島流し80日目:製鉄*3
島流し80日目の昼から、マリーリアは鉄を打つ計画を進めることにした。
鉄を熔かすために必要な温度と、鉄を打つために必要な温度は異なる。鉄を打つためには、鉄を熔かす必要が無い。とりあえず赤熱するくらいまでしっかり熱した鉄の塊を、叩く。それでいいのだ。
だが。
「まずは、ハンマーを作らなきゃね……」
……そう。鉄を打つための金槌が、無い。
金槌の材料は何か。当然、鉄である。そして、鉄を打つための金槌を作るための鉄を打つための金槌を作るための……と、無限廻廊が待っている。
要は、『服を買いに行く服が無い』はここでも発生するのである!
だが、今回も目標は分かりやすい。マリーリアは早速、河原へ出かけることにした。
「いい翡翠が見つかるといいけれど……」
そう。目標は、翡翠。
靭性に優れ、叩いてもそうそう割れない素晴らしい石のために、マリーリアは河原を探すことにしたのである!
……というところで、まずはゴーレムを増産することにした。
「予備の部品も大分貯まってきたし、新しいゴーレムを増やしても問題ないわねえ」
ちまちまと焼いていた部品が多くなってきたので、補修用に部品を貯めこむ必要が減ってきた。ということでマリーリアは早速、テラコッタゴーレムを新たに増やす。
「総勢20体……ふふ、ちょっといいかんじだわぁー」
総勢20体となったテラコッタゴーレムは、マリーリアの号令に従ってしっかり動いてくれる。随分と増えた一団を率いて、マリーリアは早速河原へ向かうのだが……。
「じゃあ、あなた達5体はここに駐屯して、砂鉄採りを進めて頂戴ね」
まず、マリーリアは砂鉄採りを行っていた滝壺付近にゴーレムを5体残していくことにした。
今後も鉄は増産していく予定だ。いずれはより効率的に、と思うが、それでも今からできることをちまちまやっておくことには意味がある。
マリーリアは今までのやり方で砂鉄を採取してもらえるよう、ゴーレム達に指示を出しておくことにしたのである。これで、マリーリアが居ない間にも砂鉄集めが捗るのだ!後は、適度に砂鉄が溜まったところで回収に来さえすればよい!
さて。残る15体のゴーレムを率いて、マリーリアはさらに上流へと進む。
この川の河原で上質な翡翠を見つけたことがあるので、更に上流へ向かえば翡翠の大きな塊を見つけることもできる可能性が高い。
尤も、それだけでは『別のところから翡翠が転がってきてたまたま河原の石に混ざっただけ』とも考えられる。だが……それでもやはり、この河原沿いには、翡翠が精製されている可能性が高いのだ。
「翡翠は蛇紋岩の傍にあることが多い、んだったかしらぁ。そして蛇紋岩ができる時には大体一緒に磁鉄鉱ができて、磁鉄鉱が細かく砕ければ当然、砂鉄になるから……砂鉄が採れる川の上流には翡翠が多くてもおかしくないのよねえ」
そう。翡翠と砂鉄が一緒に見つかった場合、その上流ではかんらん石が蛇紋岩や磁鉄鉱になっていた可能性が高いのだ。マリーリアはそこに望みをかけて、翡翠探しを行うことに決めたのである。
「……とりあえず金槌を1本作るため、っていうことなら、そこらへんの石でも交換しながら使い捨てていけばなんとかなりそうではあるけれど……翡翠があるならその方がいいものねえ」
マリーリアとしては、できればよい道具、翡翠のハンマーが欲しい。それは、単に鉄を打つだけの目的ではなく、その他色々な使い道があるからだ。
「岩を砕く時に一々鉄を使わなくても良かったら、一気に一段階か二段階、飛ばせるものねえ」
……何より、やはり、今の状況では鉄製品を生み出すのにはかなりのコストがかかる、ということがある。
マリーリアとしては、『製鉄のための炭を作るための木を切るための斧』と、『製鉄のための砂鉄を生み出すために岩を砕くためのハンマー』は早めに揃えたいのだが、このどちらも鉄で作ろう、とすると、また地道な作業を繰り返していく羽目になるのだ。
その点、砂鉄づくりおよび岩砕きのためのハンマーだけでも翡翠で作れれば、砂鉄を集めたり、炭を焼いたり、鉄を打ったり……といった作業が1回か2回分、減らせるのである!
「量産できるようになるまでは、鉄づくりも大変なばっかりだものねえ……」
ということでマリーリアは、翡翠を探す!探すったら探す!現状、それが一番手っ取り早く、かつ、真っ当な道筋なのである!
