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ありし日々

ウィルの足の間に腰を掛けた私は無邪気に笑っている。あの時の私はあそこが定位置だった。


近づいて見ればシロツメクサの花冠を教えてもらっているようだ。所々ぴんぴん出てしまっている所を後ろからウィルが直してくれてる。出来上がった冠を見て私はとても嬉しそうだ。

ウィルは綺麗な笑みを浮かべながら、私の頭に花冠を乗せた。何と話しているかは分からない。婚約者も私もとても幸せそうだった。



これはただの夢ではない。

私たちの過去にあった出来事だった。









私と婚約者との出会いは十数年前に遡る。

当時私は3歳で、彼は8歳だった。


母が3人目、すなわち弟を妊娠中の時のことだ。真夏のせいか体調をひどく崩し、一時は母子ともに危険な状態だったらしい。父も侍従も母につきっきりになり、屋敷は緊迫していた。

母が大変な状況にあり、死んでしまうかもしれないという恐ろしさは幼心にも伝わっていたのだった。

誰しも余裕がなく、沈んだ雰囲気の屋敷は子供の成長に悪いと判断されて姉と私はそれぞれ別の屋敷に預けられた。


私が預けられたのは父母の旧知の仲で、隣の領のプロヴォローネ公爵家だった。

母の不穏な状態、いきなり家から遠ざけられて連れて来られた初めての家。捨てられたと幼心に傷を負ったのを今でも覚えている。

全てに恐怖し委縮して泣き続ける私のそばにずっといてくれたのがウィリアム、今の婚約者だった。


私の記憶は鮮明ではないが、ずっとそばで涙をぬぐい、気分転換に外に連れ出し、離れないでと我儘を言う子供を抱きしめて一緒に寝てくれた、らしい。

無事弟を出産したあとも産後の肥立ちが悪く、結果的に1年くらい預かっていただくことになった。

両親が弟を連れて迎えに来た時にはウィルから離れることを拒み足にへばりついて泣き喚いた、ようだ。


詳細は覚えていないが、大好きなお兄ちゃんがいたということは記憶にある。

実家に帰る際に泣き喚く私に、告げた言葉は今も覚えている。あくまで小さい頃の口約束。それが果たされることになるとは、思いもしなかった。



「スイレン、君が大人になった頃に迎えに行くよ」




家に帰った後もウィルがいないと散々泣き、両親を困らせたようだ。何かある度に誕生日に彼に貰ったテディーベアを抱き締めながら泣いていたと、両親が面白おかしく話すから耳凧になってしまった。



(ああ、懐かしい)




それから数年間は交流があったものの、あの家が政敵に陥れられてからは巻き込まれないように会うことも減っていった。そして、彼の両親が事故にあったと聞いた後で交流が絶たれたのだった。

彼の家に行くことは私の両親が許さなかったし、毎月欠かさず出していた手紙が帰ってくることもなかった。



そして彼が思い出に変わろうという頃、婚約者打診の手紙が届いたのだ。

ちょうど彼が学園を卒業して、継いだ公爵家を立て直しつつある頃だった。

もう既に姉が王子殿下の婚約者候補として決まりつつあったし、弟という侯爵家の跡取りもいた。

私の家がこれ以上積極的に繋がりたい家はなかったこともあり、私の幼い頃の懐きようからこれ以上ない良縁だとすぐに婚約が成立した。


かなり嬉しかったのよね。顔合わせの前日は久しぶりに会えるのが楽しみで全く眠れなかったほどに。テディーベアを抱き締めながら夜が明けるのを今か今かと待っていた。


久しぶりに顔を合わせた彼は、一切の感情を失っており表情はぴくりとも動かなかった。

会話もそこまで続かなかったが、それでも再会したことが嬉しかった。

幼い頃から彼らの侍従は変わりなく迎えてくれたし、彼だって追い返すような真似はしなかった。まあ決して歓迎されるようなこともなかったのだけど。


それだけ色々なことがあったのは察していたからそこまで気にしていないものの、距離感はいまいち掴めなかった。向こうから会う約束を取り付けてくるから疎まれてはいないのだと判断した。

婚約者ということは長い付き合いになるのだし、焦る必要はないと思っていた。

それが何年も続くとは思わなかったけれど。


月に1~2回直接会い、手紙を交わしあう関係性。いっそ友達の方がよっぽど近いんじゃないだろうか。

嫌なわけではなかったけど、正直困惑していた。付き合い方がわからなかった。近寄ろうとしても態度は変わらず、暖簾に腕押し、糠に釘。攻めあぐねているうちに少しずつ諦めてしまった。


彼が望んだわけではなく、ちょうどよい相手が私だっただけだろう。そう考えることにした。ただ私は自分可愛さに悟ったふりをしただけだ。期待しなければ傷つかずに済むから。

温かい家庭を作りたいという言葉もただの耳障りのよいセリフで意味なんてないと戒めた。


意味なんてないと知らされるのが怖かった。

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