誘拐の目的は?
私を狙った犯人は、一体何が目的なのか。
私を単に害するだけなら連れ去る必要はなかった。無防備な背中を晒し、気配には一切気付かなかったので一撃で私は絶命していたはずだ。リスクを冒してまであの場から移動させるのは不自然だ。
ともすれば、目的は他にあるということになる。
疑わしいのは私への"警告"。色々と手を回したことに気付き、それ以上は容赦はしないという忠告。記憶がないふりをすればどう出てくるのか気になった。邪魔者の私がいなくなったことで、満足するだろうか。それならそれで構わない。
他に考えられるのは、私の"排除"。御令嬢が誘拐されたことが公になれば、女としての価値の喪失に繋がる。下級貴族ならともかく、上流階級の娘が拐かされれば、婚約破棄に繋がってもおかしくない。すなわち、私の令嬢としての死を意味する。
そこまでされる謂れはないけれど、どこで恨みを買っているか分かったもんじゃない。
私が誘拐されていた時間は1刻にも満たない。事故にあったせいで私をどうするつもりなのかも分からなかった。
情報は拡散されていないはずだが、社交界でこういう噂はかなりのスピードで飛び回る。公爵家と侯爵家が手を組めば情報操作は訳ないだろうが、噂と言うものは至極厄介なものだ。
今のところそのような事態には陥っていないようだった。この線は薄いだろうか。
私の部屋はちょうど父の執務室の斜め上に位置する。この屋敷はカラクリが多く、秘密の空間も数多く存在する。私の部屋の空調ダクトと、父の執務室のダクトはなぜか繋がっている。そのため空気孔の蓋を開けると盗み聞きが可能になるのだ。
ご先祖さまたちがどういう目的で利用していたのかは知らない。もしかしたら主人の浮気を疑った妻が作らせたものかもしれないし、スパイが作ったものかもしれない。偶然というのはあり得ないだろう。ミステリーの香りがして少しワクワクしてしまうのは不謹慎だろうか。
記憶を取り戻してからここで調査の進捗状況を確認していた。今のところめぼしい人物は挙がってきていないようだ。
現時点では、私への"警告"の線が有力だ。
色々なことを鑑みて、結局私は記憶が戻ったことを言わない選択をした。いつかこの選択を後悔する日が来るのだと思う。
たとえ恨まれたとしても…やっぱりまだ側にいて欲しかった。
そう決断したものの、毎日来てもらうのはさすがに申し訳なかった。
体調も安定して来たし、右腕の骨折以外はもうそれほど問題ない。切り傷や擦り傷が瘡蓋になったのは嬉しい。地味に染みるから嫌だった。痛みや痺れが少し残っているくらいだ。経過を見る必要があるが、残りはしないだろうと言われている。
体力は落ちたもののリハビリを続けているし、一人でも日常生活は送れるようになっている。
周囲は心配症だからベッドに押し込められているが、もう動けるのに。
自分の部屋のバルコニーに繋がる扉を開ける。外はやっぱり解放感がある。デッキに寄り掛かりながら、ため息を吐き出した。
生徒会の仕事は家に帰らなかった際に1月分は前もって終わらせていたから進捗は問題ないはず。細々とした処理は残っているが大丈夫だろうか? 記憶喪失と偽っている手前、どうなっているのかがわからない。やっぱりいつまでもこうしているわけにはいかない。ウィリアムには打ち明けて協力を仰ぐのが一番得策だとはわかっている。臆病な心をどうにかしなければ。
上手くいかないことばかりだ。




