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いい夢と悪い夢

バルコニーで風を感じていれば、部屋に入ってきたウィリアムは慌てた様子で側にやって来た。腰に腕を回されて運ばれる。ベッドに逆戻りだった。

大丈夫ですよ、と言っても聞いてはくれない。くすぐったいような、申し訳ないような、少し信頼してほしいような…よくわからない気持ちが入り混じる。


彼の顔を見て、申し訳なさが勝った。


「迷惑をかけてごめんなさい」

「スイレン?」

「お忙しいのでしょう? 婚約者だからって毎日私に時間を割かなくてもいいのですよ」


何か言い返そうとした彼をスルーして顔に手を伸ばす。顔色がすごく悪いのだ。彼が来てくれるのは嬉しい。嬉しいがそんなこと言ってられる顔色ではない。ここにくる時間を全て休息に当ててほしい。乙女思考も吹っ飛んだ。


「顔色が優れません。眠れていないのですか?」


頬に触れようとした手をぎゅっと握られる。反対の腕は腰に回り抱き締められた。


「ウィリアムさま?」

「君がいなくなる夢ばかり見てしまう…」


耳元で少し掠れた声がする。どこか震えていて怖がっているようだった。弱い所を見せてもらったのは初めてだった。


「……君がいる今が夢だったら、とまだ疑っている。君の姿を見ないとあれは悪夢だと…現実ではないと実感できない」


大きな背中に腕を回す。背中を優しくさすった。申し訳なくて、愛おしくて、本当に得難い人だと思う。苦しんでいる彼に少し仄暗い喜びを見出してしまう自分が嫌だった。

自分はクソッタレの甘えた野郎だ。

ぶん殴りたくなる。全て終わったらお爺さまにまた精神叩きのめしていただかないと。


「君は生きているよな?」

「私は…生きてますよ」

「うん。もう少しこのままでいさせてくれ」


事故で両親を失いかけた過去を思い出したのだろうか。トラウマを刺激してしまった。申し訳なくて胃が痛くなって来た。私が早く帰宅していれば防げたことだったかもしれない。


少しでも楽になってほしくて、一定のリズムで背中を叩く。ぽつりぽつりと心情を吐露していた彼は、話すのを止める。静かな寝息が聞こえて来た。起こさないように気を付けながら、背を倒す。私の胸に頭を乗せるような格好だが、まあ仕方ないだろう。

温かい体温を感じていれば私も眠たくなって来た。目を閉じれば意識はすぐに吸い込まれて行った。


たまに魘される彼の頭を撫でながら、意識が浮上したり、沈んだり何度も繰り返して夕方になっていた。少し休めたようで表情は穏やかになっているが、顔色はまだいまいちだ。

まだ休ませてあげたいが、おそらくやらなければいけないことが山積みなはず。ドアの外に何度もオリビアの気配を感じていた。仕方なく肩をゆする。寝ぼけ眼で目を開けたり閉じたりする姿は年不相応で随分と可愛らしい。少しときめいた。目を擦りながら、私を視界に入れて首を傾げる。


「夢…か? 随分といい夢だ」


部屋の中で待機していた侍女に視線で促す。彼女は心得たと頷くと動き始めた。さすが仕事が早い。エマにも随分と心配をかけてしまった。


「夢じゃありませんよ。おはようございます。と言ってももう夕方ですが」


彼はそこで少し固まると急いで身を起こした。前髪に癖が付いているので手を伸ばして整える。カチンコチンに固まっているウィルを不思議に思う。随分と挙動不審だ。


「どうかしました?」

「いや…あのまま眠ってしまったのか」

「ええ。少し休めました?」

「あ、ああ。ありがとうな」


彼は立ち上がると、ベッドサイドにあった照明に頭をぶつける。痛てとらしくない言葉が漏れる。大丈夫だ、と手で私を制しながら歩き出せば足を踏み外して転んだ。


「ウィルさま??」


私が戸惑った声を上げていれば、扉が開く。オリビアは転んだ主人と驚いて身を乗り出した私を交互に見た。にこりと笑いながら私を制する。目が生温かく見えるのはおそらく気のせいではない。ウィリアムは片手で顔を覆っているが、耳や首まで真っ赤だった。


「大丈夫ですか…?」

「ああ」

「ええ、心配入りませんよ」


しっかりしてください、と手を差し伸べて立ち上がる主従に困惑したままだ。頭にクエスチョンマークが浮かんでいる私を彼らは置いてきぼりにしている。二人で分かり合っているようで少し寂しい。


いつの間にか戻って来ていたエマが私とウィルにお茶を差し出す。お礼を言って受け取りながら、ふと顔を見る。赤みは引いていたが、血色はいい。そうだ。


「また一緒にお昼寝しましょうね」


笑いかければ、彼は飲みかけていたお茶を噴き出した。けほこほと咳き込むのを執事は背中を叩きながら、若いっていいなあと呟いている。

エマも少し笑っている。彼はキッとこちらを見たが、私の顔を見てなぜか脱力した。


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