憧れ
私は言葉を失ってしまった。
私は、皐月を殺した犯人となずなを殺した犯人とは当然に一致すると思っていた。
皐月の死の真相を明らかにすることで、なずなの死の真相も当然に明らかになるものだと思っていたのである。
しかし、それは違っていた。
なずなを殺した犯人は、珠里ではない。
なずなを殺したのは、別の誰かなのだ。
「かのちゃん、私、お姉ちゃんのことが大嫌いだって話したよね?」
掴みかけたと思っていた真相が遠ざかってしまったことで茫然自失となった私に、珠里は話しかける。
「私にとって、お姉ちゃんはコンプレックスの対象だった。私は周りから常にお姉ちゃんと比べられて、私自身も常にお姉ちゃんと私を比べてしまって、私は惨めな思いをしていた」
たしかに、珠里は保護猫カフェでそのような話をしていた。
「私は、セゾンstationでデビューをしたお姉ちゃんのアンチになって、お姉ちゃんに嫌がらせをしてた。でも、お姉ちゃんはそこでも私に打ち勝った」
珠里は「きりんちゃん」としてSNS上で麻美を誹謗中傷していたものの、結果、麻美はアイドルを辞めず、珠里はなおさら惨めな思いをした、という話だった。
「そこで、私は、お姉ちゃんと同じ土俵に立つことでしか、お姉ちゃんを克服することはできないと思った。だから、私は、新しく作られる予定だったセゾンstationの姉妹ユニットのメンバーに応募した」
「……姉妹ユニット?」
「そうだよ。ふうかちゃんが発起人になって立ち上げる予定だったんだ。メンバー選考には、セゾンstationの末っ子だったなずなちゃんも加わってね。まあ、結果として陽の目を見ることはなかったんだけど」
珠里は、私にアイドルオーディションを受けた話をしていた。
私は、それはてっきりアイラッシュのオーディションなのだと思ってた。
しかし、実際には、それはアイラッシュではなく、実物アイドル――セゾンstationの姉妹ユニットのオーディションだったようだ。
「私は、お姉ちゃんの妹であることを伏せてたのに、ふうかちゃんもなずなちゃんも、私がお姉ちゃんの妹であることを見破った。私はオーディションに合格したけど、内心、とても悔しい思いをした」
だけど、と珠里は声を落とす。
「その時の私は、まだ恵まれていた。お姉ちゃんが死んじゃったのは、私がオーディションに合格した二週間後。それが本当の悲劇の始まりだった」
麻美は、例のビル火災によって命を落としたのである。
「他に犠牲になったセゾンstationのメンバーは全員ビルの中で焼死した。だけど、お姉ちゃんは違った。火事から逃げようとして、ビルの七階から飛び降りて死んだの」
それは知らなかった。新聞にも週刊誌にもそこまでの詳細な記載はなかった。
「どうして……?」
「どうしてお姉ちゃんがそんな早まった行動をとったのかは私には分からないよ。お姉ちゃんがそんなバカな行動をとらなければ、もしかしたら未来は変わっていたかもしれない」
ともあれ、と珠里は続ける。
「私の未来は、お姉ちゃんの死によって決定づけられた。憧れてたお姉ちゃんを失った私は、生きる意味を失った」
――あれ?
「じゅりちゃん、お姉さんのことは大嫌いだったんじゃ……?」
「大嫌いだ、って私も思ってた。でも、お姉ちゃんが死んで、私は気付いた。私は、本当はお姉ちゃんのことが大好きだったんだって」
珠里の目に涙が溢れる。
「私はお姉ちゃんのことが大好きで、憧れてた。だから、お姉ちゃんと血が繋がっていないということがショックだったし、お姉ちゃんと比べられて『似てない』と言われていたことがショックだった。お姉ちゃんがアイドルとして売れていくことで、お姉ちゃんが私からどんどん離れて行ってしまうような気がして耐えられなかった。だから、お姉ちゃんにアイドルを辞めて欲しいと思った」
「だから、『きりんちゃん』になってアンチ活動を……」
「そう。私は、お姉ちゃんをずっと独占していたかったの。私は幼稚だから、お姉ちゃんをずっと私だけのものにしていたかったの。私がセゾンstationの姉妹ユニットに応募したのも、お姉ちゃんに近付きたかったからなの。そのことに、私自身、お姉ちゃんを失ってようやく気付いた」
――複雑な感情である。
まさにコンプレックスなのだろう。
そのコンプレックスは、麻美と血が繋がっていないことが分かり、麻美がアイドルとデビューしたことでさらに強まっていったのだ。
そして、麻美が突然あのような形で死んだことによって――
「憧れのお姉ちゃんがいない人生には意味なんてない。私はずっと虚無な日々を送っていた」
「そして、それは」と珠里は続ける。
「私だけではなく、ふうかちゃんとなずなちゃんも一緒だった。私たちは三人とも、あの忌々しきビル火災によって、生きる意味を失ったの」
珠里の話が、クラクションで風華がしていた話とシンクロする。
「だから、私たちは『セゾンstation』を復活させた。VRという技術を使ってセゾンstationの再結成させることを最初に思いついたのはなずなちゃん」
これも風華から聞いたとおりである。
「なずなちゃんは、ふうかちゃんを口説き落とした上で、私にメンバーにならないかと打診した。私は喜んで承諾した。お姉ちゃんをもう一度ステージに立たせることができる。そして、私が憧れのお姉ちゃん――ミマになれる」
私は、珠里とミマの関係について、ようやく理解しつつあった。
ミマは、セゾンstationのみまであり、麻美である。
ミマは、なずなが麻美の写真を見ながら描いたキャラクターであるため、ルックスは麻美にそっくりである。
ミマ(麻美)と珠里のルックスは、血が繋がっていないということもあり、たしかに似ていない。ミマは長身の綺麗系であり、珠里は背が低くロリ系である。
その身長のギャップは、VR処理によって埋められている。
他方、ミマ(麻美)のパフォーマンスと、珠里のパフォーマンスは似ているらしい。それは、珠里がセゾンstationの姉妹ユニットのオーディションを受けた際に、風華となずなが口を揃えて指摘したところだ。おそらく、無意識のうちに、珠里は憧れの姉を真似ていたのだろう。
そして、珠里は、キャラクターをミマ(麻美)に寄せている。普段は挙動不審な珠里であるが、ミマの中の人をやっている間は堂々としていて、頼れるお姉さんタイプなのだ。
アイラッシュの中でも、珠里は、一際特別な想いを抱きながらVRアイドルの中の人をやっているのである。
「アイラッシュでミマになることこそ、私がようやく見つけた生きる意味なの。この世界でミマが頂点を取ることが私の生きる目的。私はそのためだったら、何でもできる」
たとえば、と珠里は、涙を目に溜めながら不敵に笑う。
「邪魔者を殺すことだってね」




