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ぼくの決意、自由な精霊、心の忙しい幼馴染。

「さて、改めて聞こうか。どうする?」

 エリアルさんを見る。考える。

 自分の気持ちを考える。この人について考える。

「ううん……」

 キスについて、考える。

 

 

「……報酬としてのキスは。いらないです」

「そっか。迷いに迷った顔だったね。

力を受けず心を取ったんだ。それもまた、人間の有り方。

定まらないからこその、いろんな可能性。そういうとこがあるから、

人間って好きなんだよね」

 

 そう言って、エリアルさんはぼくの頭をなでた。

 きっと、心からの笑みで。

「本当に。…読めない人ですね」

「アハハ、ものっすごいてれてる。かわいいなぁ」

 ひとしきりぼくの頭をなでまわすと、エリアルさんは手を放した。

 

 

「さて」

「あれ? なんか、体が軽くなったような?」

「うん。ずっとこれまで、あたしと君、風を纏ってる状態だったからね」

「え?」

 

「精霊の魔力の提供って、人に見られちゃいけないって、

精霊の間で決められてるんだ。

それを見た人間が、魔力を受け取った人間に対して、

それと魔力提供をすることを知って、精霊に対して

どういう行動を取るか、わからないからね」

 

「人間の印象、よくないんですね」

「まあ、基本的にはあんまりよくないわね。

最悪の可能性を回避するって意味もあるけど」

「最悪の可能性?」

「うん。力を得るために、むりやり捕まえて精霊を道具みたいにするってこと」

 

「そんなこと、考える人、いるんですか?」

「あたしは知らないんだけど、昔はいたらしいわよ」

「そうなんですか」

 事もなく頷いた。人間の、知りたくない部分だな、そういうとこ。

 

「そんなわけで、君が報酬、つまりあたしの魔力を受け取る

って言った時のことを考えて、周囲を風の壁で覆ってたんだ。

外から見たら、緑の竜巻が停滞してるように見えてたと思う」

「緑の竜巻、また出してたんだ」

 

「うん。ってことで、、今年も君んとこで羽休めさせてもらうね」

 話がぜんぜん繋がってない……。

「え、あ、はい。かまいませんよ」

 マイペースな人だなぁ。

 

 

「ただいまー」

 そーっと、家の窓を覗き込みながら声を上げる。

「っ!?」

 目の前にいたのは、すごい顔で睨んで来るアイサ。

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 

「鍵開けるからちょっとまってて」

 さっきみたいに少しだけ窓を開けてそう言うと、窓を閉めてすぐ

 アイサが視界から消える。言葉の先を読んで、ぼくは玄関に向かう。

 ちょうど玄関についたところで、鍵が開けられた。

「おかえり。その人がそう?」

 

 ぶっきらぼうに聞いて来た。小さく頷いて答える。

「ふぅん」

「薄いピンクで、光の加減で白にも見える髪の女の子。聞いた通りだなぁ」

 感心したようにそう言うのは、ぼくの斜め左後ろのエリアルさん。

 

「話したの?」

「ぼくじゃないよ。他の風の精霊に聞いたんだって」

「そうなんだ。いつ、見られてたんだろう?」

 

「そう怖がんないで。風の精霊は、あたしみたいに姿を見せるのもいれば、

そうじゃないのもいてね。多くが姿を見せないんだけど。で、そういう

姿を見せない風の精霊は吹く風そのもので、世界を見聞きしながら

飛び回ってるんだ。風が通り抜けた時に、君達のことを見てたってこと」

「それもそれで、いやだな」

 

「わがまま言わない」

 諭すように言われて、なんとも不服そうなアイサ。

「今日はマークスくんの家には、あなたたちしかいないってことだから

屋根の上じゃなくて、家の中でゆっくりさせてもらうわね」

 

「なるほど。去年気付かなかったのは、屋根の上にいたからだったんだ」

 不服そうだったかと思えば、すぐこう素直に納得した。

「で、それも精霊情報?」

 そうかと思えば、この不機嫌そうな態度。忙しいなぁ。

「うん。マークスくんはなんにも言ってない」

 

「そっか。で、マークス」

「な……なにアイサ?」

 目が怖い。さっきから目が怖い。

「なんで疲れた顔してんのよ? いったいなにしてきたの?」

「な、なんにもしてないよ。なに怒ってるのさ?」

 

