本音
色んな理由をつけて逃げてきたけど、父からゆっくり出来そうだから帰ってきてほしいと手紙がくれば逃げられるわけもない。
忙しい父のお願いに私は、帰る用意をした。
なかなか気が進まずにやらなくてもいい生徒会の仕事を片付けてきたから3日くらいはゆっくり過ごせそうだ。
学園の寄り合い馬車で帰宅すると連絡は返したはずなのに、逃げ道を塞ぐように家から馬車がやってきていた。
その馬車をかれこれ2時間は待たせている。
御者には時間を潰せるように、色々手配したけれどこれ以上は時間は稼げないだろう。
諦めて馬車に乗り込んだ。
家につけば色んな人が声をかけて来てくれる。嬉しそうにお帰りなさいませと口々に言われれば、少し気分は浮上した。
それも使用人たちの話が耳に入るまでだった。いてもいられなくなって、制服のまま姉の部屋に足を向ける。
喉の奥が震える。掠れそうな声で姉を呼んだ。姉は私を見据えると、侍女たちをみな外に出して人払いをした。
「お姉さまは…ウィリアムさまが好きなの?」
「好きだって言ったらどうする? 譲ってくれるの?」
姉の突然のカミングアウトに私は静かに息を呑んだ。このまま呼吸を止めてしまいたかった。心臓がバクバクして、息が上手く吸えている気がしない。
お姉さまは意味ありげな微笑を浮かべていた。私はどんな顔をしているのだろう。困惑して何を言えばいいのかも分からなかった。
「いいわよね。あなたは所詮他人事だから。応援するって何様のつもりなの?」
思考が停止する。
反応が悪い私に苛立ったのか、睨み付けてくる。酷く冷たい顔に見えた。
「そんなあなただからウィルの気持ちもわかんないんでしょ。独りよがりはいい加減にしたら?」
独りよがり。
「昔からあなたはずるいわよね。
要領が良くて、友達がたくさんいて。いつでも人に囲まれていて」
姉の言葉は止まらない。呆然と見上げていた。間抜けな顔をしている私が姉の目には映っている。
「学園に入って早々入り乱れていた派閥を統一して私を頭に据えて? 馬鹿にするのも大概にしてよね。私のことなんて誰一人見てなかった」
そんなつもりはなかった。ただ役に立てればとそれだけだったのに。冷や汗で前髪が張り付いて気持ちが悪い。
「ひたすら惨めだった。
自分の実力で味方に付けたわけじゃない。
あなたならリカルドさまとも上手くやっただろうにって顔で見られるのよ?」
歪んだ顔を向けられて、今日何度目かの衝撃を受ける。私のやっていたことは単なる自己満足だったんだろうか。
動き出した鈍い頭で自問自答を繰り返す。頭を抱えた。ぐしゃりと髪が乱れることも気にならない。
「本当は…」
零れ落ちたような言葉に顔が上がる。少し躊躇ったようだが、視線があったことでぶつける決心が付いたようだった。
聞かなきゃよかった。
耳を塞いでいればよかった。
そもそも何も言わなければよかった。
後悔は後から押し寄せるものだ。
「あなたも、あの騒動に一枚噛んでいたんじゃないの?」
「え?」
「私の評判は下がったけど、あなたとうちの評判は上がった。まるで計ったかのようにね」
ちょっと待って。
内心では静止をかけるが、口は戦慄いて震えるだけだ。声にならない。
頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
そういう見方をする者がいることは知っていた。でもまさか姉もそう疑っていたとは思わなかった。
「殿下と上手く帳尻合わせて、私を嵌めて楽しかった?」
違うと喘ぐような声で反対したが、彼女は頭を横に振る。騙されないと体現するような動きだった。
「口先だけならなんとでも言えるわよね」
「私のこと、ずっと疑っていたの…?」
口がカラカラと乾く。
判決を待つ囚人はこんな心持ちなんだろうか。
全てがスローモーションに見える。
動く口からは目が離せなかった。
私の馬鹿。
気が付いたら姉はいなくなっていた。私はアウェーな部屋で立ち竦んだまま動けなくなっていた。フッと力が抜けて膝から崩れ落ちる。
どれくらいそうしていたのだろう。
衝動的に部屋を飛び出す。とにかくこの家から離れたくて、馬車を用意してもらう時間も待てなくて、馬に跨った。
ひたすらに駆けて、気が付いたら学園に戻って来ていた。




