これから【挿し絵:チル/ver2】
ええと、見覚えあるな。いや、目にしたのは初めてだから見覚えってのはおかしいか。
なんにせよ、母親・・・だったな。
「我が家の、大変深い事情には理解を示しているつもりですが、余りにわたくしを置いて話を進め過ぎでは有りませんか。」
口調も表情も柔らかいけれど、圧を感じる。怒っているのかな。
・・・自分の子供と会わせもせずに、ほったらかしにしてたらそりゃあ怒るか。
「すまない、ナターシャ。君への配慮を欠いていた。」「申し訳有りませン。奥様。」
「構いません。謝罪を受け入れましょう。」
二人の素直な謝罪を受けた後も、母の圧は変わらない。
そのまま、視線をこちらに向けてきた。取り敢えず挨拶しておくか。
「はじめまして母上様、トーヤです。」
「ええ、はじめまして。あなたの母で、名をナターシャと言います。わたくしは、あなたが培養器に居る間に幾度か目にしてはいるので、厳密には初めてではないのだけれどね。」
余所余所しいけれど、大貴族として示すべき威厳とかがあるのかも。
父親からはそういうの感じなかったけど、母はそのあたり厳しいのかもなあ。
「それで、あなたに伝えておくことがあって来たのです。顔合わせの話は聞きましたね?」
「はい、他の領地へと自領の有力者を率いて向かうのですよね。」
「ええ、その通りよ。その際に、あなたの従兄弟達が参加するの。詳細は後ほど妖精に渡しておくけれど、私の兄の娘と妹の息子よ。いずれ互いに助け合う事となる間柄ですから、親交を深めておくのですよ。」
「それでは、ごきげんよう」と言い残し母は消えた。・・・初対面の息子に言うことが、従兄弟と仲良くしろってのは、貴族としても異常な気がするんだけれど、こんなものなのかな。
そう考えていると、父が少しバツが悪そうにフォローしてくる。
「あー、トーヤ。ナターシャはあの通り、簡潔なやり取りを好む性格でね、余り気にしないでくれ。」
「わかりました、父上様。」
フォローは俺に対してなのか、母に対してなのか。まあ、交流していけば母の人となりもわかるか。
今のところ、その点は保留でいいかな。
「それと、言うのが遅れたが、父上で構わないよ。」
「承知しました、では、これからは父上と。」
「ああ、そうしてくれ。それと、先に伝えた仮想現実での戦闘相手だが、領民から募る事となる。志願してきた相手全員と、1対1で戦ってもらうよ。」
・・・志願したぜんいんとたたかう?
さて、今日は意味がわからないことが多かったけれど、これは特別だな。
辺境伯領の規模を考えると、一体どれくらいの人が集まってくるんだろう。
「ええと、全員と言いましても、それほど一度に対戦する意味があるんですか。」
俺の疑問に、コームが答えてくれる。
「領主家に己の戦闘力を示シ、取り入りたい者は多いのですヨ。それら一人一人を逐一対応するのでは無ク、纏めて見てやった方が事務方の手間が減りますのデ、この様な催しは定期的に行っております。それに、多様な相手との戦闘は良い経験にはなりますヨ?」
そうか、雇われたいからって道場破りみたいなことされても、役人さんはめんどくさいだろうしなあ。
領主候補が直々に相手してくれて、力を認められれば登用されるかも、となれば応募する人は多そうだ。
事務方にしても、そういう催しが有るから応募して開催を待て、って説明するだけで済むし、合理的な手かも。
・・・俺の仕事量に目をつぶればだけれど。
そんなネガティブな思考を察したのか、父が補足してくれる。
「顔合わせ迄の日程はまだ暫く余裕が有るからね、それまでの時間つぶしと考えるといい。並行して、礼儀作法も身につけてもらうけれど、まあ、1日あたりの時間はあまり長くは取らない予定だよ。それと、遊興の時間は別に設けるし、余り気をはらずに取り組むといい。」
ブラック企業の言うホワイト宣言に近いものを感じ、前世の経験から不信感を抱いてしまう。
でも、大変でも自分の為だしな。それぞれの必要性は理解したし、やれるだけやろう。
それにそうだ、領民ってある程度上じゃないと魔力持たないんだった。
この世界での魔力の有無はかなり戦闘力に影響するし、無い人間は公募してこないんじゃないかな。
「ええと、公募は魔力持ちだけが来るんですか?」
「いエ。低層民も参加可能ですヨ。大抵、仮想空間内で使用している化身を使用して来る事が多いですネ。」
仮想空間内の化身・・・?
それってつまり、VRMMOとかのキャラクターと生身で戦えってことなのかな?
そんなの強化されすぎてて、勝負にならない気がするんだけど。
「まあ、少々強い程度の平民ならトーヤの相手にはならないと思うけれどね。だが、重要なのは勝ち負けよりも未知の相手との戦闘から得られる経験だよ。それを意識しておくといい。」
「折角ですシ、今回の公募でトーヤ様に勝利したものハ、無条件で指南役として雇用しましょうカ。」
「それはいい、腕に自信が有る物も来るだろう。」
俺を置いて話が盛られていく。でも、チルも不安そうにしていないし、本当に余裕なのかも。
「ああ、そうだ。それとトーヤが評価した男が居るだろう?彼も呼んで置いたよ。」
評価した男・・・だれの事だろう?




