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あれは昭和何年ごろの話だったか

 若い頃のことがあれこれよみがえってくる。


 まさか、貴代に再会するとは思わなかった。


 しかも彼女が重森と別れ、独りでいるなんて。


 高岡家は裕福な家庭ではなく、聡介は学力があったものの、進学は難しいということで高校卒業後すぐ県警に就職した。


 当初から刑事になりたいと希望していた動機は、単純にカッコいいと思ったからだ。


 初任課と呼ばれる警察学校は寮生活で、あまり広くもない部屋に複数人で共同生活をしていた。

 男ばかりが複数集まると、自然と異性の話になる。それも下品な内容の。


 聡介はその場に身を置くのが嫌で、いつも消灯時間ギリギリまで図書室で粘るか、模擬交番の宿直を積極的に買って出た。


 そんな彼を同期生達は変わり者、と評価していたが、教官達には好評であった。



 あれは暑い夏の夜のことだった。


 その夜は久しぶりの休み前の晩で、日頃あまり交流のない、女性警官達との懇親会が開かれた。

 酒が飲めない聡介は隅っこで隠れるようにして、なるべく目立たないようにしていた。


 警察官には早い結婚が望まれる。

 そこで上の人間達は、若い警官達が早めに家族を持つようにと、時々こうして合コンのような場を儲けるのである。


「ねぇ、あなたが高岡巡査?」

 聡介に声をかけてきた二人の婦人警官がいた。


 一人はかつて聡介の妻だった、山西奈津子やまにしなつこ

 もう一人が旧姓、服部貴代はっとりたかよである。


「あなた、すごく評判いいわよ。真面目だし、熱心だって。酒井君も少しぐらい見倣えばいいのにね」

 貴代はそう言ってくれた。


 酒井とは同期生の一人である。


 が、彼の態度はお世辞にも立派だとは言えなかった。警察庁で高い位についているという父親がいる彼は、授業態度は不真面目、体力はない、と評価できるところがない。

 彼はきっと、すぐ事務方に回される。皆がそう噂していた。


 聡介は酒井の方をちらりと見た。


 彼はビールの入ったグラスを手に、赤い顔をして笑っていた。


 それから、

「おい、奈津子。こっちに来いよ!」


 当時は酒井と奈津子が付き合っているのは公然の事実だった。当時の県警本部長の娘である彼女を狙う男は多かったものの、射止めたのは酒井だった。


 美男美女のカップルで誰もが羨む仲のはずだった。


「……どうかしましたか?」

 じっと無言で、酒井と奈津子の様子を見ていた貴代に、聡介は声をかけた。


「あの二人……奈津子も、よせばいいのに結婚するって皆の前で言っちゃったから、引っ込みがつかなくなったのよね」

 彼女はそう言って溜め息をついた。


 よせばいいのに、という単語が聡介には引っかかった。


「なぜです? お似合いだと思いますが……」


 すると貴代は顔をしかめた。

「……私、奈津子と同室だから知ってるの。あの子、酒井に暴力を振るわれているわ」


 聡介は息を呑んだ。


「決して表沙汰にならないよう、服で隠れる場所を狙ってる。陰険なやり方よ」

「……」


 それから貴代はふっ、と息をついた。

「まぁ、だけど。恋は盲目とよく言ったものだわ。奈津子ったら、私が何を言っても右から左なんだもの。もう、知らない」



 今にして思えば『一目惚れ』だったのだろう。

 4分の1欧米人の血を引くという貴代の顔立ちは、整っていて美しかった。それこそ彼女だって男達の視線を集めるのに奈津子と遜色はなかった。


 だけど、決して外見だけで好きになった訳ではない。


 聡介はその時の遣り取りをきっかけに、貴代に興味を引かれるようになった。


 警察官になりたくて必死に努力していた彼女は、とても正義感が強く、話してみれば自分とそれほど変わらない境遇だった。


 聡介はいつしか、知れば知るほど彼女に魅かれて行くのを自覚していた。


 とは言っても、奥手な聡介はとうとう自分の気持ちを伝えることをしなかった。

 初任科を終えてそれぞれ別の配属先へうつってからは、すっかり顔を合わせることもなくなってしまった。


 その後、聡介はいろいろあって山西奈津子と結婚することになった。


 貴代のことは時々思い出すことがあったけれど、あれから彼女がどうなったのかは全然知らずにいた。


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