辺境伯と伯爵
忌々しい薄ら笑いを顔に貼り付け、ハーキルが続ける。
私の執務室に直接転移してくる以上、領主権限を行使している前提で動かねばならぬ。
魔力量に任せた強行突破であろうな。
「伯爵位では物足りなかったかい?収益としてはこの宙域ではトップクラスだし、並の伯爵位よりは良い位置に有ったはずだ。君の能力を認めた上で、相応しい地位を用意したつもりだったんだけどね。」
これは既に、小僧を拐かしたのが私だと断定されておるな。
どうやったかわからんが、あの小僧は逃げおおせ、何処かの領地で通信を行ったのだ。
まったくもって忌々しい。やはりハーキルは悪運に恵まれすぎておる。
あの男の言う通り、邪悪な存在に魅入られているのであろうな。
誇り高きアイビーネの名を汚す不届き者め。
「そうですな。カリスは大変魅力的な領地であるし、収益も申し分ありませんな。」
「ああ、それは良かったよ。でも、では何故このようなことを?」
あいも変わらず白々しい態度を取るハーキルへの殺意が増す。
お前が私の居るべき地位を奪ったからに他ならぬわ・・・
私の目の前にのこのこと現れおって、その愚かさを知らしめてやろう。
死して後悔するが良い、その生命を持って、これまでの罪を償う時が来たのだ。
「理由でありますか。そうですな、それは・・・」
「それは?」
妖精に戦闘移行を告げる。
『強化基礎三式実行せよ!』
『戦闘モードに移行します。強化基礎三式実行。思考加速最大、詠唱圧縮、伝達系強化、神経系保護、緊急事認証、領主権限強制執行。』
「貴様の存在が気に入らんのだ!ハーキル!」
『全方位統制射撃を仕掛けろ!』
『存在多重化、指定位置転移、敵位置走査、本体確認、空間固定、一斉射。』
妖精を5体に増加させ、四方と直上へ短距離転移で送り、囲う。
即座に、周辺座標を固定化してからの砲撃を命ずる。
これで短距離転移による回避はできん!
我が必殺の攻撃に逃げ場などない!詰みだ!
ハーキルが5条のまばゆい光に包まれる。
大変美しい光景だ。私の才の現れとも言える、美しい攻撃に高揚する。
「クククク」
笑いが溢れる。いかな辺境伯当主権限があろうと、防壁でどうこうできる攻撃ではない。
なにより、光は突き抜けていた。反応も出来ずに消えたのだ、あの無能は。
「ハハハハハハ」
笑いが止まらぬ。
単騎で乗り込んでくるとは、まったくもって愚かな。
やはり当主の器ではなかったのだ。
思い返せば、私の魔力総量の半分程度しかない男なのだ。
いざ戦闘となれば、大量の魔力を使い慣れている私が勝つに決まっている。
「フハーハッハッハッハッ!」
馬鹿め!馬鹿め!馬鹿め!
やはり!やはり!無能!無能の極地であった!
地位相応の力も使いこなせず死ぬ。これで私が当主だ!
妖精の反応が2つ消える。
「魔力量に頼った飽和攻撃。相変わらずだね。アイビーネの家訓を忘れたと見える。」
聞こえてはならぬ声が聞こえる。
「馬鹿な!欺瞞の反応はなかった!貴様はあの座標に居たはずだ!」
声のした方角に敵位置走査。ハーキルの魔導痕跡を確認。座標固定による転移阻害、成功を確信。残った妖精3体に砲撃を命じる。
3条の光が、ハーキルを捉える。これを回避できるはずが・・・
「過ちがあっても、自らの過失を省みず、同じ手を繰り返す。幼い頃から変わっていないね。」
妖精の反応が2つ消える。
「馬鹿な・・・何故。」
「リンド、君はね、魔法に頼りすぎるんだ。何度も諭したはずだが、わかってもらえなかったようだね。」
馬鹿な、馬鹿な。私の背後に回り込んだハーキルが穏やかな口調で続ける。
「普段より肉体を強化することで、魔法による速度強化の効率を引き上げる。敵を圧倒するに足る速さを有していれば、魔導刃による必要最低限の攻撃で、敵を制する事ができる。初代より受け継いでいる基本だ。どうして否定してしまうのかな。おっと、これはデコイか。」
私本体による、死角からの砲撃をかわされる。デコイによる欺瞞も見破られたか。
「近接戦闘など!貴族家当主の行うことではない!恥を知れ!」
背後に気配を感じた直後、右足に熱を感じる。
足を消し飛ばされたか。『被弾時テンプレート!』
『痛覚遮断。肉体強化。止血成功。損害部位再生。』
「そうやって、自分の常識で凝り固まっているのも悪い癖だ。さて、投降しなさい。実の弟を殺したくはない。」
「そうであるな・・・」
足1本消し飛ばしておいて白々しい。だが・・・
「そう、そうである。貴様がこの場に現れた事が、小僧が安全地帯に居ることの証明であるな・・・」
「何・・・?」
「そして貴様は小僧の座標を追うことは出来ぬ・・・」
慌てて座標固定をしているようであるが、無駄だ。既にパスは通っているのだ。
短距離転移とはワケが違う。無能め。
『追尾転移発動!』
2019/10/14:3行目修正




