皇帝 プロローグ
雲に覆われた地面。いや、雲自体が地面の役を担っているのか。
空は見渡す限り青く、天候の変化は無いのだろう、時折吹く風に雲が流れる様子は無かった。
一面に広がる雲の上に、都市が浮かんでいる。
都市の中核には古風な城が有り、その天守閣では重鎮の精霊が皇帝への報告を行っていた。
『陛下、コゥムィリヴーズより報告を受けた件、遺物とおぼしき物体の解析が終わりました。』
「ふむ、それで?」陛下と呼ばれた青年は、大仰に頷いてから、報告を促す。
『何らかの権能を使用した痕跡が有ります。魔紋も登録されたどの貴種とも一致しません。』
こぼれたため息は、報告してくる部下の回りくどさに対してか。
少し呆れたような口調で、「結論を申せ。」と告げる。
『管理者の可能性が高いかと存じます。ですが、陛下の権能は反応なさっていないのですよね。』
顎に手を当てた青年の目が、藍色に淡く輝く。
しばらくすると輝きは消え、首を振って部下に答える。
「何も察知せぬな、建国の皇帝にて創造された権能であったが、元の管理者にのみ反応する物であるからな。」
『となると、カーノスより賜った預言通りという事になりましょうな。』
「であろうな。しかし、解せぬのは管理者のやつよ。彼奴め転生でもしおったか?よもや自らの在り方を変えたか?・・・何れにせよ長きに渡り受け継いできた使命。朕が果たさねば成らぬようだ。」
『私も全身全霊を持って、尽力させていただく所存でございます。』
青年は改めて大仰に頷いて、ふと気づいた事を部下に尋ねる。
「それで、遺物の同期を受けた者はどうか?」
『アイビーネの世継ぎでしたら、謀反を起こした叔父に襲撃を受けております。状況だけを見れば、巻き込まれただけでしょうが・・・』
「欺瞞の可能性も捨てきれぬか。良かろう、顔合わせが近くあろう?その道程に一人付けよ。」
『監視と護衛を兼ねてということでございますね、承知しました。腕利きを付けさせていただきます。』
「うむ。」とだけ答え、青年は天を仰ぎ思索に耽る。
3万年前より持ち越された貴種の悲願、管理者と呼ばれる邪神の完全な討伐を為す術を模索する為に。
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「トーヤ!神経系へのレジストはどうする?」
自分の妖精、チルに聞かれ、「それも頼むよ。」と答える。
「わかった!基本は私が察知したら発動するね!」
いつもの元気な返事が、とても頼もしい。
来週から始まる、領民との模擬戦に備えて、今は状態異常に備えた魔法の登録をしている。
どうにも、この手の魔法への抵抗は、俺がやらずにチルに任せた方がいいらしい。
なんせ、馬鹿みたいに魔力量だけはあるおかげで、何をするにしても過剰な出力を出してしまう。
結果、神経を守るために魔力を流したはずが、その魔力量のせいで神経に負荷がかかる懸念が有るのだ。
魔力が高いってのにも良し悪しあるのは仕方ないと、折り合いは付けている。
・・・それでも、いい加減単語単語を調べるのが手間なので、リンクくらいは使いたい。
あまり、教えて教えて言うのも気が引けてしまうしなあ。
いろいろ学ばなければならない身で、その遠慮は余り良くないとは思うが、前世から引き継いだ悪癖かもな。
「これで、主要な妨害は押さえたかな?攻撃は魔導刃だけだもんね。」
今回の模擬戦では、攻撃手段と戦闘方法を限定されている。
領主たる父、ハーキル・アイビーネ・ブルーク辺境伯様の指示には従わざるを得ないのだ。
・・・まあ、より効果的な訓練の為っていう、ちゃんとした理由もあるんだけれど。
「そうだね、そうなると身体の基礎の強化とかしたほうがいいかな。」
「そうねえ、負傷の後遺症も無いことがここ数日の検査でわかったし・・・培養器である程度強化はできるから、寝る時にちょっとずつ速度をあげていってみる?」
おお、骨格レベルのキャラメイクと、肉体の再生ができるだけの装置じゃなかったんだなあ。
いや、それでも十分すごいんだけど。その上、強化もできるとは有り難い。
「うん、それで頼むよ。」
「ただ、細かな調整するためには慣れないといけないから、本番の3日前くらいまで止めておいたほうがいいかもしれないよ?」
調整か・・・模擬戦の相手は歴戦の猛者が混ざっていて、彼らとやりあうには万全の状態で挑む必要があるからこその、チルからの忠告だったんだろう。
それはわかるけれど、少しでも強化しておきたい気持ちが有る。
自惚れかもしれないけれど、思考加速状態でならある程度、身体操作はうまくなったと思う。
チルやロヴィの言ってくれた、皆を頼るって事は忘れてはいないけれど、自分の力を伸ばしておくことで、いざという時の選択肢が増えるのは間違いないはず。
なら、限界までやってみよう。最悪、負けたとしても得るものはあるさ。
「うん、でも当日ギリギリまで強化していいかな。今は少しでも成長したいんだ。」
「うーん、難しいとは思うけれど、わかった!でも、途中で違和感あったら止めないとダメよ?」
心配してくれているチルの頭をなで、「わかったよ、ありがとう。」と返す。
「ぬふふ。」と変な声をあげ羽根を揺らしている。これももう、いつものやりとりになったなあ。
『トーヤ、そろそろ連携練習の時間だけれど、いけるか?』
残念ながら、コウからの通信によって撫でる時間は中断された。
しかし、もうそんな時間か。またせちゃ悪い、移動するか。




