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3/3

眠れなかったぼく、飛び去る精霊、謎に自信の幼馴染。

「え。あ。ぼくに、いったい。なにが起こったんだ?」

 あまりのことすぎて、頭がおいつかない。

 ぼくは、アイサに好きだと言われた。そして、三度もキスされた。

 そういうことだったらしい。そういうことに、なってしまったらしい。

 

「……アイサがぼくを、恋愛対象として見てた、のか?」

 彼女はたしかにそう言った。見てはないけど、その後の顔の色を考えると、

 きっとその時も、ゆでられたみたいに真っ赤になった顔で。

 

 一年間、そのことを言わずにいたのか。でも、どうして?

 原因は、エリアルさんか。ぼくの彼女への態度を見て、言うのをやめた。

 そのまま我慢してたのか。一年も言わずに、言えずにいたのか。

 

「……そうか。アイサ、かわいいのにまったく浮いた話がなかったのって、

自分の思いがあったからだったんだ。浮くのを阻止するほど強い思いが。

それが、ぼくに対する気持ちだったなんて」

 

 こういうところが、理屈っぽいって言われてるんだろうな。

 でも、こうやってまとめていかないと、頭がどうにかなりそうなんだ。

 意味のわからないことしか起きてない、この僅かな時間に。

 ぼくの頭の回転を平気で超えて来るんだから、

 理屈にしてまとめないと、おちつくことなんてとてもできない。

 

「足音? でも、アイサは今さっき出てったばっかりだし」

「いやー、すごい熱風が駆け抜けてったねぇ」

「エリアルさん。なんか、楽しそうですね」

 

「うん。アイサちゃんが熱風を纏った、見事な恋する乙女で帰ってってねー。

そのアイサちゃんの熱と魔力が、君にもちょっと残ってる。

つ、ま、り、は。そういうことだなー、ってね」

「ど、どういうことですか」

「あたし、これでも一応お姉さんだからさ。その辺の察しはつくわけよ」

 

「どの辺ですか?」

「顔の赤み、ひかないねー。意識し始めたかな?」

「話聞いてください」

「いやです」

 

「ぼくで遊ぶの、好きですよね、エリアルさん」

 呆れて言うと、楽しそうに「まーねー」っとおどけて見せる。

 そう言いながらエリアルさんは、ついさっきまでアイサが寝転がってた

 ベッドに座った。

 

「からかうと、人によって帰って来る空気が違うのが面白くってね。

君の場合は、勿論困ったような空気」

「それ、顔見れば充分では?」

 

「ところがそうでもないんだよ。顔や言葉に出てない本心、

その瞬間の本音の反応は、空気の変化が教えてくれる。

ほんのわずかな変化で、人間は気付きにくいようだけどね」

「精霊ならでは、ですか」

 「そゆこと」と、エリアルさんは頷く。

 

「で、からかいに来たんですか?」

「それもあるけど、帰り際のアイサちゃんのことをね」

 からかいに来たこと、否定しないのか……。

「アイサ、なんかしたんですか?」

「一つだけね」

 

「なんです?」

「君にあげたあの紙、アイサちゃんがもってったよ」

「どうしてですか?」

 

「さあ、テーブルにおいてあったのをひっつかんで、あたしにひとこと、

『エリアルのことは嫌いじゃないから、また来ていいわよ』って」

「そう、なん、ですか」

 なにがしたいんだ、アイサの奴は?

 

「で? 寝られそうかな?」

「わかりません」

「そっか」

 短くそれだけ答えると、エリアルさんはベッドから立ち上がった。

 

「あたし、居間で寝てるから、寝ぼけて踏まないでね」

 「おやすみ」と言いながら、エリアルさんは部屋を出て行く。

 ぼくは、おやすみなさいと返して見送った。

 

「ふぅ」

 深呼吸を一回。

 静かになった部屋。思い出すともなく瞼に浮かぶのは、

 さっきのアイサの、普段と雰囲気の違う様子。

「大人っぽかったなぁ」

 

 アイサって、あんな顔するんだな。

 なんだろう。思い出せば思い出すほど、どんどん鼓動が早く鳴って行く。

 ぼく、幼馴染にドキドキしてるのか? 小さいころからずっといっしょの幼馴染に。

 家族同然な女の子に?

 

「家族とは、違うんだな。少なくとも、アイサの中で、ぼくは」

 ぼく。これから、アイサにどう対応したらいいんだろうなぁ。

 

 

 鼓動がおちつかない。寝ようとしてるのに、アイサの真っ赤すぎる顔が

 くっきり思い出されておちつかない。

 おちつかないと……おちつかないと……。

 深呼吸しよう深呼吸。すぅ……はぁ……。

 よし、少しおちついた。ゆっくり目を閉じるんだ、そうすればおちついたまま寝られるはず。

 

 ああ、駄目だ。目がおちついたと思ったら、今度はアイサの声を思い出しておちつかないっ!

 あぁもぉ、考えもまとまらないし鼓動はうるさいし!

 頼むからぼくを寝かせてくれ、ぼく!

 続きは起きてから考えるからっ!

