というより、出汁ガラだな。
うちの班長は女に振り回されるタイプ……と。友永は見ていてそう思った。
どことなく嬉しそうに見えるのは、旧知の相手に再会したからだけだろうか。
貴代さん、と呼ばれた女を友永が前に見たのは、宮島でだ。支倉とその手下であるチンピラに絡まれていた。
ヤミ金に借金でもしているのだろうか……。
彼女は現場近くにある広い公園を通り抜け、二人の刑事を通り沿いのファミリーレストランに連れて行った。
迷うことなく店内を歩き進め、一人の女性が座っている席に着いた。
遅いじゃない、と文句を言いかけた女性は、刑事達を見て目を丸くした。
一度だけ見覚えがある。確か、仲居の一人だ。
「ナンパしてきたのよ。合コンといきましょ?」
冗談じゃねぇぞ。友永は内心で毒づいた。
上司の古い知り合いは年齢のわりに若々しくて健康そうだ。が、連れの女性はどう見ても、内臓をやられている。顔色が悪く、肌艶もない。
もしこの二人が同い年だと言われたら、絶対に嘘だと思う。
「節子、こちらが高岡聡介君。私の元彼氏」
「えっ……!?」
班長は驚いているが、否定するつもりはないらしい。
なるほど、そういうことか。
「あなたは? まだ、名前を聞いていなかったわ」
「友永……」
「ふぅん。私は貴代、こっちは節子ね。よろしく」
仕切り好きなタイプだ。
離婚したらしいが、家庭内ではきっと威張っていて、夫は尻に敷かれていたに違いない。
自己紹介といきましょ、と貴代はペラペラしゃべりだした。
彼女はかつて県警の交通課勤務をしていた女性警官で、班長の同期生。組織犯罪対策課にいる重森という刑事と結婚し、子供が生まれても何年かは仕事をしていたが、何年か前に退職したと。
さらに言えば今から10年ほど前に夫と離婚したそうだ。
離婚後は1人で宮島に行って、仲居の仕事をしている……と。
連れの節子という女性が同い年と聞いて、嘘だろ、と友永は正直に思った。
内心で勝手に『鶏ガラ』と呼んでいる節子は、貴代とは別の職場で働いているらしいが、飲み友達らしい。
班長はと言えばどこか気まずそうな、それでいて嬉しさを隠しきれないような、微妙な表情をしている。元カレという話はでっち上げでもないのかもしれない。
普段なら、他の人間だったらきっと仕事中だから、ときっぱりした態度をとるのだろうに。やれやれ。この純情オジさんは……。
「実はね、こないだ殺された人……うちの旅館にも泊まってたのよね。私が部屋係を担当していたの」
貴代が何でもないふうにいきなり重要なことを話すと、上司の顔つきが変わる。
「あの人、旅行雑誌の記者だったんでしょ? あちこち写真撮ってたし、何かいろいろメモ書きしてたから。それと、これは噂なんだけど……荒らしをやってたみたいよ」
「荒らし?」
「旅館や飲食店の些細なトラブルをでっかく記事に書いて、評判を落とすことでしょう? ライバルの店に金を積まれてやるケースもある……風評被害ってやつです」
友永は上司のために説明した。
「その噂はどこから?」
貴代は整った顔に妖艶な笑みを浮かべた。
あ、これはダメだ。うちの班長はそういうのに免疫ゼロなんだよ。
この女、わかっていてやっている。