……そうしてマリーリアと15体のゴーレム達は、ひたすらに河原の石を探し始めた。
が、テラコッタゴーレムには、『翡翠を探して』と伝えても実行できない。なので……。
「とりあえず、手あたり次第、これ以上これ以下くらいの大きさの石を持ってきてね」
マリーリアはそう伝えて、よっこいしょ、と河原の一角に陣取った。……そこへ、ゴーレム達がよいしょよいしょと石を運んでくるので、マリーリアはそれを見ては『これは翡翠じゃない、これも翡翠じゃない……』と鑑定していくのだ。
……自分で腰を折って河原の石を拾い集めない分、随分と楽である。ある程度『翡翠じゃない』の石が溜まってきたら、適当なゴーレムに『この山、向こうに退かしておいて』と指示を出せばいい。
こうしてマリーリアは、幾分楽に……それでも鑑定は全て自分の目にかかっている、という状況の中、翡翠探しを続けたのであった!
……そうして、夕暮れ時。
「これは……あっ、翡翠っぽいわねえ……」
マリーリアは、白っぽい塊を見て、ぱっ、と表情を輝かせた。
「これで6つ目、ね。この中のいくつが本当に翡翠なのかは分からないけれど……」
にっこり笑いつつ、手に入れた翡翠……らしい石を見つめて、マリーリアは大変に上機嫌である。
生憎、これらの石が本当に翡翠かどうかは分からない。重さを見たり、光に透かして見たり……最終的には、実際に鉄を打ってみて判別することになるだろうか。
だが、6つあって1つも翡翠が無い、ということもあるまい。マリーリアは楽観的に『まあ、これでなんとかなりそう!』と笑った。
「さて、これでハンマーはなんとかなりそうね。まあ……」
……まあ、これで全てが解決したわけでは、ないが。
「……翡翠、っていう、ものすごーく丈夫な石を、ハンマーに仕立てる必要があるけれど……」
そう!何せ、これから翡翠を加工する必要があるのだ!
とてつもなく頑丈な石を加工するのは、とてつもなく骨が折れる!マリーリアは、少々げんなりしつつ、はあ、とため息を吐くのだった!
それでもなんでも、やらねばならない。
マリーリアは島流し生活81日目の朝を、決意と共に迎えた。
そして……。
「雨!」
……雨が降る屋外を見て、『あらぁー』と気が抜けた。……やる気を入れたところでやる気を抜かれると、もう、どうしようもない。へにゃへにゃするしかない。
「まあ……石器を作るには丁度いいお天気かもしれないわねえ……」
マリーリアはそんなことを言いつつ、昨日の収穫である翡翠っぽい石6つを取り出した。
「まずは、磨いてみましょ」
そして、それらを研磨することになるのだ。
翡翠は硬いが、削れないわけではない。研磨剤……今回は、翡翠と同等の硬さを持つ珪石の砂と泥を用いて、研磨剤とすることにした。
研磨剤を水で練り上げて丁度いい泥状のものにしたら、それを適当な石に塗り付けて……そこへ、翡翠をこすりつけて翡翠を磨くのである!
「ハンマーがでこぼこだと、打った時に鉄もでこぼこになっちゃうものねえ……」
ひとまず、目標は『なめらかな面』の作成だ。適当に、なめらかな面が1つできればそれでいい。
何故なら……それだけで、翡翠のハンマーは完成だからである!
「柄を付けるのはどう考えても現実的じゃないし、いずれ金槌を作ることを考えても、ここで無駄に労力を割く必要は無いものね」
そう。マリーリアは今回、翡翠のハンマーを作るにあたって……『石をそのまま手で握って振り下ろす、原始的なハンマー』を想定しているのだ!
握りにくければ革紐を巻いて滑り止めにすればいい。柄が無いことによって火傷や何やらの心配は増すが……それも、どうでもいい。何故ならば、マリーリアが鉄を打つのではなく、火傷の恐れなど全く無いゴーレム達が鉄を打つからである!
「怪我には気を付けなきゃいけないものねえ。ふふふ……」
その分、ゴーレムの手の部品が熱膨張や収縮で破損する危険はあるが……彼らの手指の部品は、しっかりたっぷり作ってある。いくら破損してくれても、いくらでも直せるようにしてあるのだ。
……ということで、マリーリアは家の中、ゴーレム5体と並んで、ひたすらに翡翠を研磨してつるつるの面を生み出していくのだった。
しゃりしゃりしゃり、と研磨剤と翡翠が擦れ合う音が雨音とまじりあって、なんとも静かな一日であった。
そうして翌日。
「さて……炉に火を入れましょ」
焼き物をする時に使っている炉に炭をくべ、火を入れる。
「それで、鉄も入れましょ」
火が入ってしばらくしたら、今度は鉄を入れる。
箱ふいごでゴーレム達に送風してもらって火力を上げていけば……やがて、鉄の塊は赤熱し始める。
「じゃあ、早速叩いていくわよ……。よろしくね!」
……そしてマリーリアが場所を譲れば、ゴーレムの1体がやってきて……炉の中に手を突っ込んで、そのまま鉄の塊を掴み上げたのである!
そう!火鋏だって、必要ない!何故ならテラコッタゴーレムは火傷しないからである!