 

 

*****

 

 

「おはようございまぁす」

 翌朝。まったくどうしたらいいのか、考えが出てこないまま、

 一睡もできずに朝を迎えてしまった。

 

「おはよう。って、うわぁ、ぐったりした顔してるなぁ。寝てない?」

 風の精霊、シルフィードのエリアルさんはぼくとは対照的に昨日とかわらない様子で、

 ぼくを居間で迎えてくれた。すっきり起きられる人なんだろうか?

「お察しの通りです。エリアルさんは寝られましたか?」

 

「うん、しっかりと」

「そうですか。ならよかったです」

「おはよう」

 なにげなく、ぼくの無睡の原因が、玄関を開けて入って来た。

 平気な顔をしている。昨日、あれだけのことをやっておきながら。

 

「ゲソーっとしてるなぁマークス」

「そっちはずいぶんシャッキリしてるねアイサ」

「顔洗ったらなんとか、ね。わたしだって、寝られなかったんだから」

 

「なんでむくれてるのか、ぼくにはわかりません」

 なんだか、ぼくたち二人とも、目線を微妙にズラしてる。

 ぼくはともかく、アイサも目を合わせないようにしてるな。

 あれから、考えたくなくても、アイサのことが頭を支配してたせいで、

 ぼくも、家族みたいな物って認識からズレざるをえなくなってしまった。

 

「いいから、顔でも洗ってきなさい。そしたらうちで朝ごはん」

「はいはいいつも通りの朝ですね」

 言ってぼくは、家の裏側に向かう。

 

 これからのぼくに、ぼくとアイサの関係になにが起きるのか、

 想像の付きようもない。

 その場で起きた状況に、その都度対応するって言うのは苦手だけど、

 ぼくとアイサの変化については、そうするしかない。

 

 

「君達は、自分から新たな風を呼び込んだ」

 ぼくについてきたようで、エリアルさんが不意に言葉をかけてきた。

「なんですか?」

 

「その風はきっと、君達に変化を促すと思う。

その風が、君達二人の仲をよくするのか、それとも悪くするのか。

変化を眺めてたいところだけど、あたしもう行かないとだからさ」

 家の裏、アイサの家と共同で使ってる井戸の水で顔を洗う。

 

「もう、行くんですね」

「うん。アイサちゃんにも、挨拶代わりにおんなじようなこと

言うつもりなんですけどね」

 また、クスクスと微笑するエリアルさん。

 

「なにがしたいんですか」

「いいじゃない、そうカリカリしなくっても」

「こっちは一睡もできてなくて、そういう元気すぎる様子見てると疲れるんですよ」

「知らないって。それは君の事情だし」

 

「ほんと、楽しそうですね」

 家の中に戻りながら、苦笑するぼくなのである。

 

 

「そっか。もう行っちゃうのね」

「うん。君達に吹き込んだ新風が、君達をどう変えるのか、

次来る時が楽しみだよ」

 ずいぶん簡略化したなぁ。

「きっと、近づけないほどの熱風が吹き荒れてると思うわよ」

 

「どっから来るのさ、その自信。と言うか、ぼくの意思は?」

「昨日のことで、確実に変化したでしょ?

しかも、わたしが読むに、悪い方じゃない」

「だから、どっからその自信が来るの?」

 

「アハハ。やっぱり君達面白い。

よし、あんまりいすぎると名残惜しくなっちゃうし、

あたしはそろそろ行くね」

「わかりました」

「楽しみにしててよね、次来る時」

 

「うん」

 頷くエリアルさんを見たら、誰からともなく玄関に歩き出す。

 

「それじゃ、またね。いい風の子供たち」

 家を出てすぐ。柔らかな笑みでぼくたちにそう言うと、

 風の女精霊、シルフィードのエリアルさんは、美しい翼を広げて

 綺麗に済んだ青空へと、一陣の風を伴って飛んで行った。

 

「さ、マークス。いきましょ」

 エリアルさんを見送ると、アイサはぼくに声を賭けるけど、

 ぼくの返事を待たずに、自宅に向かって行ってしまった。

 

「あ、ちょっと、アイサ」

 呼び止めても止まらないことを知ってはいるけど、つい声をかけてしまった。

「まったく、アイサもマイペースだなぁ」

 苦笑い一つ。ぼくは早歩きで幼馴染を追いかける。

 

 

 たしかに。

 アイサの言う通り、ぼくも彼女のことを悪く思ってはいない。

 ただ、この思いが彼女と同じ、恋愛対象に対する物に変化するのかは、

 まだわからない。

 

 

 だって。

 ぼくの彼女に対する気持ちの変化は。

 まだ。

 ーー始まったばっかりなんだから。

 

 

 

               Fin

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリアルさんの風来坊具合が良いっすね。 マークスの理屈っぽいのも嫌いじゃない アイサ( ̄ー ̄)bグッ! [一言] 意外な結末 COOL! 恋は衝動、亦心のままに
[良い点] 甘酸っぱーい! マークスは一年間、シルフィードのエリアルへの気持ちが変わらなかったのに、「対価」が「キス」と知って気持ちが冷めてしまうあたり、純情そのもの! そして、アイサちゃんはその一年…
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