「別に。で? さっきは飛び跳ねんばかりだったわりに、

ずいぶんおちついてるじゃない。なんでよ?」

「ん? ああ、実は」

 

 ぼくはアイサに、自分の中のエリアルさん像と実像が、

 どうにもズレてて、そこからエリアルさんに対する気持ちが

 冷めて行ったことを説明した。

 

 今のぼくのエリアルさんへの感覚は、彼女がそうであるのと同じように、

 親戚のお姉さん、レベルだ。

 強い風ですぐにエリアルさんのことを連想しては、

 ぼんやりしてたぼくは、既にどっかに行ってしまった。

 これが、ふわふわ定まらないってことなんだろうか?

 

「そうなんだ」

「……なんで、嬉しそうなの?」

「な、なんでもない」

 赤くなってる。本当に、今日のアイサは忙しいなぁ。

 そして、よくわからない。

 

 

*****

 

 

「怒涛のようだったな、今日」

 夜。両親の寝室で、ぼくとアイサはベッドに寝転がっている。

 別に毛布をかけてるわけじゃなくて、ただなんとなく転がってる、

 そんな感じ。

 

 勿論、ベッドは二つで、別々だ。

 小さいころはいっしょに寝てたこともあったけど、いつからか自然と、

 バラバラに寝るようになった。

 

 エリアルさんは、一人で羽を伸ばしたいとのことで、居間でくつろいでいる。

 

「エリアルが来てからね」

 敵対心を向き出しにしてた出会い頭のアイサだったけど、

 食事の時にエリアルさんがしてくれた、この町の外の話が面白くて、

 アイサの敵対心と警戒心は、見てわかるほどすごい勢いで薄れて行った。

 

 アイサもたぶん、今エリアルさんに対する気持ちは、

 ぼくと同じで親戚のお姉さんだろうと思う。

 

 

「ところでさ、マークス」

「ん?」

「エリアル、一年後にいいものくれるって言ってたんでしょ?」

「うん」

 

「なんにも持って帰って来てないし、エリアルも手ぶらだったけど。

なにくれるって言ってたの?」

「それがさ。それが、エリアルさんに対する認識がかわった理由の一つなんだ」

「どういうこと?」

 

「うん。あの人、風の魔力をくれるって言ってたんだ」

「うん。でも、特にかわった感じしないけど、もらわなかったの?」

 アイサは魔力の変化には敏感みたい。ぼく、その辺は鈍いから、

 アイサに疑われるんだよね、ほんとにわからないのかって。

 

 自分ができることは、みんなあたりまえにできるんだと

 思ってるみたい。

 

 

「うん。ちょっと、方法がね」

「どうやるって?」

「うん。……ええっと」

「なに? どうしたの? なんでそっぽ向くの?」

「ちょっとまって。言う覚悟するから」

 

「覚悟って。いったいどんな方法なのよ?」

「ちょっと、まってって」

「五つ」

「え?」

 

「五つ数えるまで、それ以上はむりやりにでも言わせる」

「すぐ力に訴えるんだから……」

「ごー」

「ちょ、まって、早いって!」

「よん」

 

「わ、わかった、わかりましたって!」

「よろしい。で?」

「……キス」

「なに? こっち向いて、しっかり言う」

 

「ばっ?」

 むりやり顔をアイサの方に向かされて、変な声が出た。

「はい、もう一回」

「……キスで、受け渡すんだそうです」

 目をそらすことで、なんとか言えた。

「……え?」

 

「だからぼく。そんな、物みたいなキスいやだから、もらわなかったんだ」

「そ……そう、なんだ。そっか」

 どうしたんだろう、急に気が抜けたようになって?

「じゃあ、わたしがキスしたら、初めてになるんだ」

「え? うん、まあ」

 

 まったく読めない。なにを言い出すんだろう、突然?

 って言うか、ぼくにそっぽ向くなって言いながら、

 今ものすごい勢いで、ぼくから顔そむけた。

 しかも、なんかぶつぶつ言い始めたし。

 なんなんだ、今日のアイサは?

