自分勝手な思い
本当はもっと早く聞かなければいけなかったんだ。なぜ私を婚約者にしたのか、と。
幼い頃の淡い気持ちが、しっかりとした恋心に変わるのに時間はそれほど掛からなかった。好きと伝えようと思って、その一歩を踏み出せなかったのはその気持ちが彼の負担になることを恐れてだった。
彼は優しい。私が好きだと言えば、そんな気持ちがなくても向き合ってくれようとするだろう。ただでさえ、若くして爵位を継いで重圧を背負っている彼なのに、私まで背負わせてしまうのは違うと思った。
彼に恋はしているけれど、おんぶに抱っこになりたいわけじゃない。彼のパートナーになりたかった。横に立ちたい。背中を預けて欲しい。
信頼される為に、恋心は不要だと思った。守られるだけのお姫様に憧れたことはないのだ。
一緒にいればいるほど募る思いに戸惑った。最初はそばにいれるだけで幸せだったのに、それ以上を望んでしまう。もっと、もっと、と欲張って彼に負担を掛けそうで離れる。距離を保つことで、平静を装った。
あの事件の後距離が縮まって、彼の視線が柔らかくなって、もしかしたら私のことを好きになってくれたのかもしれないと思った。
そんなわけないと何度も否定したものの、私にしか見せない表情に胸が高鳴る。他の女性には視線も表情も全く動かされないのに、私だけには違う顔を見せてくれる。
自惚れた。嬉しかった。胸がぎゅっとして愛おしかった。かなり浮かれていた分、落差は激しかった。
それでもひとつ安堵していた。好きだと伝えなくてよかった、と。私の気持ちを押し付けていたらきっと、姉を好きだなんて言えなかっただろうから。
目を開ける。見覚えのある白い天井が広がっていた。夢から覚めてしまったことを悟る。腕で視界を覆う。
全て思い出してしまった。
誰もいない部屋は静かだ。ウィリアムも当然だが、いつもいるわけではない。忙しい時間をやりくりしてそばにいてくれたのだと思うと胸が痛い。婚約者だから気を遣ってくれたのだろうか。
記憶が戻らなくても焦らなかった気持ちがわかった。忘れていたかったのだろう。現実を直視できなかったのだろう。逃げたかっただけなのだと思う。
早く記憶が戻って来ていることを言わないといけなかった。それでもそれを告げてしまうと早く結論を出さなければいけない。
どう言う幕引きにするにせよ、もう少し猶予が欲しかった。心構えが出来たと思っていたが、ずっとそばに居てくれたことで胸がいっぱいになってしまっている。
今別れを告げられたら、縋り付いてしまいそうだ。そんなことをされたら自分の気持ちに嘘をついてもそばにいてくれるかもしれない。そんな期待と申し訳なさが入り混じる。
(ずるいな、私は。自分のことしか考えていない)
まだこのままでいたかった。
あの手を握りしめていたい。
そんな願いをまだ捨てきれていなかった。




