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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
200/282

第185話 師と弟子②



…………………………………





…………………





………









「はっ!?」



意識の覚醒と共に飛び起きる。



「おう、目覚めたか…」



声に反応して視線を向け、ようやく自分が部屋に運ばれていたことに気づく。

そして同時に、腹部に走る鈍い痛みに顔をしかめた。



「大人しくしていた方が良いぞぉ…。大分強く蹴ったからなぁ?」



蹴った…、蹴られたのか、俺は…

ということは、つまり…



「負けたんですか、俺…」



「当たり前だ。その台詞は二百年は早いぞ? 全く…、小童の癖に生意気な…ズズ…」



師匠は何かを啜りながらそう返してくる。

あ、そうか、夕飯か…。そういえば今日は俺が当番だったな…



「すいません師匠、俺がやりま…、ぐぅ…!?」



慌てて立ち上がろうとするが、腹部の痛みに思わず膝をつく。



(ちょっとなんだこの痛み…、洒落にならなって…ぐわっ!? なんだこれ! どうしてこうなってるの!?)



服を捲りあげ、直接腹を確認するとエライことになっていた。

なんというか、内側に捻じれるような感じで肉が巻き込まれていたのである。



「強く蹴ったと言ったろうが? いいから大人しく寝ておけ」



(強くって…、強く蹴ると、人体って内側に捻じれるの…? マジで規格外だなこの爺さん…。本当に同じ人族なのか…?)



ひとまず、俺は師匠の言葉に従い大人しく寝ていることにする。

じっとしていれば痛覚が和らぐ辺り、恐らく俺の精霊がしっかりとコントロールをしてくれているのだろう。

であれば、後はナノマシンに任せておけば完治はするはず…。多分。


しばらくして、師匠が鍋を持ってこちらに向かってくる。

部屋の中心には囲炉裏があり、自在鉤と呼ばれる鍋吊りが付いている。

師匠はそれに鍋を吊るし、胡坐をかいて薪をつつき始めた。



「トーヤよ、ちゃんと口はきけるか?」



「え、ええ、問題ありません」



「ふん、相変わらず頑丈な奴だ」



師匠はそう言って、暫し黙って薪をつつくのに専念する。珍しい態度に正直困惑を隠せない。

厳格で厳粛そうな見た目だが、師匠は意外に良く喋る人だ。

普段であれば勝手に好き放題喋りだすというのに、今日はやけに無口だな…



「…さっきの攻撃、悪くなかったぞ」



「っ!?」



俺は痛みも気にせず飛びあがりそうになる。

今の、もしかして褒められた? まさか、この師匠が…?



「…お前、今失礼なこと考えただろ? 漏れているぞ、内心が」



師匠に言われて、俺は慌てて自制を行う。

でも、仕方ないじゃないか…。だって、この二年で師匠が賛辞らしい賛辞を口にしたのは初めてのことなのである。

師匠ははっきり言って子供だ。老人の皮を被った子供なのである。

意地っ張りで意固地で負けず嫌い。そんな師匠だからこそ、素直な賛辞など期待していなかったのだが…



「いえ…、その、すいません…。でも、結局俺、負けたんですよね?」



「…なんだ? もしかして、生意気にも勝つつもりだったのか?」



「う…」



師匠の視線が鋭くなる。

確かに、明らかな実力差のある俺が勝ちに行くなど、烏滸がましいにも程がある。

しかし、今日だけは、どうしても師匠に一矢報いたかったのだ。



「…何を焦っている?」



「っ!?」



気づかれた!?

先ほどとは違い、今の俺は感情の色を完璧に誤魔化せているはず。

『縁』のコントロール、それはこの二年で最も俺が鍛えてきた部分なのだ。

特にこの感情のカモフラージュ技術に関しては、師匠すら超えたという自負があった。だというのに…



「大馬鹿者め…。お前は確かに内心を隠すのが上手いが、顔に出すぎだ」



顔!?

表情に出ていたのか!?

