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温泉

応接間は父により創造された、海辺の空間だった。

打ち寄せる波を見せたかったのか、波打ち際に少し浮いて黒檀のような素材のテーブルを挟み、赤いソファが、向かい合って並んでいる。

如何に豪奢に魔力を使っているかでも、家の格が出るらしい。

凄いとは思うんだけれど、これがどれくらいの格なのか全然わからん。


「トーヤ様、お掛けになってお待ち下さい。」


振り返ると、コウとレアがそれぞれ執事服とメイド服に着替えて立っていた。

どちらもシックに見せかけて、所々にうっすらとした光が走る金属片が埋め込まれている。

微弱な魔力を感じることから、何かの機能があるんだろう。


・・・しかし、この丁寧なコウには慣れないな。


「コウがしっかりした敬語使ってると違和感あるなあ。」


「俺も、身分と場くらいは弁えるさ。」


その割にコームにはぶっきらぼうだったような?


「弁えるって言っても、コームへの態度ってあんまり丁寧じゃなかったような・・・コームって割と偉いんじゃないの?」


「えらいよぉー!」


チルが怯えたように言う。やっぱり偉いんだよな。


「精霊は、余り人間の言葉遣いを意識していないからな、敬語なんて使う意味はないぞ。表面的な取り繕いより、発した言葉の意味を重視するのが精霊だ。」


「おお、そうなんだ。」


確かに、そっちのほうが精霊っぽさはあるなと、納得しかけたところにレアの指摘が入る。


「兄さん、言葉遣いから敬意を見る方もいると、ショーキ様はおっしゃっていましたよ。やはり、精霊様には敬意を持って接するべきです。」


「だから、場を弁えると言っているだ・・・いらしたようだ。」


コウの言葉にあわせるかのように、応接間の一端に魔力が集中するのを感じる。

身構え、そちらに意識を集中すると、ふすまが生えてきた。


・・・なんだこれ?


いや、ふすまなのはわかるんだけど、何故ふすまなのかがわからない。

混乱している間に、ふすまはスライドし、中から記憶と合致する祖父が現れた。


「ハァ・・・ハーキルは侘び寂びがわかっておらぬな。」


開口一番にそうボヤ居たかと思うと、ふすまと共に空間がかき消え、新たに空間が現れる。

あたりには湯気が漂い、ヒノキの香りと軽い硫黄の匂いがただよう。


温泉だこれ。


ああ、だめだ、状況についていけなくて呆けてた。挨拶しないと。


「お初にお目にかかります、お爺様。トーヤと申します。」


「ウム、ジードリグだ。今はカリス領を預かっておる。温泉は初めてでは無いのかね?」


む、なんでバレたんだろうか。まあ、誤魔化すことではないか。


「ええ、前世の知識として知っています。と言っても、訪れたのは初めてですが。」


「そうか、せっかくだ、足湯を用意してあるのだ。会談はそちらで執り行おうではないか。」


よかった。いきなり裸にはならなくていいらしい。


足湯の横に置かれた木を切り出しただけの椅子に腰を下ろし、足湯に足をつける。

クツは脱ごうと思えば勝手に消える。杖に格納されているらしい。


・・・あーこれ、気持ちいいな。部屋に一つ欲しい。


「嘆かわしいことだが、湯に浸かる文化が廃れて久しいのである。だが、智慧を使う事を生業とする者にとって温泉は有益であるぞ。なにせ魔力に頼らずとも、血の巡りをよくし、思考の助けとなってくれるのである。」


「はい。それに、これは心地良いですね。体の余計な力が抜けてくれそうです。」


いつの間にかチルも俺の隣でお湯に足をつけていた。相変わらず自由だ。

少し嬉しそうに、祖父が深く二度頷いた。


「ウム、本質を見抜く力を備えているようであるな。是非伸ばすようにしなさい、未来の資産となろう。さて、本来なら湯に浸かってから話したかったのであるが、まあ、それは次の機会としよう。」


気持ちいいって伝えただけなのに、大げさに解釈されたもんだ。


「まず、リンドの件は手間をかけた。アレについてはワシの落ち度でもある、すまなかったな。」


その話を出されると返す言葉に困るな・・・ええっと。


「いえ、私こそ自分を抑えきれず、叔父上を手に掛けてしまい申し訳有りません。」


「ハッハッハッ・・・何を謝ることがあろうか。その点はむしろよくやった、貴種たるものの義務を果たしたのである。誇るといいぞ。」


息子さんを殺しちゃったんだけれど、本当にそんな返しでいいんだろうか。


「良いかね、トーヤよ。ワシは血縁を殊の外大事にしておる。家族を守れぬ者が、領民を守れるはずがないからであるな。だが、血縁とは言え、領民の不幸を呼ぶ存在に成り下がったのであれば・・・」


祖父の表情が険しくなる。


「それは敵である。貴種として討たねばならぬ存在である。お前は気に病むところのある様子であるが、その必要は一切ないのだ。気に病むべきは、責務をお前に押し付けてしまったハーキルと、アレを育てたワシである。」


その言葉に、少し救われた。


少しずつでも、今の価値観に慣れようとはしているけれど、どうしても昔の自分に引っ張られてしまうからなあ。


「ありがとうございます。そう言っていただけて、気が晴れました。」


「うむ、それで本題であるが・・・緊急通信であるか、無粋な。」


『会談中申し訳ございません!クェレブレが現出しました!』


「現出地点の座標を送れ・・・ふむ、運が良かったようであるな。周辺の転送路を封鎖し、艦隊を集めよ。仕掛けて来なけれこちらからは手を出さぬよう厳命し・・・」


知らない単語だ。

祖父は仕事で忙しそうだし、チルに聞いてみるか。


(チル、クェレブレって何?)


『えっとねー、竜種に変えられた元精霊で、源泉って呼ばれる魔力を産む次元を保持しているの。そこからたまにこっち側に顔だしてから、こっちの魔力を食べて帰っていくのね。』


竜種って、ドラゴンの事か。源泉ってのがあるならそこで満足してくれていればいいものを・・・

たまにってことは、主食に飽きておやつ食べに来る感覚なんだろうか。


『戦艦クラスの砲があれば、撃たれるのを嫌って逃げていくけれど、民間の船とかだと食べられちゃうからね!だから、囲ってこっちくるなよー!って威嚇しようとしてるの。』


(撃たれて嫌がる程度なら、追い払っちゃわないの?)


『クェレブレがこっちに来てる間は、こっちも源泉と繋がるからね!あっち側の魔力がこっちに流れてきてくれるの。何もない宙域なら、食べられる量より供給される量の方が多いね!』


それで、運が良かったって言ってたのか。災害になりうるけど、近寄らなければ資源にもなる・・・扱いが難しそうな奴だなあ。


「待たせてすまぬな、話を続けようではないか。」

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