島流し75日目:嵐*2
一瞬でマリーリアは様々なことを考えた。否、一瞬の後、更に数秒程度は、考えた。その間、目はマジであった。マジにもなろうというものである。当然だ。場合によってはこのまま戦闘準備に突入せねばならないところなのだから。
だが……そこまで考えたマリーリアはすぐさま、海岸沿いにゴーレムを展開していく。
「総員、散開!生存者を探せ!見つけ次第、取り押さえなさい!気絶までならさせていい!」
マリーリアの号令によって、ゴーレム達が一気に動く。その手に携えた槍が、こんなに頼もしいことは無い。
マリーリア自身も周囲の気配に警戒しつつ、海岸に打ち上げられた板の下、帆布の下などを見ては、人間が流れ着いていないかを確認していく。
……だが。
「居ない……か」
マリーリアは、『ああ、これは大丈夫そうねえ』と結論付けた。
というのも、マリーリアの見る限り、救命用の浮き輪や脱出用のボートなどは流れ着いていないのだ。恐らく、船の乗組員は船が沈む前に脱出したものと思われる。
「……ああよかった!もし王家関係の生存者が流れ着いちゃってたら、トドメ刺さなきゃいけないところだったわぁー」
マリーリアは笑顔でほっとすると、『何も無かった』という旨を報告に戻ってきたゴーレム達を労いつつ、改めて、漂着物を確認していく。
「船が一隻沈んだことは間違いなさそうよねえ……。そうでなくても、最低でも甲板かどこかの板は剥離、舳先か、下手するとフォアマストかが破損……そもそも帆が流れ着いている以上は、マストにも損傷があったんでしょう。となると、航行は難しいでしょうから……うーん」
漂着物の多くは、樽や木箱。そしてその中に収められていたのであろう食料や、その他諸々。これら全て、船室の中にしまっておくものである。これらが漂着している時点で、船が一隻沈んだ、という説が濃厚である。
「やだぁー……王家の船が沈んだのよねえ……ということは、近くに王家の船が来ていた、ってことよねえ……?何の目的で……?」
……だが、色々と腑に落ちない点はある。
王家の紋章が入った帆を掲げた船であるならば、間違いなく王家に関わる誰かが乗っていたことになる。無論、王族とは限らない。王の騎士団であるとか、貴賓であるとか……様々な可能性は考えられるが、少なくとも、フラクタリア王家が何らかのかかわりを持っていることは確かだ。
その船が沈んだ、となると……何かがあったのだろうが。まさか、王家の船がただ嵐に遭って沈んだとは考えにくい。
だが、何があったのか、ということはさっぱり分からなかった。漂着物を見れば多少、分かることはありそうだが……。
「積み荷が結構多く流れ着いてるわねえ。うふふふ、ありがたいわぁー」
まあ、何はともあれ、マリーリアにとってはありがたいことに、流れ着いた人間はおらず、そして資源はたっぷりとある!
大きめの板は最初に見つけた1枚きりだが、木箱の残骸らしいものや何かの部品だったのであろうものなど小さなものも含めていけば、中々の量の板が手に入りそうだ。
そしてやはり……木箱や樽の中身が、とても素晴らしい!
「あっ!この樽は中身、入ってるわぁー!素敵!」
マリーリアは、破損していない樽を見つけて中身が入っていることを確認した。樽のラベルを見る限り、中身は葡萄酒のようである!
「……蒸留しようかしらぁ」
葡萄酒はそれ自体も素晴らしい品であるが、葡萄酒を蒸留して集める酒精はあれこれを生み出すために重要である。マリーリアはにこにこしながら樽を転がして、海岸から離れた場所に置いておいた。
続いて、壊れていない木箱の中からはオレンジが発見された。マリーリアはこれにも大喜びである!
恐らく、この島にはオレンジなど生えていない。積み荷からしか得られないごちそうである。また、皮から採れる油も何かに使えるだろう。
……また、葡萄酒を古くして酢に変えるか、はたまたオレンジの果汁を大量に使うかすれば、石鹸から蝋燭を作ることもできそうである。まあ、現状、明かりのための燃料は脂をそのまま使って賄ってしまっているので、優先度合いは低いが……。
更に、瓶もいくつか流れ着いていた。中身が詰まったままのものが壊れた木箱に残ったまま流れ着いていたり、割れたものが流れ着いていたり、様々であったが……それらは概ね、酒類である。
また、それら酒の肴に丁度良いのであろう、上等なハムが一本、原木のまま流れ着いていた。これは船の帆に絡まるようにして流れ着いていたらしい。マリーリアは『ハム!』と悲鳴にも似た歓声を上げて大喜びである!
