島流し6日目:雨*2
マリーリアが海岸に赴くと、そこは多少、荒れていた。雨が降って風が吹いて、多少海が荒れてくれたおかげだろう。
濡れた流木が鳥の巣のようになっている中を漁ってみると、早速、昨日までは無かったものをいくつか見つけることができた。
「えーと、ランタンの残骸と、壊れた木箱……それからボロ布!素敵!」
拾い上げた品物を麻袋に収納すると、マリーリアはるんるんと海岸を歩いて尚も漂着物を探す。
「瓶は……割れているものがあるけれど、まあ、割れてるのよねえ……」
本当なら、もう1本2本、瓶が欲しい。液体を保存しておける容器は貴重だ。だがやはり、そう都合よく瓶が流れ着いてくれるものでもない。仕方ないわねえ、とマリーリアは早々に諦めて、続いてハーブの類を探し始めた。
「確かこの辺に……あっ、あったあった。ふふふふ」
海岸と森の間あたり……植物が生え始まる辺りを見ていけば、そこの茂みの1つが見覚えのある植物であった。ローズマリー、という植物である。
「ふふ、いい香り」
肉にも魚にも合うハーブだ。上手く加工すれば、化粧水や香水にもなる。いつかは化粧水くらい作りたいものであるが、今のところそれはまだまだ先の話になりそうだ。
「摘んで帰って干しときましょ。ふふふ……」
ということで、マリーリアは茂みからローズマリーの枝をわさわさと刈り取って持ち帰ることにした。若い枝は刺し芽にしておいたら根付くだろう。畑の片隅に植えることにした。
「それから海水も汲んで帰って……あら?」
そんな折、マリーリアはふと、波打ち際できらりと光るものを見つけた。何かしら、と近づいてみると……。
「……瑪瑙かしら。ふふ、綺麗ねえ」
それは、乳白色にほんのりと橙の縞が入った瑪瑙であった。それなりに大きい。波に磨かれてすっかり丸くなり、その滑らかな表面がつやりと光る様子がなんとも美しい。
……ついでに。
「あっ……よく考えたら火打石ができるわねえ」
マリーリアは、先程拾ったランタンの残骸と、今拾った瑪瑙とを勢いよく打ち合わせてみる。
かつん、といい音がして、ついでにランタンの残骸……鉄が微かに削れ飛び、小さな火花となった。
「……これがあれば火熾しが大分楽ねえ。ふふふふふ」
マリーリアはにこにこるんるん、と大変な上機嫌で拠点へ戻ることにした。ナマズの調理のために火熾しするのが、むしろ楽しみですらある!
そうしてマリーリアは拠点で、火打石を打ち合わせていた。
「よし。麻くずには本当にすぐ着火するわねえ」
かつ、かつ、と火打石を打ち合わせて数度。ぴっ、と飛んだ火花が麻くずの上で火種となって、それがやがて焚火となる。とても快適である。少なくとも、流木で流木をひたすらこすり続けるよりはずっと……。
「ナマズは焼いて食べましょ。ふふふ……」
マリーリアはナマズを捌き、その白身に海水を振りかけ、ローズマリーを散らして少し置いておく。中骨は前回同様、焼いて干しておくことにした。
ローズマリーの葉を散らした白身は柔らかい。串を何本か刺してから焼く。こうすると身を崩さずに焼くことができるのだ。
「ふふ、串に刺したお肉やお魚を炙っている時って、どうしてこう、楽しいのかしらねえ……」
じゅう、と身が焼き縮み、ぱちり、と脂が爆ぜる。魚の身の端の方がカリカリに焼けていくのもまたなんとも楽しい。
マリーリアは暫し、焼けていく魚の身の様子を観察していた。
「さて、今日もいただきます!」
そうしてナマズのグリルとマンイーターの蔓と野草のスープとで食事にした。スープの方は、前回焼いて干しておいた魚の骨を煮立たせて出汁を取ってみた。まあ、旨味はそれなりに出たので成功と言えるだろう。
だが、やはり出汁は今後も重要である。
ご飯を美味しく食べることは、この無人島生活においてとてもとても大切なことなのだ。何せ、娯楽らしい娯楽が他に無い!
「紙とペンがあれば詩を作ってみてもいいし、色糸と布があれば刺繍をして楽しんでもいいけれど、生憎どちらも無いものねえ」
そう。娯楽。いずれは娯楽を必ずや手に入れたいところだ。だが今はその時ではない。
よってマリーリアは、できる限り、ご飯を美味しく食べる必要がある。さもなくばこの無人島生活を耐え抜くことはできないだろう!
