信頼と信用
行事の企画書、警備予定申請書、予算などの書類を抱えて戻ってきた。
本来ならウィリアムに相談するはずだったこと。いくつか気になる点があった。私の考え過ぎで済むならそれで越したことはない。ただ私の嫌な予感は当たるのだ。
「あなたに相談したいことがあって」
露骨に嫌な顔をされた。もう恋愛の話は終わったって。ここからは得意分野のお話だ。力を貸してほしい。
行事計画を広げる。
舞台の照明や小道具の耐久性の不備。武道大会の警備の穴、実際の武器の数と書類上の数の相違。更に楽器の申請金額の違和感。
指で追って説明して行く。彼の段々と表情が固くなって行くのが手に取るように分かった。
最初はパトロールがてらそれぞれの実行委員に顔を出していただけだった。
現場の話を知っていた方が連携も取りやすくなる。例年とは異なり関係性がゼロから始まる分、歩み寄りが必要だ。
少しずつ仲良くなっていって、普段の会議の内容なども教えてくれるようになっていた。
違和感を感じたきっかけは摩耗した照明などを引っ掛けるワイヤーだった。
申請の個数は頭に入っている。十分な量を発注したはずなのになぜこんなに擦り切れたものを使っているのか。
昨年の発注状況を考えてもおかしい気がする。錆具合などを見ても古いものにしか見えなかった。
さり気なく情報収集すると、計画書よりも少ない部品しか納入されていなかった。
一度気になり出すと他も気になってしまうのが私の悪い癖。悪癖だと分かっているけど調べてみれば違和感だらけだった。
険しい顔を浮かべている彼を見る。やはり考え過ぎではない、か。
そうなるとかなりまずいことが起きていることになる。
お金が目的の水増し請求なのか、それとも行事自体をぶっ壊そうとしているのか。はたまた個別の誰かが標的なのか。
何が目的なのか今の時点では見えてこない。
しかし、一つではなく全ての行事に手が回っている。あり得そうな不備が幾つも積み重なっていた。大事件の伏線になるかもしれないし、全く何事も起きないかもしれない。
ミスを指摘されたところで見逃してましたと言い逃れが出来そうなそれらは、何ともいやらしいラインで作られている。この人とんでもなく性格が悪いだろう。
偶然ではなく綿密に練られている計画だ。
「生徒会役員には?」
「…言えていません」
「なぜ? 優秀な者が集められたと聞いている」
「ええ、優秀です。私の勘違いの可能性も否めなかったので、大事にしたくはありませんでした。
…あと、こんなこと言うの…自分でもどうかと思うのですが…こんな計画を立てるにはかなりの能力に長けていないとできない。
だからこそあの人たちの可能性も十分に考えられる…」
「疑ってるのか?」
「正直に言うなら…イエス、です」
「今の生徒会役員は分からないから何とも言えないが…まあ普通なら準役員の間に信頼を築いて行くはずだからな」
歯切れの悪い言葉に肩をすくめる。計画書を隅々まで見直し、悪い所は全て変えていっているが相手に気付かれているかどうかも分からない。書類上では見えてこないことの方が多いのだ。
「ああ、そうか。お前が全ての出場を決めたのはこれがあったからか」
「そうです。探るにはもっと近くにいる必要があると思いました。彼らにも出ないかと誘われたし、好都合かと思って」
「それでここまで自分を追い込んでどうする」
ごもっともな言葉に、言い訳も出来ない。項垂れていれば、硬い声がする。
「お前俺のことを信用していいのか? 俺が黒幕の可能性もなくはないだろう?」
真剣な、それでいて不適な笑みで問いかけられて私は肯定をした。
「ええ。能力的には殿下の可能性は十分に考えられました」
「過去形か?」
「はい」
「甘いな。判断根拠は?」
上司が部下にする対応に思えてくる。婚約者が部下に対する時はこんな感じであった。
「あなたはまだ王族に復帰することを諦めていない。ここは王立学園だ。自らの誇りを汚すような真似は決してしない。
まあ、あの時のあなたでしたら被疑者の有力候補でしたけどね」
私の言葉に何か引っかかったような顔をした。まさかと私を凝視する。
「お前…昨日」
「あ、わかりました?」
ふふ、と笑って誤魔化せば二の句が継げないようだった。転んでもただで起き上がるつもりはない。あれだけ弱みを見せれば油断するだろうと言う思惑もあった。
本当抜け目ない女だな、とポツリとこぼした後投げやりに問いかけられる。
「生徒会長殿のお眼鏡に適ったってことでいいのか?」
「ええ」
「少し探ってみる」
殿下が何か合図した瞬間、一人の人間が現れる。全く気配がなかった。本職に敵わないのは分かっているが、視界に入るまで存在に気付かなかったことに冷や汗が落ちる。
立ち振る舞いに隙が一切見当たらない。お爺さまに鈍っていると怒られそうだ。
着ている制服を見て息を呑んだ。近衛騎士の制服に似ているが、暗部を示す暗色のラインと、第一殿下の色のラインが入っている。
どう見ても第一王子殿下直属の影だ。
ちらりと私の顔を見られて、思わず引き攣った。王子は私の反応に満足そうにしている。
「あなた…私のこと信用し過ぎじゃないですか?」
「信頼は元よりしている」
言い切られて面映ゆい気持ちになるが、頭を切り替える。そんな照れている場合ではなかった。これしくじったら消されるやつ。
顔を見たが最後、と聞いたことがあるけど今日が私の命日ですか?
「いやいや、トップシークレットじゃないですか。
私…生きて帰れます?」
彼はにこりと笑う。無言の圧力に閉口した。
もう一人の人物はぴくりともしない。
「何かわかったらコレから連絡がいく。証拠を残すのは危険だから、口頭のみで覚えるようにしろ」
「はい」
「お前の想像は当たらずとも遠からずだろう。最悪を想定して動け」
「今のところ壊れそうな備品の一新や、警備の穴の補填、狙われそうな死角の点検は、私のわかる範囲でしてあります。
全てここに記載してますが、私は素人なので補っていただけると助かります。
あと、実行委員を始め関わっている生徒たちリストと、学外の問屋、工事業者などのリストもピックアップしています」
広げている書類の上に、地図やリストを載せる。目を通して彼はため息を溢した。
「…お前、本当他に仕事振って休め」
「他の件に関しては全部振り分けていますよ。彼らの仕事に関しては信頼しているので、心配には及びません。
これに関しては懸念段階でしたし、派手に動くと相手方に気付かれる可能性が上がります。
一令嬢には自由に使える私兵もないので本当に助かります」
「相手の目的が私怨だった場合、狙いの可能性が高いのはお前なんだから気を付けろよ」
私が生徒会長を務める代の行事にケチをつけることで私を潰そうとしている可能性はかなり高い。が、他にも理由がないわけでもないだろう。
「そうですね…まあ生まれた時から狙われてるので、心当たりがあり過ぎて分からないんですよね」
高貴な家に生まれた宿命というべきか。悪意は人一倍受けてきた。王族に生を受けた殿下には比べ物にはならないが、攫われた回数も蹴落とされそうになった回数も普通の人間よりも多い。いちいち気落ちもしていられない。
「もっと真剣に受け止めろよ」
「まあそれを言うなら殿下もブーメランですよ」
王立学園で王子が所属する時代に何か問題が起きれば王族の面目丸潰れだ。いちおう平民と言うことになっているが、そんな言い訳など通用しない。
蹴落とす時は都合のいい理由しか表に出ないのだから。




