新たな日常
解禁された短距離転移を使って、自室として割り当てられている青空空間から、共同の訓練空間へと移動し、正式に侍従として採用された双子に、待たせた事を謝罪する。
「コウ、レア、ごめん。またせたね。」
「問題無い。」「時間通りですよ、トーヤさん。」
侍従とは同じ異空間を共有し、その中で仕切りを作って生活するのが一般的らしい。
仕切りといっても、パーティションや壁があるわけではなく、空間ごと隔離されてるらしいのでお互いに転移しないと移れないんだけれど・・・未来人、転移に頼りすぎじゃないか?
「今日は俺と二人での模擬戦だったね、早速始めようか。」
合流したのもつかの間、VRへと移動する。転移してまで合流した意味はあるんだろうか。
コウもレアも、元々、独学で多彩な攻撃手段を持っていた。そこに妖精が加わり、一発一発の重みはそこまでないけれど、攻撃の軌道を細かくずらして防ぎづらくしたり、リンドから学んだのか、妖精の短距離転移を駆使して死角を取って攻撃してきたりと、油断できない相手へと成長していた。
父の言いつけで、今の俺の攻撃手段は魔導刃しか無く、普通に近接しても短距離転移で回避されてしまう。
何らかの方法で不意をついて攻撃するかが、今の課題になっていた。
昨日寝る前に考えついた手を試す。フェイントにかかったコウが蒸発した。
数秒後に復帰する。VRは本当に模擬戦には便利だ。
「デコイを飛ばして本体は隠蔽、うまい手だ。よく思いついたな。」
いい手だったらしい。褒められた。でも、オリジナルってわけじゃないんだよなあ。
「父上やリンドの真似だからね。自分で編み出したわけじゃないよ。」
父が使ってきた魔力だけ飛ばすフェイントは、まだ使いこなせる気がしない。
相手に気づかせるだけなら出来るんだけど、そこから不意を突くまでには至らないからだ。
なので、今のところはデコイを高速移動させて気を引いて、隠蔽した本体で攻撃する手段をとった。
これなら魔力消費は大きいけれど、相手の気を引く事は容易で扱いやすい。
「2択を外すと被弾するのは怖いですね。予め短距離転移で逃げるのが正解でしょうか。」
それは嫌だなあ、デコイ使う度に逃げられたら何もできなくなる。
「だが、それだと反撃の機会もなさそうだ、転移の消耗も大きい。隠蔽しているときはリソースは削られているからな、デコイの射出点に攻撃を撃ってみて、本体に防がせることで隠蔽の解除を狙うのが一つの手かもしれない。」
そうきたか・・・隠蔽は繊細な術式で、実行は妖精頼りになる。
攻撃時の魔力を隠蔽するのは消耗が激しいから、不意打ちの寸前まで使っている。
だが、その状態で攻撃を喰らえば、隠蔽を解除して防御するか、消耗覚悟で隠蔽したまま加速して回避するか、になるかな。
「そうだね、その手でこられるとデコイを飛ばしたときには困るな。」
また、次の手も考えておかないとなあ・・・
「ただ、2択を迫っていることには変わりありません。高速移動したのがデコイだと即座に判断できるわけではないのですから、高速移動した方が本体で、そこから反撃される可能性は残ります。」
「まあ、完璧な対策となると難しいな。」
完封までいかなくても、今はそれで十分か。また何か思いついたら試してみよう。
こうして、公募の模擬戦迄の数日はチルとの調整や、コウやレアとの練習であっという間に過ぎていった。
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いつもの青空空間での目覚め、明るさを増すミニ太陽。
培養器での強化後は、寝ているうちに寝台に転移してくれているので、目覚めはいつもこうだ。
「おはようトーヤ!今日から頑張ろうね!」
ぐっと握りこぶしを作っている、チルの頭を撫でながら考える。
今日から数日間にわたって、未知の敵と連戦する。
字面だけ見ると怖いイベントだけど、仮想空間でのゲームと考えると割と楽しそうかもしれない。
まあ、全員に勝てなんて言われていないんだ、あまり重く捉えないようにしよう。
自室で簡単に強化具合を確認する。速度は昨日よりほんの少し増したと思う。
加速、停止、加速。
始動からトップスピードになる迄の時間はかなり早くなったかな。
チルに伝え、そちらを優先した甲斐があったようだ。
自室で加減速の練習を繰り返す。
『トーヤさん、そろそろ開始の60分前ですけれど、準備は大丈夫ですか。』
もうそんな時間か、会場に移動しておいたほうがいいかな。
「チル、それじゃあ頼むよ。」
「はーい!模擬戦会場にアクセスするね!もう人が一杯入っているから、びっくりしないように気をつけて!」
60分前なのに・・・?仮想空間なら移動時間もないだろうに、なんでそんな早く入っているんだろう。
「ワアアアアアアアアアアアア」「トーヤ様ー!」「なんて神々しい!」「アイビーネバンザーイ!」
そんな考えは、転移直後の大歓声にかき消された。
・・・え、なんだこれ。
「トーヤ!手とか振ってあげて!」
言われるがままに手をふると、さらに歓声があがる。こわい。
暫く手を振り続け、歓声が落ち着くのを待ってから、チルに促され妙に豪華な椅子に座る。
幸い、派手さでは4番目だ。
2つは両親のだろうけれど、後1つは誰だろう。
1つとんでもないのがあるけれど、いくらVRとは言え5メートル超えの椅子なんて作る必要あるか?
父はあんなのに座らないといけないのか、大変だなあ。
「よくぞ集まってくれタ、勇敢なる臣民達ヨ。諸君らの参加を嬉しく思ウ。」
落ち着いていた歓声が再び大きくなる。
コームってあんな怖い顔しておいて人気あるんだ。