……ということで。
「じゃあ早速干しましょ」
マリーリアは昨日、雨の間に編んだザルを持ってきた。そして、マンイーターの蕾を薄切りにしてはザルの上に並べていく。
……マンイーターの蕾は、肉と茸の間のような味わいであった。ということは、干したらいい出汁になるのではないだろうか。
「ふふふ、楽しみだわぁ」
マリーリアは鼻歌交じりに蕾を切っては並べ、切っては並べていった。そうして蕾の薄切りが並んだザルは、葺いたばかりの屋根の上に括り付けておく。これで天日干しできるだろう。
「保存食も今から考えておかなきゃ。夏の間は植物が良く育つでしょうけれど、雨が降って動けなくなる日も増えるでしょうから……」
まあ、心配はある。心配はあるが……今は考えないこととした。マリーリアは、今できることを地道にこなしていく他無いのである。
「ふふ……ああ、あなた達にもご飯をあげなきゃね。はい」
そうして保存食づくりのついでに、食事に使った焼き串や調理中に出た野草の切れ端、マンイーターの蔓の皮や蕾の切れ端などをスライムに与えていく。2匹のスライムはぷるぷるしながらそれらを元気に食べていった。
「……ちょっとかわいいわぁ」
まあ、娯楽の無い無人島生活でも、スライムは案外かわいいものである。マリーリアは『スライムをつつくのを娯楽にしようかしらぁ……』と、スライムにとっては傍迷惑であろうことを考えたのだった!
さて。
そうして昼前から、マリーリアは炉造りに戻ることにした。
「ああー……形が崩れちゃってるわね。ちょっと整えましょ」
炉は、雨に濡れてしっとりとしたせいで形が崩れてしまった箇所があった。だが、下の方は比較的乾いていたからか、そこまで酷くない。
「これくらいで済んでよかったわぁ。ふう……」
炉は大切だ。これからどんどん色々なものを焼いていかなければならないのだから。
食器、壺、ゴーレム……そしていずれは煉瓦や瓦も焼いていく。その時を一日でも早く迎えるために、炉には頑張って乾燥してもらいたいものだ。
それからマリーリアは、木を切りに行くことにした。
炉は次の段の粘土を積み上げられるようになるまで、まだあと1時間程度は置いておきたい。ということで、その間にやはり『切ってから乾燥が必要』な薪を切りに行くことにしたのである!
「昨日は使わなかったものねえ、これ……」
マリーリアは石斧を持って、早速、拠点近くの木を切っていくことにした。
拠点を広げるとしたらどちらに広げたいかを考えて、そちらの方向に向かって、木を切っていく。そうすれば、薪が手に入るのと同時に敷地も手に入るのだ。
「切れ味がいい、とは、言えないけれど……よいしょ。案外、なんとかなるものねえ」
マリーリアは石斧を振るって、次々に木を切っていく。マリーリアが切り倒す木は、然程太くないもの……マリーリアの腕か足首か、といった太さのものが中心だ。ぼこぼこと石斧で殴るようにして木に傷を入れていって、そして、傷が半ばまで達したらその木に体重を掛けて折り取るのだ。
こんな伐採の仕方なので、これよりもっと太い木になると切り倒すのは難しいだろう。まあ、今は細めの木を使うだけでも十分だ。
「これは長くて真っ直ぐだから、家を建てる時の柱か筋違に使いましょ」
時々、長く真っ直ぐな木材を見つけたら、それは後々の建材として取っておく。ほくほくしながらマリーリアは伐採した木を拠点へと運び続けた。
「さて、薪は……どうせ当面は使えないものねえ」
そうして拠点の屋根の後ろあたりに、薪となる木材が積み上げられることになった。
が、これらが使えるようになるまで、何か月もかかる。木材は案外、乾燥しない。縦に割ってしまえばもう少し乾燥が早いのだが……この第一弾の薪が乾燥するまでは、流木と枯れ木で賄いたい。が、どうしようもなくなった時のことを考えて、やはりいくらか、縦に割った薪を作っておくべきだろうか……。
マリーリアは『薪を縦に割るのをこの石斧でやるのはちょっと難しいかも。となると、ナイフを使うことになるから、ちょっとナイフの刃の消耗が心配よねえ……』などと考えつつ、炉の次の段を積み上げ、炉が少し乾燥するまでまた木を切りに出かけ……と繰り返す。
