脳筋は遺伝
椅子から立ち上がった。彼女の視線を背に感じながら給湯室の冷蔵庫を開ける。
アルコールを取り出した。
もう仕事に戻る気にもなれないし、素面よりも吐き出しやすくなるだろう。
学園内での飲酒はあまり推奨されていないが、寮内での飲み会は許可されている。
この国の飲酒許可年齢は15だから問題ない。
ビールと果実酒の缶を見せれば、少し躊躇った後ビールを指さされた。缶を投げ渡す。
ナイスキャッチ。
給湯室を漁ればおつまみも見つけた。誰が補充してくれているのか知らないが、良さそうなものが揃っている。
いくつか持って行けばお皿に出してくれた。
缶をくっつけて乾杯し、彼女に話を促す。缶を少し煽った後、満足げに息を吐き出す。
親父臭いと言えば、放っておいてと返される。少し空気が緩んだ。
なんの話だったっけ?と考え込んだ後、思い出したようだった。少し時間空けたの俺だけど忘れるなよ。
「両親は後継者の弟が生まれて付きっきりで…レオは体が弱かったから仕方なかったのだけど」
声色も表情も軽く感じるが、目の奥は笑っていない。劣等感はどうしようもない。
「どうしようもなくなって家族とは口も聞けなくなって。辺境のお爺さまの家に転がり込んだの」
「…転がり込んだ?」
行動力はあると思っていたけど、転がり込む、とは?
「無我夢中で馬で駆けてね」
「は?」
「今考えるととんでもない無茶をしたわ」
「無茶どころの話じゃないだろ」
「きっと影はついていたのだと思うけど。ほとんど眠らずに走って、朝焼けと見た景色はとても綺麗だった」
「…いくつの話だ?」
「ええと8つ、とか?」
滅茶苦茶な話だった。この話の祖父は王都で宰相を勤めていた方ではなく、元騎士団長で辺境伯にいる祖父を指す。
彼女の領地から辺境伯の土地は、大人が馬で駆けて1日半は掛かる。いくら馬で駆けるのが得意とは言え、8つの娘が駆けたらどれくらいの時間が掛かるのか。
きっと護衛は付いていて、逐一家族には報告が行っていたのだろうけど止められなかったのか? そこまで追い詰めた負い目があったのかもしれない。
いっぱいいっぱいになって爆発する気持ちは痛い程分かる。自分だって無理になって何度変装して城下に降りたことか。
馬で脱走したことも、そう言えばあったな。
護衛を撒いて怒られたことなど、両手両指でも足りない。そう考えると似た者同士なのだろう。
いや似て非なるものか。姉を嫌いになりたくなくて葛藤した妹と、不満を見て見ぬ振りした結果爆発して相手に擦りつけた元婚約者とは違う。
「お爺さまにコテンパンに叩きのめされて、目が覚めました」
「叩きのめすって」
いきなりの不穏な言葉に、思わず復唱してしまう。
「最初は体を動かせば気分が晴れると思っていたんでしょうけど、お爺さまのお眼鏡に適ってしまったらしくしっかり扱かれたんですよ」
「だからお前力技で押し進めるのか」
「脳筋っていいたいんです? 事実だからいいですけど」
今は遠くに行ってしまった元側近を思い出す。騎士団長の息子だった彼とたまに同じようなことを言うと思っていた。あいつよりはまあ理性的ではあるが。
少し寂しい気持ちになって、ビールの缶を傾けた。
「ひたすら走って、木刀振り回して、筋トレしてそんな毎日に明け暮れてたら散々悩んでいたのがアホらしくなったわけですわ」
十分脳筋だった。
「騎士にはされなかったのか? 辺境伯は見込みのある者は離さないって聞くけど」
「確かにお爺さまに騎士になる道を真剣に勧められましたよ。案外それもありかと思って悩みました」
「ありだったのか」
「ええ、でもさすがに迎えが来まして。もう少し遅かったら今頃、近衛騎士を目指して騎士学校に編入していたでしょうね」
「君なら不可能じゃなさそうなところが恐ろしいな。騎士団長は無理でも、王太子妃の専属護衛くらいにはなってそうだ」
「私もそう思いますよ。天才にはなれないと割り切ったはずだったんですけど。やっぱりお姉さまには勝てないのね」




