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丸秘帳はパンドラボックス

後期の予算編成を確認してもらった。いくつかダメ出しをされた後返される。アドバイスは的確な為とてもありがたかった。

いつもはそれで終わっているが、今日相談したいことはそれだけではなかった。


分厚い資料を机に載せる。表題も何もない黒いファイルを怪訝な顔をしながら開いて彼は固まった。ペラペラめくった後に頭を抱える。呆れた表情で私を見上げた。


「君は探偵にでもなる気か?」



彼に渡したのは姉に釣書を持って来た男たちを独自で調査した資料だった。流石に影を私的利用するわけにはいかなかったので、完璧に裏取を出来たとは言えないのが難点である。


学園内に家族がいる方は定期的に開いているお茶会でさり気なく聞き出した。

あのような会は身内の売り込みも兼ねているから、内情を探る絶好の場面だった。

そして、今までは弟目当てだったのが、姉目当てで売り込んでくる者も増えている。

弟のために年頃かデビュー前の女性の話を注意深く聞いていたが、最近は姉の為の情報もたんまり溜まりつつあった。

姉が心配と、溜め息を吐きながら話せばどんどん色んな話が降ってくる。特定の個人の話だけを聞けば余計な誤解を生み、家族に迷惑をかけるだけなので平等に情報を集めていく。

大っぴらに聞きすぎると男漁りしている印象になるので、家のこともしっかりと聞いている。

それを鵜呑みにするだけでは駄目なので、出来る範囲で探ってみた。

生徒会権限で許される範囲の成績や内心、推薦書のコピーなども収集済みだ。

全ての方が学園の卒業生なので、さり気なく教師からも探ったりした。世間話は得意なもので。


学園外では呼ばれたパーティーでターゲットの近くに居座り、可笑しく思われない程度に相手の話を盗み聞きしたりした。

さすがにストーカーや盗聴などはしていないから、法に触れるほどではないと思っている。たまたま近くにいたから聞こえちゃっただけなの。

女をコケにして遊んでいたり、男尊女卑の強烈な考えを持っていたり、そういう話を聞いちゃっただけなのよね。



私の婚約者と学生時代が重なった方に関しては、彼に評判を調査済みだ。

最初に他の男のことを教えてと言った時には、いい笑顔で問い詰められた。あれは本当に恐ろしかった。

壁まで追い詰められて、逃げられないように両腕に閉じ込められて…綺麗な笑顔だったけど目が笑っていなくて悪寒が走った。

防衛本能が働いて、お姉さまのお相手を探してますと叫んだら威圧感は消えてなくなった。

また何か変なことに頭突っ込んでいるとでも思ったのかしら。


資料を開き、付箋を貼りながら真剣に話を聞く私に半ば呆れながらも付き合ってくれた。

友人にも手紙を書いて、合格ラインを突破した方(父親も納得する条件の中で私が勝手に合格をだした方)の情報も集めてくれた。

本当素直じゃないんだから。


そうしているうちに分厚くなってしまったため、約5cmの我が国の歴史全集に匹敵する厚さになってしまった。

重さも勿論だけど、内容も充実し過ぎて持ち運ぶのに苦労している。鞄には鍵を掛け、決して目を離さないようにいつでも持ち歩いているが何があって情報漏洩になるかわからない。

