁上がりである。帰り道で回収して帰りましょ、とマリーリアはにこにこ笑顔だ。
「ふう、危ない危ない。空を飛ぶ奴らも居るのねえ……。嫌になっちゃうわ」
今回は中々の強敵であった。鉄の武器(否、つるはしは武器ではないのだが……)が無かったならば厳しかっただろう。
ワイバーンのように空を飛ぶ魔物相手に戦うならば、飛び道具が必要だ。或いは、飛び道具で挑発しておいて、地上に襲い掛かってきたところを一気に仕留めるだけの武器と腕前と度胸が。
「まあ、それだけこの島の中央部は魔力が濃い、っていうことなんでしょうけれど……」
……当然だが、ワイバーンはその翼から生まれる揚力によってのみ飛ぶのではない。魔力を用いて、言ってしまえば『空を飛ぶ魔法』を使って空を飛んでいる。
つまり、魔力量の多い魔物なのだ。そして魔力量の多い魔物は、魔力量の多い土地で生まれる。
「やっぱり、この島何かあるのよねぇ……?」
……この島は中央部に行けば行くほど、魔力が強くなるようだ。となるといよいよ……。
「……もしかしたら、アイアンゴーレムどころじゃなくて……ううん、取らぬ狸のなんとやら、ね……」
マリーリアは呟きかけた言葉を飲み込んで、さて、と目の前の光景を見つめ直した。
「さ。がんばりましょ!」
……ワイバーンを退けたマリーリアの目の前、幅広の川沿いの切り立った岸壁……花崗岩と、花崗岩が風化したと思しき土砂が露出した場所がある。
なのでマリーリアは、ここを崩すことにした!