 

 

「よし、決めた」

「な、なにを?」

「覚悟、決めた」

 違う。これはぼくに答えてるんじゃない。声の小ささからして、

 自分に言い聞かせてる。

 

 でも、覚悟って。いったいなんのだろう?

 

 

「たぁっ!」

 いきなりアイサがこっちに飛んで来た。

「えっ?」

 予想外すぎて、ぼくはまったく動けない。

 

「ぐっっ?」

 突然、目に痛み。思わず目をきつく閉じた。

 犯人はアイサしかいない。けど、いったいなんのつもりなんだ?

「んむっ?」

 意味の分からない感覚が、ぼくに襲い掛かってきた。

 

 唇に、なにか柔らかくてあったかい感触。

 それがわかった直後、体中がカーッて熱くなった。

 まったくわからない。なにをされたのか、ぼくになにが起きたのか。

 

「目、あけんなばか」

 ぼくの両目に手を乗せたアイサが、押し殺したような、

 恥ずかしそうな声で囁いて来た。

 なんか……妙に大人っぽい。

 

「わたし、エリアルにオネツになったマークス初めて見て、

その時に、自分の気持ち、しっかり理解した」

 小声で続ける。なんの話? って聞こうとしたら、

 言う前に「聞いて」って遮られた。

 

「一年、ずっともやもやしたまんまだった。我慢してた。

だから、目開けるんじゃないっ」

 どうすりゃいいんだよ? このまま石造みたいに固まってろって言うのか?

 

「でも、今日エリアルへの気持ちが冷めたって聞いて、ほっとして、

それと同時に、今日今晩言わなきゃ。言わないと、もう言えない気がするって、

そう思った。だから、言うよ。一回だけ言うから、

絶対聞き逃さないでね」

 

 いつ口を開けばいいのか、いつ開いていいのかわからず、

 ぼくはこわごわ頷く。特になにも言われなくて、密かにほっとする。

 アイサの真剣な声と、緊張したような息遣いから

 なにか、すごく大事なことを言おうとしてるのはわかる。

 でも、いったい一年間も、なにを我慢してたんだろう?

 

 

「マークス・ブランド。わたし、アイサ・ブローウインは、

あなたのことが」

 そこで一度、深呼吸する。そのせいで、ぼくにまで緊張が伝わって来る。

 

「好き。好きです。男性として」

「え? ふぐっ?」

 また、唇に柔らかい感触。これは、いったいなんなんだ?

 

「たよりないし、理屈っぽいし、鈍いけど。でも、それでも」

 ず……ずいぶんな言われようだな。

「わたしは、あなたが好き。それだけ」

「え、そ。それだけって……」

 

「余韻ぐらいちょうだいよ、もう。マークスなんて、黙らせてやる。

恥ずかしいけど、しっかり目開けて見てなさい。

わたしがなにをしてるのか、しっかり目に焼き付けなさい」

「え、あの、いったいどういう」

「いいから目を開けって。ほらっ」

 

「ちょっと、むりやり目を開かせ……」

 ぼくは、言葉の途中で息を飲んでしまった。

 顔全部を真っ赤にしたアイサの顔が、目の前にあったから。

 それもうっすら涙目。……なんで? 緊張?

「いい? 目を閉じるんじゃないわよ」

 

「え?」

 ただでさえ目の前のアイサの顔が、更に近付いて来る。

「い、いったいなにを? それ以上来るとぶつかるって」

「だまれって、ったく……!」

 いらだってる。これ以上なんか言うのはよそう、拳の一つも見舞われそうだ。

 

「でも、目は明けてなさいよ」

「……はい」

「口閉じる」

 頷く。

 

 ゆっくり。ゆっくりと。

 アイサの顔が、どんどん赤さを増しながら近付いて来る。

 理不尽なことに、アイサは目を閉じた。ぼくには閉じるなって言っておいて。

 

「……っ?」

 顔がぶつからないギリギリのところで、アイサの動きが止まった。

 それと同時に、ぼくの唇に三度目の柔らかな感触。

 ……これって。これってまさか?

 でも、そんな。こんなことって?

 

 

「はい、終わり。初めてから数えて連続三回もキスするなんて思わなかった」

「……アイサ」

「じゃ。おやすみ」

 それだけ言うとアイサは、逃げるように早歩きで

 部屋から出て行ってしまった。

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