更に、金で縁取られたグラス……の残骸であろうガラス片や、ランタン……の残骸であろう鉄屑、銅のマグも見つかった。随分と色々なものが漂着したものである。
そして……これら漂着物を見ていると、やはり、高価なものや高価なものの残骸が幾らか見受けられた。樽の葡萄酒も、中々に高価な代物だろうに流れてきたのだから……今回沈んだのは、王家の船ということで間違いなさそうである。
「それにしても……これで全部だとすると、少し少ないのよねえ。もうちょっと上手に流れてきてくれればよかったんだけれど……」
マリーリアは『折角ならもう一樽くらい葡萄酒が欲しかったわぁ……』とぼやきつつ、漂着物を整理しつつ……ふと、思いつく。
「……実は船は沈んでいなくて、損傷を受けながらも……ええと、船を軽くして速度を出そうとした、とか?でも、何かに追われていない限りそんなことも無いものねえ……。海賊でも出たのかしらぁ」
『王家の船が海賊に襲われた』ということなら、納得がいく。だが、いくら海賊とはいえ、王家相手にそんなことをしてしまえば、後々、討伐隊を組まれたりなんだりと厄介ごとになるのは分かり切っているだろうに。随分と無謀な海賊が居たことになってしまうが……。
「……まあ、考えてもしょうがないわね。ささ、拾うものを拾って、帰りましょ」
ここで船の行方や海の状況を考えても仕方がない。
マリーリアは気を取り直し、ゴーレム達と分担しながら漂着物を持ち帰るべく、荷造りを始めるのであった。
午後からは砂鉄採りに向かう。大雨の直後だ。川の様子も変わっているだろう、とふんでマリーリアは慎重に川へ向かったのだが……。
「……あらぁ、崩れてる」
川の途中、崖になっていた場所の岩がいくつか、崩れていた。少々地形が変わってしまっている。
「これだと……上流の方も岩が動いたり水の流れが変わったりしているかもねえ」
マリーリアは『心配だわぁ』と呟きつつ、川沿いにどんどん進んでいく。
……嵐の後の森の中は、やはり、少々気配が異なる。嵐の後だからか、魔物の気配も薄い。未だ水気を含んだ下草を踏み折りながら、折れて落ちた枝を避けながら……或いは『あらぁ、薪に丁度いいわぁ』と拾い集めながら……マリーリアは嵐の後の様子をしっかりと観察していく。
この調子で、嵐はあともう2、3度、この島を襲うだろう。或いはもっとかもしれない。
その時、一々戸惑わずに済むよう、『嵐の後は大体こうなるのね』と把握しておきたい。嵐でどの程度のものが吹き飛ぶのか。どんなものが崩れ、どんなものが動くのか。増水した時の川の流れは。それによって流されてくるものは何かあるか。
……そんなことを逐一観察しながら進んでいけば、やがて、砂鉄採りの河原へと到着する。
「……色々流れてきてるわねえ」
川の流れは多少、速い。雨で水が増えたことによるのだろう。そして、そんな流れに流されてきたらしいものが、河原に打ち上げられていた。
「あら素敵!木が根こそぎ!」
その中の1つ……川岸に生えていたところを増水によって抜けてしまったのであろう木を見て、マリーリアは目を輝かせた。石斧で切るには少々太めのそれは、まっすぐで、木材として中々具合が良さそうである。木材は大切だ。特に……今後のことを考えると、やはり、煉瓦の家および倉庫がもう1つくらい欲しい今は!
マリーリアは他にも河原に打ち上げられているものを確認していく。
……うっかり奴隷の首輪が混じっていないだろうか、と確認してみたのだが、生憎、それらしいものは見つからなかった。
だが。
「……ナイフ、よねえ」
川岸に流されてきた木の枝や根っこに混じって、すっかり錆びて朽ちかけたナイフが一本、紛れ込んでいた。
人工物である。誰かがかつてここに居た証、とも言えよう。
「……上流の方の探索を先にすべきかしらぁ」
マリーリアは呟きつつ、川の向こうへ視線をやる。
上流はそのまま、崖を登って行った方にある。要は、山の中だ。山の水が集まって、丁度谷らしくなっている部分を伝って流れ落ちて、この河原へ到達するらしい。
そして恐らくその上流の方、山の中に……もっと多くの人工物が遺されている、のだろう。
だが、今はそれらを気にするどころではない。
そう。それどころではないのである!
「あらぁ?砂鉄が……増えてる?」
マリーリアは、川の底に目を凝らして首を傾げた。
……そう。そこには、黒くキラキラと煌めく砂鉄がいくらか沈んで見えるのだ。
勿論、嵐の前にも見られた光景だ。だが……量が、幾分多いように見える。
「……滝壺、行ってみましょ」
マリーリアは、はっとしてすぐさま上流へ向かう。そして丁度、上流からの水が落ちてくる場所……小さな滝壺へとやってくると……滝壺の底に目を凝らして、そこを見てみる。
すると。
「砂鉄が……まあまあまあ!砂鉄がこんなに沈んでる!」
滝壺の底には、砂鉄がたっぷりと積もっていたのである!
「えっ、前からここ、こうだったかしらぁ……?」
マリーリアはしげしげと滝壺の底を見てみるが、そこにはやはり、砂鉄が積もっている。そして、砂鉄以外の砂は、少ないように見えた。
「いえ、多分、上流で岩が削れて砂鉄ができて、それが上流から流されてきて、ここに溜まったんだわ……」
これは、天然の水簸設備だ。上流に堆積していた砂鉄が、嵐によって勢いを増した川に流されてきて、ここへ落ちた。
そして滝壺は水深が深い。そして水が溜まりつつも、上澄みから順に流れていく場所である。つまり……軽い砂粒は全て巻き上げられて流れていくが、重い砂鉄や岩の欠片といったものは沈んで、そのまま積もっていきやすいのだ。
「これは採らない訳にはいかないわぁ。ふふふ」
マリーリアはにこにこしながら、早速、滝壺の底の砂鉄を採るべく……。
「えーと、どうしましょ。土器に縄をかけて、釣瓶のようにする?それとも潜水して……あ」
色々考えたマリーリアであったが、すぐさま結論を出した。
「……あなた達、潜水しておいでなさいなぁ」
何も、マリーリアが潜水する必要は無い。ゴーレム達に沈んでもらって、川底の砂鉄を汲み出してもらえばいいのである。
呼吸を必要としないゴーレムこそ、潜水にもってこいなのだ!




