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失踪発覚から発見まで

少し遡って侯爵家サイドから見た今回の事件。

スイレンお嬢さまが街に降りたのはお昼過ぎだった。何かに行き詰まるとたまにあることだったし、自衛の手段もある。領内の町なら治安も良いので安心して送り出した。


こうなるならもっと、用心しておくんだった。


スイレン付きの侍女エマは後悔する。




今朝、婚約者のウィリアムさまと不穏な空気になっていて心配していた。レオナルドさまが部屋に入っていくのを見て見ぬふりをしたのは、お嬢さまのことを案じていたからだった。戦に臨むような顔で挑まれては心配したくもなる。


レオナルドさまが入って数分後、ウィリアムさまが出てきた。いつもは使用人にも挨拶をしてくれる彼だが、険しい顔で足早に去っていく。


部屋の扉を眺めるが、開くことはなかった。違う仕事をしながら扉を気にするが音沙汰はない。レオナルドさまが出て来たのはお昼近くなった頃だった。


彼は部屋から出ると、伺っていた私に気付く。苦笑しながら近付いてくる。


「…お嬢さまは?」

「大丈夫。今休んでるよ」


ホットタオルを用意しておいた方がいいかも、と言い残されて戻って行った。


失礼します、となるべく音を立てずに入り、室内の様子を伺う。お嬢さまはソファでテディーベアに埋もれるように眠っていた。

腫れた目元が痛々しい。部屋が荒れたりなどはしていたのでホッとする。怪我もなさそうだ。手を上げるような男ではないと思っているが、あの時の彼女たちは一触即発と言わんばかりの雰囲気だった。

泣いたのを見たのはいつ以来だろうか。この家を飛び出して辺境伯に行くまではごくごく普通の御令嬢だったと思う。笑って泣いて、適度に我儘を言う。戻って来てからは雰囲気も全てがらっと変わっていた。おそらくそれから一度も泣いた姿を見ていない。


起きた頃に備えて、色々用意するためにその場を去る。






「スイ姉さんは?」

「お昼過ぎに街に降りられましたけど…まだお帰りではないですか?」


日が暮れ始めている。レオナルドさまに声を掛けられてハッとした。起きた頃には落ち着かれたようで、穏やかな笑みを浮かべていたから安心していたのだけど。


「遅く、ないか?」


お嬢さまは行動力があるタイプだが、考えなしではない。ここまで遅くなる時には連絡を入れるはずだった。


「町娘の格好で行かれたのでどこかに寄る可能性はないかと思いますが…」

「連絡が届いていないか聞いてみる」



どこにも連絡は届いておらず、いよいよ外が真っ暗になっても帰ってこない。公爵家にも遣いを出したが来ていないとの返答だった。

返答はウィリアム自身が来たから間違いない。

いくら本調子ではないとは言え、この時間まで歩いているとは考えられない。何か起こったのかもしれない。


お嬢さま伝説はいくつもあって、誘拐された逸話の中で極め付けなのは自身で抜け出して帰宅したものだろうか。

誘拐犯から声明が届いててんやわんやした中でお嬢さまは何食わぬ顔で帰って来た。「どうしたの?騒がしいわね」とペロペロキャンディを持ちながら首を傾げる姿は今でも思い出せる。


縄抜けをして、錠前を破り、2階から木を伝って飛び降りて、馬を奪って逃走する。本当に由緒正しき名家の御令嬢? 冒険小説の主人公の間違いじゃないの? お転婆と言うには勇ましすぎる。


元騎士団長の指導の賜物だった。


そんな彼女だから、侯爵家の騎士を派遣した後もそこまで重大視はされていなかった。





♦︎♦︎♦︎




その雰囲気が一転する。


街を捜索しても見つからず、目撃者を辿り裏路地にたどり着いた。華奢な靴が隅に落ちている。町娘が履くには素材が良過ぎる。店名を見て、息を呑んだ。彼女が婚約者の領地の特産物で商売を始めた時に考えたお店の名前だった。


その名を知らない、我が領の騎士はいない。


お嬢さまの侍女に確認して、それが彼女が履いて出かけたものだと断定された。

攫われたことを前提に指揮系統を立て直す。捜索範囲を広げた。路地には足跡が続き、あるところから車輪のある道で途切れた。荷馬車にでも乗せられたのか?


調査をしている間、事故にあった荷馬車の情報が入った。荷物の中に妙齢の女性が乗せられていたとの報告がある。

藁にもすがる思いで詰所に向かえば、診療所に案内される。ベッドに横たわって処置を受けていたのはまさにうちのお嬢さまだった。

うちの紋が入ったイヤリングを付けていたからもしかしたらと思われていたらしい。

お嬢さまは顔色が悪く、意識がない。見つかった旨を報告すれば、すぐ人が飛んできた。


飛んできた人に目を見開く。我が家の家令は分かる。ラペルさんは侯爵さまの代行だろう。事態把握とお嬢さまの安全確保のためにすぐ飛んでくるのはまま妥当だ。しかし、まさか公爵さまがいらっしゃるとは。


みな唖然とした顔で彼を見遣る。慌てて礼を取ったが見えていないようだった。彼はお嬢さまの側に駆け寄ると、おそるおそる頬に手を伸ばす。触れた手は震えているように見えた。名前を何度も呼び掛けるが、目を覚ます気配はない。彼の視界にはお嬢さましか見えていなかった。いつ見ても涼しい顔をされている印象だったが、その面影もない。必死な形相は人間味で溢れていた。


頭に包帯を巻かれ、頬にはガーゼが貼ってある。青褪めた顔は正気がなく精巧な人形のようだ。意志の強い目と凛とした雰囲気がなくなれば今にも消えてしまいそうなくらい儚く見える。


容態や怪我の程度を家令は把握した後、屋敷戻る手筈を整える。打撲が主で頭も内臓も損傷はないため、後はお抱えの医師でどうにかなりそうだ。命に別状はなく、とりあえず安堵する。

ウィリアムは彼女側を離れることはなく、そのまま優しく抱え上げると馬車に乗り込んだ。


「溺愛されてら」


思わず漏れていた言葉をまだ医師とやり取りをするために残っていたラペルは肯定する。


「まだ王家の婚約者候補だった時に素知らぬ顔で割り込んで、婚約を結ぶほどにはお好きだろうね」

「うわあ。熱烈っすね」


緩んだ会話を交わしていれば、鋭く切り込まれる。まだ事態は解決したわけではなかった。


「荷馬車の持ち主の調べはついているのか?」

「は。クロヤギ配送業者の物でした」

「会社所有の物か?」 


一つ頷く。会社絡みの犯行とは考えにくい。


「お嬢さまの入れられていた樽は、町外れの廃屋の洋館に配送される予定でした。お嬢さまが入った事で申請の重量超過になり、急勾配を曲がりきれずに事故が起こったようです」

「突発的な犯行だと?」

「まだ断定は出来ませんが、おそらく」


調べがついている事柄を報告する。情報を交換し終えれば、お嬢さまは屋敷に戻られたので街に調査に戻ることになる。


うちの大事なお嬢さまを誘拐した犯人を、野放しにするつもりはない。所属の騎士は今にも犯人を血祭りにしそうなくらいには皆気合いが入っていた。


よっしゃ、やったるか!


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