繰り返す傍ら、太陽がじりじりと動き、マリーリアは考え、『いずれ来る燃料不足……雨に濡れてまた湿気る薪……薪小屋づくり……やることが多い……!』と思考を巡らせ……。
「やっぱり薪の自然乾燥なんて待ってられないわねえ」
そう、結論づけた。
「火で乾かせるようにしましょ。土台作りならそんなに時間はかからないし……どうせ、薪を収納しておく場所はほしいものね」
マリーリアはため息を吐くと、早速、簡易的な薪小屋を作るべく、動き始めるのだった。
まずマリーリアがやったことは、木材の強化である。
「片側を削って杭にしましょ。それで、中まで炭になっちゃわない程度に表面を炭化させて、朽ちるのを防いで……」
木材は、そのまま建材にすると……いずれ、腐る。
なので少々、防腐加工をしておきたい。それが、『炭化』である。
木炭は自然に還らない。否、無論、長い長い年月を掛ければいつかは還っていくのだろうが……数年程度では全く土に還らないのである。
その性質を利用すれば、『雨に濡れても、地面に打ち込んでも、そうは朽ちない杭』が作れる。無論、木の中まで炭化してしまうと木材としての強度が皆無になってしまうので、調整は必要だが……。
「さて、打ち込むわよぉー。うふふふ」
そうして木材を10本ほど上手に炙ったら、それらを使って簡易的な薪小屋を作る。
まず、4本の杭を地面に打ち込んでいく。続いて、立てた杭の途中、マリーリアの腰のあたりの高さで、棒を2本、平行に固定する。この2本の横木に渡るようにして薪の木材を乗せていくのだ。
そして最後、屋根になる部分の骨組みを作る。屋根は中央で分けるようなことはしない。一枚板を斜めに被せたような具合になればそれでいい。不要な労力と資源は節約していくべきなのだ。
……さて。
そうしてマリーリアは木材をどんどん組み立てていく。
杭の上部をガンガンと石で殴りつけていくマリーリアの姿は、非常に逞しい。令嬢らしいかと言われれば当然、『否!』である。が、マリーリアは生き生きとしていた。
マリーリアは、『私、こういう風に物を作るの、結構好きだったのねえ』としみじみ思う。
生家では勿論、軍を率いていた頃も、こうして何かを自分だけの意思で作る機会はほとんど無かった。だが……今、こうしてやってみると、これが何とも楽しいのである。
それでいて、自由だ。
「……自由、ねえ。ふふ」
島流しという刑罰の中にありながら、今までよりも強く自由を実感するとは、なんとも不思議な話だ。
マリーリアはくすくす笑いながら、しばらく楽しく薪小屋を作っていくのだった。
……そうして日暮れには、薪小屋が完成し、炉は今日中に4段積み上がり、そして、薪小屋には今日伐採してきた薪が収まった。
「薪小屋に収めるのに丁度いい長さにするのが案外面倒だけれど、でも規格が揃うって考えれば悪くないわぁ」
薪小屋の奥行に合わせて薪の長さを決める必要があるので、ここに収められた薪は長さが揃っている。そして、この長さの薪をくべるのに丁度いい大きさの炉を作っているので、まあ、全てが上手くかみ合っていく予定である。
「……ところでこれ、なんだか本当に建物みたいよねえ……」
薪は、2本の棒に渡すようにして置いてある。それだけの簡易的な薪小屋……否、『薪置き場』なのだが。
「これ、床だわぁ」
……そう。
もし、ここに並べられたものが薪ではなく板であったなら……これは、高床式の簡易家屋の、床にあたる部分になっていただろう。
「……あらっ、これ……案外、寝心地いいわぁ……」
ということで、マリーリアは薪の上に寝てみた。案外、悪くなかった。強度が心配なのですぐ降りたが。
「……ここ、薪小屋じゃなくてベッドにしちゃうべきかしらぁ……うーん……」
まあ、薪小屋は必要なので、ここは薪小屋である。
だが、これをもう少し強度を高めて作って、ちゃんと屋根を葺いてやれば……ベッドができそうだ。そして、今ある屋根の方は物置として使えるようになるかもしれない。
マリーリアは『久しぶりに地面を離れたわぁ』とくすくす笑いつつ……ベッド計画を立て始めるのだった。




