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リリアーナが王太子妃教育後に夕食を共にする様になって早数ヶ月。
彼女の口から
「あの、お気持ちは嬉しいのですが、自分の分だけで大丈夫ですので……」
と言う言葉が出た事に、国王一家揃って衝撃を受けた。
昨日まで、嬉しそうに皆から譲られるデザートを頬張っていたのに。
何の前触れもなく自分の分以外のデザートは要らないと言ったのだ。
当然、私を含め皆大騒ぎである。
「リリアーナ、何処か具合でも悪いのか?」
「リリアーナがデザートを断るなど余程の事に違いない。医師を呼べ」
リリアーナは慌てて具合が悪いわけでは無いと否定したが、王妃が急ぎ部屋を用意させ、国王が使用人に直ぐに医師を連れて来る様に申し付けた。
私は有無を言わさずリリアーナをお姫様抱っこすると、用意された部屋へと急ぎ向かった。
「見たところ、何処も悪い所はございません」
……何を言っているんだ?ついに耄碌したのか、この婆は。
私が産まれるずっと前から医師として王城で働いているエマ。
私を含めた王子三人は、皆産まれる時に彼女に取り上げられた。
だからか、彼女は私に対しても容赦無く叱りつける。
そんな事が出来る女は、王妃と彼女くらいだろう。
先程も
「診察の邪魔だと言っておろうが!分かったらさっさと出てけ!」
と一喝して部屋を追い出されたしな……。
だが、リリアーナがデザートを断るなど、余程具合が悪いのではないのか。
それを何処も悪くないと言ったのだ。
納得がいかず、エマに尚も食い下がっていると、リリアーナが私の服の裾をクイと引っ張り、消え入りそうな声で。
「あの、デザートをお断りしたのはですね、その、少しだけですけれど、ふ、太ってしまって。
それで今朝制服のボタンが、飛んでしまいまして……。
侍女のモリーに、デザートの過剰摂取禁止を言い渡されましたので、それで……」
最後の方は聞き取れない程の小さな声になってしまっていたが、具合が悪い訳では無かった様である。
私が安堵の溜息をつけば、恐る恐るといった様に
「あの、怒らないんですか?」
と聞いてくる。
何故怒る必要があるのだ?
ここ数ヶ月、リリアーナには王太子妃教育で無理をさせていた自覚があった。
決まってしまった事は仕方がないとばかりに、文句も言わず頑張っていたのを、ずっと見てきたのだ。
文句を言われたとしても、リリアーナを怒ることなど誰が出来ると言うのだ?
「リリアーナに何も無ければそれでいい」
そう言って、彼女を膝の上に横抱きの状態で乗せ、顔を胸に押し付ける様にして抱き締めた。
「良かった……」
安堵の言葉が自然と出た。
エマはそんな私の姿に呆れた様に笑って
「全く大騒ぎして情けない。けど、大事に出来る子が出来た様で良かったよ。何かあればまた呼びに来なさい」
そう言って部屋を出て行った。
何だかんだと、エマにも心配を掛けていたらしい。




