いろいろ気を遣うことばっかりで、疲れるな……。
そこで、友永はまくし立てるように早口で訊ねた。
「噂の出所は置いておいて、あんた自身はその話が真実だと思ったのかどうか、教えてくれないか」
「真実よ。だって私、見たもの」
「見た? 何を」
「うちのバカ旦那……もとい若旦那がね、あの殺された人とひそひそ話してるのを」
友永は思わず上司と顔を見合わせた。
「うちの旅館……っていうか、経営者の斉木家は【御柳亭】を経営してる寒河江家と昔からすっごく仲が悪いのよ。今の若旦那なんて、それが顕著でね。何とかして廃業に追い込めないかって画策してるわ」
「そこで、被害者に荒らしを依頼した……と?」
「断片的に聞こえただけよ。でも、間違いないわ」
となると、動機という点では御柳亭の従業員が疑わしくなってくる。
だけど。
あまり聞いたこともないマイナーな旅行雑誌に誹謗中傷記事が載せられたからと言って、果たしてどれほど影響力があるだろうか。オンライン版があったとしたら、アクセス数がどれほどのものか……と、友永は頭の中であれこれ考えた。
口に出して班長に伝えると、まず『オンライン』とは何か、から説明しなければならないので面倒だ。
「あの……」
『鶏ガラ』と友永が勝手に名付けた、節子が口を開いた。
「私、見ました。あの亡くなったお客様が……うちの旅館にやって来た時、あの……」
しかし、なかなか先に進まない。
言おうかどうしようか迷っているようだ。
「見たって、何を?」
友永は苛立って、思わず口調を荒げてしまった。
びくっ、と相手は怯えた様子を見せる。
「ちょっと、そんな怖い言い方しないでよ!!」貴代に叱られてしまう。
「ああ、すみません……」
気まずいのを隠すため、友永はグイっと水を一口飲んだ。
どうでもいいけど、さっきからどうしてずっと黙っているんだ、うちの班長さんは。
仕事でここにいるんだろうが?
カビの生えた思い出に浸ってる場合でも、どうやって昔の彼女とよりを戻そうかなんて考えてるんじゃねぇだろうな?!
……なんてことを考えておいて、友永は首を横に振った。
『純情無垢』なんていう単語がしっくりくる中年男が、この人をおいて他に存在するだろうか?
自分が週刊誌のエロ記事を見てもふーん、ぐらいにしか思わないのに対し、この上司と来たら……乙女か?! と、ツッコミたくなるほど慌てふためいてしまうのだ……。
「……それで、何を見たんですか?」
自分でも気持ちの悪い猫撫で声が出てしまい、友永は苦い気分になった。
「うちの仲居が、あのカメラマンの人と……話してるところ」
「カメラマン? ああ、記者のことですね」
「なんか……顔見知りみたいで、下の名前で呼び合ってましたし……」
ファーストネームで呼び合うということは、それなりの仲だろう。
「なんていう仲居さんですか?」
返事があるまで、だいぶ待たされた。




