もう、昔のことだ。
ところで。
聡介が初めて配属された刑事課で仕事を教えてくれたのは、年齢差がほとんどない、若い刑事だった。
重森悟史巡査部長。
聡介は親しみを込めて『シゲさん』と、彼を呼んだ。
真面目で仕事熱心な彼は、聡介のことをよく面倒見てくれた。
ある夜。自宅に連れて行ってくれると言われ、黙ってついて行ったところ……。
聡介は重森の妻となっていた貴代と再会した。
そうだったのか……。
少なからずショックを受けたが、これでよかったんだ、と聡介は必死で自分に言い聞かせた。
初恋は成就しないものだ、と。
その後のことだ。
ある時、市内で起きた強盗傷害事件の犯人を追っていた時のことだ。
犯人が隠れ家にしていた部屋を突き止め、重森と共に突入を命じられた聡介が合図と共に突入した時、いきなり犯人が発砲してきた。とっさのことだった。
重森が聡介を突き飛ばし、弾は彼の左腿を掠めた。
聡介はその時の光景を今でも忘れることができない。
重森は足を押さえ、それでも聡介に犯人を確保しろと叫んだ。幸いなことに弾は一発だけだった。
カチカチと弾の切れた銃を必死に振りかざす犯人を、聡介は力の限りに殴りつけた。そのせいで少し指の骨にヒビが入ったほどだ。
重森は重傷を負ったものの、命に別状はなかった。
彼はリハビリに励み、少し引きずるものの、日常の歩行にはほとんど支障がないぐらいに回復した。
が、それがきっかけで彼はしばらく内勤となった。
現場に出られないのがどれほど辛いことかと、聡介の胸は痛んだ。
しかし謝罪と見舞いに行った時、彼の妻は言った。
これで今までよりは少し心配しなくて済むようになる……と。
重森はその後、異動で他の所轄へうつった。
ただ……あれ以来、彼が真っ直ぐに歩けなくなったことだけは確かだ。
「……さん、聡さん!!」
気がつけば和泉の顔が、唇が触れ合うかというほど近くに迫っていた。
「どちらの異世界へトリップなさっていましたか? そろそろ、現実世界に戻ってきてください」
「……」
聡介は目を逸らした。
が、その先には他の部下達の心配そうな顔が並んでいる。
思い出にふけっている場合ではない。
「……報告は?」
「それはもう、いろいろと。ねぇ?」
和泉はニヤリと笑って仲間達を見回す。
お前から話せ、と言うと和泉は聡介の隣に腰かけて足を組む。
「まぁ、一言で言えば前回の事件の被害者と似たりよったりですよ。トラブルメーカーでビッグマウス。そうだよね、うさこちゃん?」
結衣が困惑気味な顔で近付いてくる。
「被害者には同棲している恋人がいました。なんですが、職場の同僚である他の女性と浮気をするような有様で……その、彼女って言うのが、会社に怒鳴りこんできたこともあるほどだったそうです」
ふと『痴情のもつれ』という単語が頭に浮かんだ。
「その彼女と言うのは、どういう人間なんだ?」
「……ヤクザの娘ですよ」和泉が口を挟む。
「なんだって?」
「聡さんだって知ってるでしょう、魚谷組。あの支倉が仕切ってる組織ですよ」
『魚谷組』も『支倉』も馴染みの名前だ。
聡介はなんとなく嫌な予感を覚えた。