お父さまにも絶対にありえない方だけ情報を先に渡してあるし、合格ラインの方だけ抜き取ろうかな。

あり得ない方は既にブラックリストのファイルに入れてある。



探偵になるつもりかと問われて、そんなつもりはないと答えようと思ったが、自分でも探偵のようなことをしている自覚はあった。

質問はスルーして惚けておく。


「お父さまの執務室に呼ばれた時に、釣書を見つけまして。話を聞いてる最中に家紋を全て頭に叩き込みました」

「侯爵の話はちゃんと聞きなさい」


にこりと笑って苦言を流す。必要な話は聞いていたけど、お父さま何度も同じことを話すから耳タコになっちゃうのよね。

その間に釣書の背表紙に書かれている家紋とイニシャルを数十個覚えるのは大変だったけど根性で覚えきった。後で暗記のコツをリアに教えておかないと。


「姉の相手を選ぶのにこんなに情報が必要か?」

「だって備えあれば憂いなしと言うじゃないですか」


段々と楽しくなってしまったのだけど、それは言えない。私に口煩く言う割に捲る指は止まらず、視線は真剣に文字を追っている。


次のページに移ろうとしたので手を挟んだ。いい加減本題に移りたい。見せたのにも理由があるのだ。


「先輩にただ見せるために渡した訳じゃありません」

「じゃあ、何だ」


「あなたが知っていて話せる限りで構いません。彼らの情報を渡していただきたいのです」


ギョッとした彼の表情を、良い笑顔で見返す。身をひこうとしたのでその分詰めた。見ましたもんね、と圧を掛ければ肩をすくめた。

嵌めたなんて人聞きの悪い。

あんな怪しいファイルを不用心に開くのは良くない。


「あら、何でも力になるとおっしゃったのは嘘でした?」

「確かに言ったが…この件で俺に頼るか」

「だってあなたの人を見る目は信用できます」


呆気に取られたように私を見上げるが、何もおかしな事は言っていない。


「誤解を恐れずに言えば、あなたが選んだアゼリア嬢も、あなたの元側近以外で選んだ生徒会役員も、あの件で利用した人たちも全て優秀でした。選んだのはあなたの意志だと聞き及んでいます」


影の報告や婚約者の資料から見た限り使い方はともかくとして、能力を存分に生かしていた。

上の立つ者として能力は優れているのだと思う。

ただ、判断できても倫理観や情緒面などが欠落していると、部下は泥舟に沈むことになるからきっちり再教育を終えてほしい。もしくは、きちんと手綱を握れる相手を用意してほしい。

話が横道に逸れてしまった。


要するに、人を見てきちんと適材適所に当てはまることができると言うことだ。その視点を少しお借りしたい。

更に身を乗り出す私に相手は引き気味である。


「何でもいいのです。知っていること全て、お話しください。噂でも構いません」

「信憑性のないものでもか?」

「火のないところに煙は立たないと言うでしょう? 調べる足掛かりにはなります」

「なるほどな」


少し考えた後、頷いてこちらを見た。


「協力は惜しまないが、あまり俺に近寄ってくるなよ」

「噂は立たないよう十分注意してますよ?」

「ウィリアムに刺されたくないんだ。大体君は無防備過ぎる。俺は君をどうこうするつもりは一切ないが、男と2人きりになるものではない」

「分かってますけど。私だって人は選びますよ」


無条件の信頼ではない。幼い頃からの気心ゆえの信頼は既に失墜している。

それでもこれ以上我が家を敵に回さないと分かっているし、怪我をさせた私にも、あんな目に合わせた姉にも罪悪感を抱いているから。

それゆえ、"国の利益にならない限り"という制限の元、私たちが不利益を被ることはない。

そう理解しているだけだ。


信頼は失墜するのは容易だが、取り戻すにはかなりの時間が掛かる。




殿下にも協力してもらったおかげでバージョンアップした丸秘ファイルは更に分厚くなった。簡易的にリストアップした資料を姉に渡したら呆れた目で見られた。

他人事だと笑っている弟に似たような物を渡したらドン引きされた。

同じものをお父さまに渡したら良い笑顔で受け取ってくれたというのに。


私の前では引いていたくせに熟読していたのを知っているから黙っておくことにしよう。




「ねえ、ローズ姉さま」

「何かしら?」

「スイ姉さんはどこに向かってるんだと思う?」

「…わからないわ」

「あれ……きちんと活用したら貴族総入れ替え出来るよね?」

「シッ。藪蛇になるわよ」

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