彼の言い分
婚約者サイドのお話です
滅多に泣かない婚約者を泣かせて、慕われていた義弟に追い払われた。
後ろ髪を引かれながらも帰宅することしか出来なかった。
情けないこと限りない。
馬車で頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。
最近婚約者に避けられていた。
ローズが気になっている人が俺の知り合いで、仲介人をすることになった後からだったと記憶している。
彼らは少し厄介なことがあり直接手紙のやり取りをするのが難しい。
伝書鳩のような面倒な役割を引き受けたのは、相手が最愛の婚約者の家族と学生時代馬が合った友人だったから。
手紙を届けるという名目で、俺はスイレンに会いに行っていた。最初は喜んでいたと思う。
少しずつだが反応が悪くなっていった。訝しんでも彼女は何も言ってくれない。たまに無理して笑顔を作っている時もある。
何を考えているのか正直わからなった。
顔合わせたくないって思っているのかもしれない。考えてすごく凹んだ。
ローズは俺に友人のことをよく聞いてくる。学生時代の話や好きなものなど思い出す限りのことは話してやっていた。
話を聞くたびに頬を赤らめて嬉しそうに聞く姿は話し甲斐がある。スイレンもこんな分かりやすかったらいいのに。
俺の方から一方的に結んだ政略結婚とは理解しているが、彼女にも同じように想ってほしいとは我儘なのか。
思わず溜息を吐いた。
「どうかしました?」
「…スイレンは、俺のことどう思っているんだろうか」
ローズは少し考えて、おずおずと話し出した。
「私があの方を好きだと気付いたの彼の幼馴染に取られたくないと思ったのがきっかけなんです」
「嫉妬か…」
「いつもお世話になってるから協力いたしますよ?」
他の女性には頼めないし、頼みたくもない。彼女を傷付けたいわけではなかった。しかし、嫉妬という甘い誘惑にかられてしまう。相手が彼女の姉なら嘘だと分かるだろう。俺はその誘いに乗ったのだ。
スイレンにとって、他所の女性よりも姉が鬼門だと言うことを知らなかった。まさか少しの打算が、悲劇を生むとは思いもしなかった。
彼女が見ていることを知りながらローズと仲良く見えるように会話する。仲良くと言っても大したことはしていない。強いて言えば少し距離を詰めることぐらいだろうか。
共通の会話なんてスイレンと友人だけだから、彼女たちの話になる。
俺とローズがどんな顔で話していたか、それを見て彼女がどう受け取るかなんて知る由もなかった。
期待した反応とは違った。勘違いでないのなら以前よりも余所余所しくなった。無理した笑顔ではない。より一層綺麗な笑みは一線を引かれたように感じた。
「…嫉妬してくれない」
「私が余計なことを申しました。妹にも悪いですし、そろそろやめましょうか」
「そうだな」
そろそろやめ時だろう。悪戯に続けて下手に誤解を生んでも困るだけだ。
意気消沈する俺を励まそうとして慌てて近づき、目の前で滑る。咄嗟に支えると薔薇の香りがした。
「いい香りだ」
「スイレンがくれたんですの。私にぴったりな香りだって言って。嬉しくて毎日使っています」
「仲が良くて羨ましい…」
ジト目で彼女を見つめると仕方ないと溜息を吐かれた。
「姉に嫉妬しないでください」
「したくもなるさ」
「羨ましいです。……ここまで想ってくれる男性が婚約者だなんて」
ローズの最後の方の言葉が聞こえなかった。聞こえていればもしかしたら拗れずに済んだのかもしれない。
この日彼女に手を振り払われて更に気分はどん底まで落ちた。
押してダメなら引いてみろという言葉もあるが、今の状態で引いてしまったら更に駄目になってしまう予感しかしなかった。
会えることを期待して彼女の家に行くが、彼女の帰宅が遅く自分の仕事の都合もあって会えなかった。
そんな日が続けば、嫌でも気付く。彼女に避けられていることに。
週末は侯爵もゆっくり過ごせることもあって、彼女も帰宅する。
この時期は行事が重なって控えていることもあって忙しいことは重々承知していた。
それでも侯爵と仕事の話で訪れる度に彼女がいるか期待して少しそわそわしてしまう。それを侯爵は知っているから帰宅を促す手紙を送ってくれたようだ。にやにやしながら食事はどうだ?と問われて、少し気恥ずかしいがすぐにお受けした。
一度帰宅したと言うことは聞いたが、すぐに学園に戻ったらしい。
帰宅を待つが待てども暮らせど帰ってこない。時計の長針が2周し始めた頃から雨が降り始めた。雷も時折轟く。雷が苦手な彼女のことだから少し心配になる。
嵐は朝まで続くとの予報だった。おそらく彼女は帰って来ないだろうと、泊まる部屋を用意してくれたが落ち着かない。侯爵夫妻には謝られたが、この天候から仕方ない。
あまり眠れそうにないので書類に目を通していたが、集中できそうにはなかった。
朝方に仮眠はしたが、よく眠れたとは言い難い。
朝食を部屋でいただいた後、手持ち無沙汰なので庭を散策していた。視線はどうしても門に向かって行く。
彼女からの帰宅の旨の伝令が届いた時には、居ても立ってもいられなかった。
邪魔だろうと思いつつも、エントランスに陣取る。仕事の邪魔をするわけにはいかないが、ここを離れ難い。
侯爵家の使用人たちは気を遣ってくれて色々と用意してくれた。嫌な顔もひとつもせずに、エントランスに机と椅子とお茶セットが置かれる。最初は固辞しようとしたが、彼らも仕事にならないと分かっているからありがとうと受け取った。
エントランスで腰掛けながら書類に目を通している姿はなかなかに奇妙だとは思うが、使用人たちは黙礼をして気にすることなく通り過ぎて行く。
よく教育されていると思う。
彼女が門を通過したとの連絡が入り、お茶を飲み干す。注がれそうになったが断りを入れて、椅子から立ち上がった。
エントランスで彼女が入ってくるのを待つ。
彼女は俺がいることに目を見開いた後、ついてくるように合図をした。