いや、それにしたって俺はしっかりコントロールしていた筈だ。

今こうして内心で焦っていても、表情や魔力には考えを悟らせるような要素はないというのに…



「いや、顔というか、眼だな。一丁前に覚悟を決めたような眼をしおって…。そんな似合わぬ眼をするから、技にまで焦りが出るのだ…」



眼…、そうか、眼か…

いや、言うのは容易いがそこから感情を読み取るのは至難の業だ。

良く顔は笑っているけど、眼は笑っていない等と表現することがあるが、あれは大抵の場合目つき自体を指して言っているものだ。

そんなものは、感情を制御できていれば消すことは容易い。

しかし師匠は、恐らく目つきだとか単純な情報を拾ったのでは無いのだろう。瞳孔の変化か、あるいは、他の何かか…

普通であればそんな些細な情報を拾うことは出来ない筈だが、相手が師匠であればそれが出来たとしても不思議ではない。



「…で、どうなんだ? これでもまだ隠す気か?」



「…いえ、隠す気なんて、最初からありませんよ。ただ、師匠とは約束があったから、ケジメだけは付けようと思ったんです…」



俺はそう言って、裾に隠してあった手紙を取り出す。



「今朝、この手紙が俺宛に届いていました。差出人は稲沢さんです」



「あの腑抜けか…。内容は?」



「亜人領に対し、魔族の侵攻が始まった、と」



本当に内容はそれだけであった。

そして、俺にとってはそれで十分であった。



「成程…、な。それで、あんな条件を出した、と…」



「…はい」



師匠は、俺が弟子になる上で一つの条件を出した。

この山を出たければ、儂から一本取って見せろ、と。

その条件があった為に、俺は二年もの間ここに留まらざるを得なかったのだ。



「随分と舐められたものだな…。儂との実力差をわかっていないわけではあるまい…?」



そう、未だ俺と師匠の間には天と地ほどの実力差がある事くらい、十分に理解している。

…しかし、俺には立場もあれば、守りたい者達もいるのだ。



「まあ、気持ちはわからくもないがな。お前にとって、仲間がどれだけ大切かくらいはわかってるつもりだ。しかしなぁ…」



空気がひり付く。

間違いなく師匠は怒っている。

どんな理由があろうとも、分不相応な真似を師匠は嫌う。

俺が過ぎた技術を扱おうとすれば、その度にひどい目に合わされたものだ。

今回も同じだ。俺は言ってみれば、天地をひっくり返すような真似をしたわけである。

正直、この腹の傷ですら軽い仕置きだったのかもしれない。



「事情はわかった。しかし、今更帰ったところでどうするつもりだ? 帰るところが残っているとでも思っているのか?」



耳の痛い話だ…

確かに、仮にも一地域を任された者が、これれだけの期間任地を離れるなど無責任と言うほか無いだろう。

荒神どころか、レイフの仲間達にすら愛想を尽かされていたとしてもおかしくは無い。

しかし、それでも…



「…わかりません。ただ、今も待ち続けている仲間がいることだけは、間違いありません」



『縁』の繋がりは絶たれていない。

一応距離的な制限は存在するようだが、俺たちは今も確実に繋がり、意識をしあっている。

ライ、イオ、リンカ、スイセン、ゾノ、そして俺の子供達は、その思いを薄れさせもせず俺を待っているのだ。

そして、他の皆も、きっと…



「…それがわかっていながら、何故勝手に出ていかなかった?」



「条件を反故にすることは、俺にはできません。俺は師匠のことを信頼しているし、この『縁』が絶たれることも望んでいませんので…」



これには少し言い訳が混じっている。

正直に言うと、俺はここの生活も悪くないと思い始めていた。

もう少しここに留まっていたい。そんな気持ちも無かったとは決して言えない



「…世事を言っても、儂の気は変わらんぞ」



「ですよね…」



俺は苦笑いしながらそう返す。

わかっていた。師匠は見た目に反して子供な所はあるが、見た目通り頑固でもあるのだ。

答えなど、はじめから…



「出るのなら明日にしておけ。今夜は晩餐に付き合ってもらうぞ」



…………え?



「何を呆けた顔をしておるか…。言っておくが怪我を理由には逃がさんからな。どうせお前の事だ、ほんの数時間眠れば十分完治するんだろう?」



「…え? あ、はい、完治はすると思いますが…。え、いいんですか?」



正直、大混乱だった。

あの師匠が…、許した…?



「なんて眼で見ておるか…。お前、儂をなんだと思っているんだ?」



「え…、大きな…、いえ、なんでもありません」



「お前…、まあいい、今日だけはその無礼も許してやる」



マジかよ…

明日、隕石でも降ってくるんじゃないか?

いや、魔界に隕石があるか知らないけど…



「あ、ありがとうございます。でも、なんでここを出ることを許してくれたんですか? 俺、結局一本も取ってませんけど…」



「…将棋の件もあるからな。ギリギリで合格って事にしてやっただけだ。儂の模倣だろうが、あの攻撃は悪くなかった。お前の焦りが無ければ…、まあ膝くらいは付いたかもしれん」



「…し、師匠が、負けを、認めた?」



「っ!? こら! 負けたわけでは無いぞ! 例え膝をついたとして、も勝っていたのは儂だからな!」



あ、ああ、良かった。いつもの師匠だ…

一瞬、気でもふれたのかと思ったよ…



「ぐ…、お前、今日は表情を隠す気が無いな? 失礼な事を考えているのがバレバレだぞ!」



「は、はは…、いいじゃないですか、今日くらい…」



「…いい度胸だ、満足な状態でここを出られるとは思うなよ?」



それが弟子の門出に言う言葉か! と思ったが、まあこれはこれでらしい(・・・)からいいか。

ちょっと涙が出そうだったが、そこだけはなんとか死守しておこう。



こうして、俺は痛む腹を抱えながら、師匠との最後の晩餐を楽しむのであった…




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