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暗雲

前回の姉弟の話を婚約破棄騒動から半年経過したくらいに変えています。

いざ自分の立場になるとどうしたらいいか分からなくなる。

そんなことは往々にしてあるのだろう。

これもそう言う類の話だ。


ウィリアムと父は業務提携をしているので、少なくとも週に1回は我が家を訪れる。

弟の忠言に従い、彼が来る日には家にいるように心掛けた。嬉しそうに笑ってくれたから心が温かくなる。

これでよかったと安堵した。


過ごす時間が増えれば、見える物も変わってくる。

姉と彼は波長が合うのか、楽しそうに会話することがあるのも知っていた。


初めに違和感を感じたのは数ヶ月前だった。


今まで特になんとも思っていなかったが、少し気になったのは姉が顔を赤らめていたからだ。


最初私も驚いた。姉は王妃教育で感情を表さないように徹底されていたはずだから。


教育を受ける必要がなくなった今、感情を表すことは悪いことではない。ようやく自由になってきたということだろうし、最初はいい変化だと思っていたのだ。


段々とぼんやりすることが増えて行った。何かを考え込んでいるようだった。

夜会ではウィルのそばにいることが増えた。照れたような表情で話している。

うちに彼が来る時も2人きりで話してることが度々あって、私が近付くと話をやめてしまう。

顔は赤らんでいるし、何の気なしに聞いてみると視線を逸らされる。

笑顔を保つことがやっとだった。

怖くて追及なんて出来なくて、ひたすらもやもやとする日々を過ごしている。



あり得ない展開だとは思っていたが、婚約騒動はつい1年前の出来事だった。

"あり得ない"ということは"あり得ない"と既に知ってしまっている。



うちのバラ園の人気のない場所で、姉が抱きついたところを見てしまった。

ウィルに聞きたいことがあって探していた。まさか二人でいるとは思わなくて油断した。

心構えが出来ていなかった。

窓の外を見たら抱き合ってるなんて、思わないでしょう。瞬時に隠れて息を整えているうちにいなくなっていたから、ほんの数秒だったけど。私があの二人を見間違えることはない。



窓の下の壁に背中を凭れる。

どうしようもなく枯れた笑いが漏れた。

抱き合っていたのもそうだけど、何より彼の顔に驚いた。

てっきり私は今まで自分が特別に思われているのだと思っていた。

鈍いつもりはない。あの目は好きだと語っていた。

他の女性は無表情で凍てつくように見るのに、柔らかい笑みで優しく相手されたら自惚れるに決まってるでしょう?

愛しいといわんばかりの表情だった。向けられるのは私だけだと思っていた。

まさか、姉にも同じように接しているとは思わなかった。私だけが特別なわけではなかったんだ。頭をガツンと殴られたような気分だった。



(思い返してみれば、彼に好きって言われたことなかったなあ)



とてつもなく恥ずかしくて、居た堪れなかった。顔が上げられなくて暫く蹲っていれば、私を探していた侍女がすっ飛んでくる。

体調不良を心配する彼女に、力無く首を振る。


体調は良好だ。医師は必要ない。

胸は張り裂けそうなほど痛むけど。



彼女がやって来たのはウィルが帰宅するからだった。慌ててエントランスに向かえば、ウィルが一人で立っていた。姉はいないらしい。


少し安心するが、まだ安心するには早かった。


いつものようにハグされる。

そんな習慣なければよかった。そんなものなければ気付かなかったかもしれないのに。

彼の服から漂うお姉さまのお気に入りの香水の香りに。


(夢じゃなかったのね。少し期待した自分が馬鹿みたいだ)


反射的に振り払ってしまい、慌てる。訝しむ彼に上手く表情を取り繕えない。

静電気がして、と嘘をついた。


(下手くそ)


喉奥が閉まって息苦しい感じがあったが、奇跡的に声は震えなかった。顔を隠したくて私から抱き着けば、姉の残り香に包まれる。

落ちた一粒の涙は、見られることもなく服に吸い込まれた。


笑えばいいのか、泣けばいいのか。

怒る方が先なのか。

考えても分からなかった。表情を取り繕えるだけの時間抱き着いて、覚悟を決めて離れる。100%の笑顔なら、得意だった。本音を隠すための笑み。私の武器。

偽りしかないそれを彼に向けたのは、物心ついた時からの仲できっと初めてだった。


何と言って別れたのか覚えていない。

頭を撫でて薄く笑って離れて行った彼を恨めしく思ったのも初めてだった。





私は逃げる方法しか取れなかった。


きっと、近付いたから苦しいのだ。

あの騒動前の距離感に戻れば、きっと上手に振る舞える。

この胸の軋みもきっと、すぐになくなるだろう。

これも政略結婚だった。すっかり忘れていた。

少しずつ遠ざかっていった。3回に1回断りを入れる。あからさまに見えないように、慎重に慎重に。学園の行事も重なる時期だし、ちょうど良かった。


出るつもりのなかった歌劇で役柄をもらった。楽器の演奏会も、武闘大会にもエントリーした。

台詞を暗記するのは眠れない時間を潰すのに役立ったし、音楽に触れている時間は癒されたし、体を動かしている時は面倒な思考を忘れられた。


ひたすら逃げて、考えて、私が身を引く方法もあるのだと気付いた。

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