夏のホラー企画ってあるじゃん?
今日と明日で年末の営業は終了である。
団体客の予約は入っていないようだったが、個人客の予約は詰まっているようだ。
客室に飾る花が足りない、ということで周は花屋へお使いに出向いていた。
姉と親しくしていた奈々子という仲居が突然、姿をくらましてしまってから、忙しさが格段にアップした。何があったのか知らないが迷惑な話だ。
ほんの短い時間やりとりをした限りでは、彼女はとても感じのいい人だった。
それにしても……と、周は思う。
仲居さんって、何か訳ありが多いのかな?
それから花屋に向かう途中のことだ。
周は前方に、杖をつきながら歩いている男性を見かけた。
大丈夫かな、と少し離れたところから見守っていたが、男性はしっかりした足取りでどんどんと路地裏に入っていく。
それは姉が教えてくれた、観光客が知らないフェリー乗り場への抜け道である。
なんとなく気になって周は後を追いかけてしまった。
あそこは竹藪で少し足元が悪い時がある。昨夜遅くに雨が降ったから、ぬかるんでいるかもしれない。
すると。
「……せんか?」
「……あいつは……じゃ。それよりも……」
複数の話し声が聞こえてきた。
何となく周は不穏な空気を感じ、大きな石の影に隠れて様子を見た。
2人の男性が向かい合っている。
1人の男性には見覚えがあった。確か賢司の知り合いだ。黒い髪をオールバックにしていて、銀縁眼鏡をかけている。
記憶にある限り、兄はひどくこの男性を嫌って……というか、何か恨みでもあるようだった。
向き合って話をしている男性は知らない顔だ。
後ろ姿だけでは、ずいぶん年配者のような気がしたが、角度を変えてみるとそれほどでもない。隣家の刑事と同じぐらいだろうか。
「上もそろそろ、気付き始めているようですよ」
「……そうらしいな」
「そろそろ、取引はやめましょうか。死人も出たことですし」
「ふん……ワシだって、お前らみたいなヤクザもんとこれ以上、関わり合いになんかなりとうないけぇな」
何の話をしているんだ?
「それで、どうなさるんです? まだ完全には終わっていないでしょう」
「お前には関係ない」
「お嬢さんと同じ目に遭わせたいのなら、こちらとしてもご協力は惜しみませんが」
「誰が、お前らの力なんぞ借りるか!!」
いきなり杖をついていた男性がこちらを振り返った。
「……誰だ?!」
気付かれた。
どうしよう? ここは逃げるべきか、それとも姿を見せるか……。
考える余裕は与えられなかった。
気がつけば目の前に、兄の知り合いが立っている。微かな痛みを覚えた。相手にいつの間にか手首を掴まれていたようだ。
「君は、賢司の弟の……確か藤江周君、だね?」
男は手を離してくれたが、眼鏡の奥の瞳にはやや怪しげな光が宿っていた。
この男は危険だ。周は本能でそのことを悟った。
「こんなところで何を?」
「あ、あの……俺、そのおじさ……男の人が、杖をついて歩いているのに、こんな足元の悪い道を歩いて大丈夫かな……って心配になったから……」
すると眼鏡の男はにこっと笑った。
「……だ、そうですよ?」
杖の男性は少し驚いた顔をして、しばらく何か考えていたようだが、
「……ありがとう。じゃあ、少し手を借りようかのぅ」
こちらへ近付いてくる。
男性は周の肩を抱くようにして、ゆっくりと竹藪から出て行く方向へ歩きだす。
「では、ごきげんよう。シゲモリさん」
眼鏡の男は軽く手を挙げ、反対方向へと歩いて行った。
舗装された道路に出ると杖の男性は周の肩を離した。
どうしよう。
もしかして、何か怒られるのだろうか……?
「ええか? 今、見聞きしたことは一切忘れるんじゃ!!」
なぜだろう?
「家族を悲しませとうなかったら、言う通りにせぇ!!」
周はただただ驚き、はい、と反射的に答えた。
杖をついた男性は周に背を向け、どこかへと去って行った。
そう言えば、花屋に行けって言われてたんだ。
本来の目的を思い出した周は踵を返した。
そして、振り返った次の瞬間。
あまりの驚きに大きな声をあげそうになってしまった。
やせ細って顔色の悪い中年女性が、物陰からこちらをじーっと見ていたからだ。
なんで?! ホラーって夏の定番だろ? 今は真冬……!!
「な、な、な……?!」
よく見たら同じ旅館の制服を着ている。
「坊や、あのおじさんと知り合いなの?」
思い出した。節子、と呼ばれていた仲居だ。
「別に知り合いじゃありません」
「たいしてお金なんか持ってないわよ、あの人。悪いことは言わないから、関わらない方がいいわ」
「……何の話ですか?」
節子ははっ、と手で口元を抑えて走り出した。
なんなんだよ、どいつもこいつも……。
それより花屋に行かないと。




