愛しさと切なさと
カタンカタンと窓が音を立てる。雨が降り出したようで、風も強くなってきている。そういえば今日は嵐になると言っていたか。曇っていた空はいつの間にか暮れていた。
かなりの時間が経過したようだった。
ふと、気付いたのか私を見上げる。馬車は? と尋ねられて気まずそうに目を逸らした。それが答えだった。
厩に預けて餌も与えてきたから夜は越せるだろう。
「馬で来たのか???」
「だって、馬車を頼む余裕なんてなくて…」
「帰宅が遅くなるって連絡は?」
「仕事を思い出したから学園に戻るという手紙は書き残したし、問題はないと思います」
おずおずと言えば、呆れたようだった。
元々寮生活なのだし、休日に帰宅できないこともあったので問題はないだろうと思う。両親には色々言われそうだが、仕方ない。
この嵐の中馬では帰れない。家の馬車ならともかく学園の馬車はもう動いてないはずだ。
家族もこの天気なら学園に泊まって帰らないと判断するだろう。
この別棟と寮は距離が離れている。この部屋にも生徒会長室にも仮眠室はあるから、そこで一晩過ごせばいい。
少し吐き出してすっきりしたから、帰ればいいのだけど。
外の激しい雨音に躊躇われる。
ピカッと漆黒の空が光って、数秒後に雷鳴が轟いた。肩がびくりと震える。雷は苦手だ。いつもは家族か侍女に一緒にいてもらうけど、今日はそれが出来ない。一人になるのは不安だった。
何とも言えない表情をした殿下は、自身の頭をガシガシと掻く。
「失恋パーティーでもするか?」
意味のわからない申し出に救われた。未婚の令嬢としては頷いてはいけないと理解しつつも、一人になるのは恐ろしかった。
お願いします、と消えそうな声で頼めば鷹揚に頷いた。
缶を傾けて、残りがないことに気付く。それに気付いて缶を持ってきてくれる。
王子殿下に給仕の真似事など畏れ多いと畏まってみれば、恭しく礼をしてみせる。
何だか可笑しくなって目を見合わせて笑い合う。空気が少し緩んだ。
「どうせなら俺の話も聞いてくれ」
愛しいと言わんばかりの顔で、リアの名前を呼ぶ。言葉の端々で好きな気持ちが溢れていた。ここまで思ってくれている人がいることを羨ましく思うくらい。
ウィルもこんな気持ちを抱いてくれていると勝手に思っていた。自惚れが恥ずかしくて、情けなくて、無性に泣きたくなる。
殿下の気持ちは、愛しい相手には届かない。彼の身から出た錆だから自業自得だけど。
初恋が実らないとは本当のことだろうな。
好きな人が出来るのは稀有なことで、その好きな人が自分を好きになってくれることなんてもっと奇跡のようなことで。
その奇跡を一度はこの男は掴んだ。
それを自分でぶん投げてしまったけれど。
恋愛は両思いだって上手くいかないことがある。
そんなこと知らなかった。恋物語だと大抵はハッピーエンドに収まるのだから。
リアだってこの男を好きな気持ちは残っている。女子会で直接は言わないけど、割り切れない思いは痛い程に伝わってきた。
それでもその思いは交わらないのだ。
邪魔なものがいっぱいあり過ぎる。
切ない。
愛しくて泣きそうな表情は理解できるからこそ切ない。何でこう上手くいかないのだろう。
胸が痛くて張り裂けそうで、恋なんてしなければよかったと思う。それでもこの気持ちに後悔なんてしない。
好きになってよかったなんて強がりは、まだ口が裂けても言えないけれど。
幸せにならなければいいって言ったら性格悪いだろうか。
でも仕方ないでしょう?
他の人との幸せなんて願えるわけもないんだから。
何度目かの涙にタオルを顔に押しつけられる。最初の慌てようなんて嘘みたいな粗い対応だった。涙腺が随分と緩んでしまっている。
泣き虫と揶揄われたので、肩を叩いた。うるさい泣けもしないくせに。涙声で叫べば、兄のような顔で笑われた。
そう言えばそんな未来があったはずだと、ふと思い出した。
ひどく込み上げてくるものがあって、ひたすら吐き出した夜だった。




